今まで普通に起きていたのは確かに奇跡みたいなものだ。
義勇のことが気にかかりすぎて限界を超えていた体力は、安心した途端尽きたらしい。
なんて人騒がせな…と、村田ははぁ~っと大きく息を吐き出して、そして二人を起こさないように帰ろうと、そ~っとドアを開ける。
すると、ドアの向こうにさきほどの医療班の女性が怖い顔をして仁王立ちしていた。
自分はただ見舞いに来ただけなのに、なぜこんなに睨まれているんだろうか…と、その理不尽さに肩を落とす村田。
そして
「あ、あの、錆兎ちゃんと寝たからっ!」
と、また怒られる前にと慌てて伝えると、彼女はちらりと部屋の中を確認。
ほわぁぁっと顔に笑みが浮かんだ。
「良かったぁ…ちゃんと休んでもらえて」
という顔は、それまでの厳しい顔とうってかわって優しい。
さきほどまでの般若のような顔は、心配のあまりということだったのだろう。
村田はなんだかとても良いことをした気がして、気分良く
「じゃ、俺はこれで…」
と、シュタっと手をあげて帰ろうとしたが、そこでガシッと襟首を掴まれた。
…え???
「どこに行くんですか?」
と女性は笑顔。
「えっと…帰ろうかなと??」
別に変な行動は取っていないと思う。
錆兎と義勇の見舞いに来て、彼らが眠ってしまったから帰る。
それは当たり前じゃないか?と思ったが、彼女の中ではそうではなかったらしい。
「確か…村田さん、でしたよね。
先日の作戦で壬に昇進した……」
「え、そ、そうだけど……」
「じゃ、1週間ほど医療班でお借り出来るように上にお願いしておきますねっ」
「は?えっ??なんでっ??」
「だって、私達じゃ、錆兎さん、ちゃんと言うこと聞いて養生してくださらないんですもの~」
「はあぁぁ?!!俺にだって無理だよおぉぉぉーー!!!」
叫んだ彼に、しかし拒否権はなかった。
人材不足、老齢化が進んだ柱社会での期待の新人水柱の治療という名目の前には、壬の一隊員の人権なんて、限りなく軽いものだというのを、こうして思い知らされる村田だった。
その日の夕方……
「…村田…?…なんで村田がこんなところにいるんだ?」
熱はまだあるものの目はすでに覚めていて、部屋にもう一つ運び込まれた寝台に脱力して座っている村田を不思議そうに見る義勇。
…うん…お前が熱なんか出すからだよ?
それで暴走する錆兎を誰も止められないからなんだ……
そう言えたらどれだけ良いだろう。
でもそれを言ったら今日が自分の命日になりそうな気がするので、村田は空虚な笑みを浮かべるに留める。
そんな村田に、
「…お前…もしかして何かしでかしたのか?
俺で良ければ話を聞くが?」
と、言う錆兎は、根っから頑丈に出来ているのだろう。
一眠りしたらすっかり落ち着いて、少しでも早く治って義勇の世話ができるようにするんだと、全集中の呼吸でせっせと傷を治そうとしているらしい…
………が、生死をさまようレベルの重体に分類されるくらいの傷をそれで治すより長くって、お前どれだけ義勇が寝込んでいると思っているんだよ…と、村田は突っ込みを入れたい。
…入れたいが…やめておく。
そもそも、やらかしたのはお前だ。
お前がやらかしたから、俺はここに缶詰になってるんだと、それを指摘するのが先な気がする。
………まあ、それもしないけど……
もうなんというか…嫌いじゃない。
嫌いじゃないよ?
でもお前ら見てると色々突っ込みたいことだらけだよ?俺は。
と、言えたらどんなに良いだろうか…。
しかも二人とも基本的には互いのことにしか興味はない。
村田のことはそこにいるから聞いてみたものの、さして気には止めず、
「義勇、大丈夫か?
食欲ないなら果物なら食えるか?」
などと、自分は義勇の横たわるベッドの端に座って、普段は刀を振るう力強い手で優しくその髪を撫でながら言う錆兎に、義勇は
「ん、りんご、りんごが食べたい」
などと言いながら、その錆兎の手を取って頬を擦り寄せている。
お前ら…もう相変わらず通常運転だな。
俺がここにいるなんてこと、絶対に微塵も気にしてないよな?
と、がっくりと肩を落とす村田。
もちろんそんな村田に全く目を向けることなく、錆兎は見舞いの果物籠の中から林檎を取り出して綺麗な布巾で拭くと、
「どうする?今日は剥いてやろうか?」
というが、義勇は首を横に振って両手を錆兎に向かって伸ばした。
それで当たり前に片手で義勇の身体を支えて助け起こす錆兎。
そして、手の中の林檎をシャクリと一口かじると、半身起こした義勇に渡してやる。
義勇はそれを両手で受け取って、その齧った部分から、まるで餌を食べる小動物のように、シャリシャリとそれを食べ始めた。
うん、俺驚かないよ、これ、間接キスじゃない?とか言わない。
もうこいつらの間ではこれくらい普通なんだろ、知ってる…
と、遠い目をする村田。
「錆兎、まだ林檎あるよ?
食いたいならさ、また買ってくるから食べたら?」
と、もう全てをオールスルーするつもりでそう言った村田だが、さすがに彼らはひと味違った。
いつだって村田の予想のはるか上を行ってくれる。
「え?」
「いや…わざわざ一口食ってから義勇に渡してるから…食いたいのかなと思って…」
不思議そうに首をかしげる錆兎に村田がそう言うと、錆兎は、あ~!と、納得がいったというように頷いた。
「いや、別に俺が食いたかったわけじゃないんだ。
むかし義勇が林檎をうまくまるかじりできなくてな、齧ったあとがあればそこから食べやすいだろ。
だから今でもなんとなく?」
…………
…………
…………
なんとなく?…じゃねえよおぉぉ~~!!!!
お前ら、そういうとこだぞ!!!
と、村田は頭を抱える。
本当になんなんだ、この2人の距離感。
もうため息しか出ない、ほんっとにため息しか出ない!
最終選別のあともやっぱりこんな生温かい気分になったわけなのだが、あの時はまだ、同期言えどもひとたび任務につけばこいつらともあまり会うこともなくなるんだよなぁ…と思ったが、なんだかもう、義勇が理由で暴走した時の錆兎のなだめ役要員として本部に登録されてる気がする。
めっちゃする。
そんな村田の予感とも言えない予感は、当然のようにあたっているのだ。
そう、この時に本部の名簿の村田の名前の横には”水柱用”との文字が追加されている。
もちろん、極秘資料なので村田も…錆兎達もしらないことだが、確かにしっかり記録されているのであった。
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