そのように実に派手な経歴の新水柱は、しかし意外にもずいぶんと腰が低く礼儀正しい少年だった。
まず初っ端の顔合わせで、まるで礼儀作法の見本のように、
「鱗滝錆兎と言います。
未熟者ですが、水柱の名に恥じぬよう、日々精励していきたいと思います。
ご指導のほどよろしくお願いいたします!」
と、きっちり90度のお辞儀とともに挨拶。
このへんで皆ぽか~んとした。
なにしろその直前に就任した柱が宇髄だ。
非常にラフに簡単に挨拶とも言えないような挨拶をして、古参の爺様達に『これだから今どきの若いもんは…』などと苦い顔をされたのは記憶に新しい。
その前の悲鳴嶼は、別にラフではなかったが、なんというか…自分の方が古参のようなどこか年齢よりも遥かに上のイメージがあって、新人であって新人でない感が半端なかった。
そこに今回、まるで少年道場の模範生のように、【明るく!元気に!礼儀正しく!】を絵に描いたようなお坊ちゃんが来たものだから、爺さんたちは感動。
特に鳴柱の桑島の爺さんなどは、宇髄には見せたことのないような、まるで孫を見る祖父のような目を新水柱の少年に向けている。
やっぱり鱗滝左近次は違う!奴はすごい男だと思っていた!
あいつに任せれば本当にちゃんとした人間が育つんだ!
…と、古参の柱達は新水柱の師匠の元水柱、鱗滝左近次のことまで大絶賛。
爺ズ盛り上がりすごすぎじゃねえ?と宇髄は肩をすくめた。
最初は全員に、そして年長者から順番に少しずつ言葉を交わしていく水柱のおぼっちゃんは、最後に一番若い宇髄のところにも挨拶に来る。
隣に…この前のお嬢ちゃんをしっかり連れて。
元々は最終選抜を突破した鱗滝の弟子のうち、わけあって養子にもなっている錆兎という少年を水柱にというところまでは宇髄も聞いていた。
それで任務帰りに治療がてら顔を見てみようとしたわけなのだが、医療班に阻まれて退散。
その数日後、新しい柱の顔見せの日程と共に、今回の水柱は幼年ということもあり、兄弟弟子で対の柱とするということを聞いて、まあこれは派手に面白いことになりそうだと思ったのだが、実際に見てみてびっくりした。
新しい水柱だという坊っちゃんの横にいるのは、この前廊下で泣いていたお嬢ちゃんだった。
なんだ?なんなんだ?
ここはいつから良いとこの坊っちゃん嬢ちゃんが通う寺小屋になったんだ?と、宇髄は思う。
「あ~、お嬢ちゃん、水柱の片割れだったのか」
と、2人がしっかりと手を握って自分の前に来たところで、宇髄はまず義勇の方に声をかける。
ところが当の義勇はキョトンとした顔だ。
え?まさか、ついこの間なのに覚えてねえのか?と、宇髄が一瞬反応に困っていると、そこでもうひとりの水柱、錆兎が
「なんだ、どこかで会ったのか?」
と、義勇の方を振り返って尋ねた。
それにぽつりぽつりとこの前の話を語る義勇。
なんだ、覚えてんじゃねえか、と、その義勇の反応にさらに不思議に思う宇髄を前に、錆兎が、なるほど、そういうことか…と、小さく呟いたあと、顔をあげて宇髄に笑みを向けた。
「宇髄さん、義勇がお世話になりました。ありがとうございました。
ほら、義勇も礼を言え」
と、きちんとまた頭を下げると、隣でぼ~っとしている片割れにそう注意する。
それに対してペコリと頭を下げる義勇。
「あ~、別に良いけどよ…。
お嬢ちゃんの最初の間はなんだったんだ?」
と、もうなんだかぼ~っとしている方に聞いていると日が暮れそうだなと思った宇髄が錆兎の方に聞くと、錆兎は苦笑。
「たまに間違われるんですが、義勇は男です。
だから、”お嬢ちゃん”という呼称で呼ばれていたので、自分のことだと思っていなかったようです」
と、驚くべき事実を告げてきた。
「なんだ?まじかぁ…。
そっか、そいつぁ悪かった。
お嬢ちゃんじゃなくて、え~っと、義勇な、義勇。
よし、覚えた。
で、片割れは錆兎だな。
てことでだ、爺連中は良いとして、俺に敬語とさん付けはやめておけ。
年も2,3しか違わねえし、長い付き合いになるから、まどろっこしい」
そう言うと、錆兎は少し迷う様子を見せたが、結局
「わかった。宇髄。よろしく頼む」
と、笑みを浮かべた。
錆兎と2人そんなやり取りをしている間も、片割れの義勇はずっと錆兎の横でほわほわとした表情で黙って立っている。
わりあいと人の心の機微を読むのに長けている宇髄からすると、とりあえず錆兎のそばにいられて嬉しいんだろうなというのはわかる。
わかるのだが…
「なあ、そっちのお嬢ちゃ…んじゃなくて、義勇な。
戦えんの?」
と、あまりに敵と対峙している姿が想像できなさすぎて錆兎に聞くと、錆兎はクスリと笑みをもらし、
「ああ。まずそれを言い出すのは宇髄だと思うから、次の任務は宇髄と組ませるとおっしゃってた。……お館様が」
と、言うので、見抜かれていたか…と、宇髄は頭をかいた。
こうしてしばらくは水の対柱と任務にあたることになったのだが、なんというか、周りの視線が熱い。
とにかく最年少の少年2人は一般隊士はもちろんのこと、医療班や事務方などの女性陣から、可愛い可愛いの大人気だ。
とりあえず最初の数回はお試しということで、近場の軽い任務をいくつか回る。
これで二人共がそれぞれ人並以上には動けることはわかった。
宇髄的にも面白いなと思うのは、2人の戦い方は同じ水の型とは思えないほどタイプが違うことである。
錆兎はとにかく派手だ。
例えるなら弾ける夏の大波のように水しぶきをあげながら戦っていく。
そしてこれがわかりやすく強い。
一方で義勇は飽くまで静かに涼やかに流すように敵を倒す。
時にそれが1つの敵に向かうと、戦いにそういう言い方もなんだとは思うが、重なり合う静と動のハーモニーが、見た目にも美しい。
真逆だからこその美しさである。
なるほど、これは対で置いておきたくなるか…と、宇髄も心の底から納得した。
そしてそんなだからたまに同行する女性隊士達もこれを見て大騒ぎだ。
そう、何故か今回の同行者は女性が多い。
なにかの意図があるのか?と思われるほどに。
そして…彼女たちは2人の戦いの様子を女性たちの間で吹聴しているらしく、なかには非番の日に、こっそりと覗きにくる者が現れるほどになってきた。
まあ、錆兎は少年ぽく、義勇は少女っぽい印象は受けるが、どちらも可愛らしい顔立ちをしていて、容姿も真逆な2人がそんな戦いをするものだから、見て楽しい気持ちはよくわかるのだが…。
一応慣らしということで、本来は柱がでるような案件でもないのもあって危険もそうないし、幼い対柱達を隊士に認知させる宣伝活動の一環のような気がしてきた。
まあ…あれだ。
前の風柱が、柱は象徴でカリスマだと言っていたが、本当にそういうことなのだろう。
強いのはもちろんのこと、出来れば一般の隊士に好かれて慕われて欲しい。
彼らのやる気を煽って欲しい。
そういう意味では彼らほど適した人材はいないのではないだろうか。
そう考えると、そこで二人を連れて歩くのに、爺様連中や悲鳴嶼ではなく、自分を選んだのにも何か意図的なものを感じなくもないが、派手なのは大歓迎だ。
悪くはない。
めちゃくちゃ派手に楽しくなってきそうだぜ、と、宇髄は浮かれた気分で、日々任務に飛び回るのであった。
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