錆兎君、なんとかしてくださいっ」
初任務から丸1日。
今回の任務遂行の中心人物だった錆兎と義勇、二人共が任務終了直後に倒れるという事態に陥ったため、二人と常に行動を共にしていた村田は上やら事務方やらに色々な報告に駆けずり回ることになった。
そうして休む間もなく1日が潰れ、翌日…。
ようやく時間が出来た彼がまずしたのは、見舞いを持って錆兎と義勇を訪ねることである。
作戦決行時の人数は50名。
そのうち生き残ったのは錆兎の率いる守備隊第2班だった癸の10名のみ。
前回の最終選別もそうだったが、これはもう運とかではなくて、錆兎の指揮のたまもので、彼は3分の2に減ってしまった同期全員の命の恩人だ。
だから当然全員が訪ねたがったが、そんなに大勢でおしかけても迷惑だろうということで、全員からのカンパで買った見舞いの果物籠を抱えて、みなの代表として村田が1人訪ねてきたというわけだ。
こうして医療所を訪ねた村田が二人の見舞いに来た旨を告げると、いきなり前述のように錆兎をなんとかしろと言われてしまったわけだ。
「あ、もしかして義勇が原因です?」
と、聞くと、
「わかってるなら早くしてくださいっ!」
と、なんだか事情も聞いてないのにご無体な言われ方をされる。
まあ…だいたい錆兎が他に迷惑かけるなんていうのは、自分自身のことではありえない。
奴は年下とは思えないほど忍耐強く自制心の強い男なのだ。
ただなんというか…そんな男でも暴走する時はする。
唯一大切な大切な幼馴染の安全に関することならば…
今回の任務でもそれで暴走した挙げ句に、本人も意としないところでなんと鬼の中でも特別強いらしい十二鬼月の下弦の鬼を捻り潰すなんて事をやってのけた。
その代わりに本人は自分の身を顧みない暴走で瀕死の重傷というわけだ。
「で?今度はあいつ、何したんです?」
村田は諦めのため息をつきながら聞く。
もうなんだかあの二人には逃げられないところに引きずり込まれて使われる人生な気がしている。
まあ、錆兎がいなければ最終選別で死んでいた身だし、二人共なんとなく放っておけないというか、嫌いじゃないと言うか…むしろ好きな方なので仕方がないとは思うのだが……
「寝ないんです!」
と、その村田の問いに医療班の女性隊員は言う。
「寝ない?あいつ意識戻ったんですね。良かった」
意識不明と聞いていたが、それは本当に良かった。
せっかくの果物籠が無駄にならずにすむな…などと思ったら、女性隊員に
「よくないですよっ!」
と、何故かまた村田が怒られた。
「午前中まで意識不明の重体だったのに、眠らないどころか横たわりもしないんですよっ?!」
とダン!と彼女は怒りに任せて足を踏み鳴らす。
もうこれ以上は状況を聞いても一緒だ。
実際訪ねた方がはやいということで、村田はその上で一番重要なことを聞いた。
「はいはい。説得します。
義勇は?どうしてます?」
そう、もちろん錆兎を説得するのは自分ではない。
自分が説得するのは義勇の方で、義勇から錆兎を説得してもらう、そういう算段だ。
すると村田からすると少々困ったことに
「寝てます」
とか言われてしまう。
そこで
「起こしても?」
と、確か義勇の方は怪我はしていなかったはず…と、さらに聞くと、
「熱を出して寝ているので、錆兎君が許可するなら」
と、返ってきて、頭が痛くなった。
「もしかして…それが、錆兎が寝ない理由だったりします?」
と、さらにさらに確認しようとすると、相手は
「わかってるなら早くなんとかしてください!」
と、よほど攻防を繰り返して疲れていたのだろう。
ぴしっと廊下を指差して、村田を奥に促した。
まったくもってとばっちりなわけだが、これは錆兎をなんとかしないと、この医療所から出してもらえない気がする。
と、村田はがっくりと肩を落とした。
こうして部屋の番号だけ聞いて、受付をあとにして、村田は受付で聞いたとおり、拾八と書いた札のある部屋のドアを軽くノックして開けた。
そして…ため息をつく。
もう彼らに関わると、ため息ばかりだ。
「錆兎…お前なにしてんの?」
呆れ果ててそう言った村田はおかしくないと思う。
だって今朝まで意識不明の重体だったはずの男が椅子に座ってて、寝台横の小さな机に置かれた水の入った手桶で手ぬぐいを絞っている。
その二つ並んだうちの手前の寝台には義勇が横たわっているのは言うまでもない。
「ああ、村田、よく来たな。
悪いが義勇は寝てるから、そのへんに静かに座っといてくれ」
という錆兎に、村田は壁際に並んだ椅子の1つに見舞いの籠をおいたあと、
「いいから、それ俺がやるから、錆兎も寝ろよ」
と、手を差し出せば、錆兎は、
「いま左の側が力が入らないから、片手では絞りにくかったんだ、しぼってくれ」
…と、それを村田に渡すものの、自分は椅子から動こうとしない。
さてどう説得しようか…と考えつつも、とりあえずするべきことをしようと、村田は手ぬぐいをしぼって錆兎に渡した。
錆兎は礼を言ってそれを受け取ると、熱で赤い顔をした義勇の額に乗せてやる。
そうしておいて、錆兎はもう一枚の手ぬぐいを手にとって、眠る義勇の汗をふいてやりながら、ぽつりと
──腹が立っている…
と、こぼした。
ああ、これはだいぶ煮詰まっている。
本腰を入れて聞くより他はなさそうだ…
と、村田は腹をくくって、壁際から椅子を1つ引きずってきては、それに座った。
そして
「なにに?」
と、聞く。
すると返ってきたのは
「自分に…」
という言葉で、なるほど錆兎らしいと村田は思った。
「…目が覚めた時…床で義勇が泣いてた…」
「…うん…」
「…熱で真っ赤な顔して……」
「…うん…」
「…俺を起こさないように声を殺して……」
「…うん…」
「…任務の前も…義勇は赤い顔をしていた。あの時から熱があったんだと思う…」
「………」
「俺が熱があるのか?と聞いたら、大丈夫だと言った」
「………」
「…俺は…未熟だ…」
「………」
「…強くなりたい……強く頼れる男に……」
そこまで言って、錆兎はぐっと唇を噛み締めて押し黙った。
村田は泣くのをこらえているようなその顔はみないことにしておく。
…なんかこいつら、互いに互いの事が好きすぎなんだよなぁ…と、村田は呆れ半分に思った。
村田は気づかなかったが、本当に義勇が任務前から熱があっても大丈夫だと言い切ったのだとしたら、それは別に錆兎が頼りないからじゃない。
単に家で寝ているよりも錆兎と一緒にいたかったからで、声を殺して泣いていたのも別に錆兎が世界最強の男に育ったとしても、自分ごときのことで大好きな錆兎に迷惑をかけたくないと、同じことをしているだろう。
むしろ錆兎的にはそんな気持ちは声に出してもらったほうが全然楽で対処もしやすいんだろうが、それをするには義勇は本当に錆兎が好きすぎるのだ。
錆兎も義勇がすごく好きで、義勇のすることを迷惑だなんて絶対に思わないのは間違いなくわかっているくせに、そこでそれでも迷惑をかけたくないと思ってしまうのが、義勇のややこしいところだと思う。
さあ、それを飽くまで義勇にとって無条件に頼れる男になりたいと考えるこの頑固者にどう伝えるか…
「あのな…遠慮するのは錆兎の側の問題じゃなくて、義勇の性格じゃないか?」
と、村田は椅子から立ち上がった。
そして寝台の向こう側に回ると、わずかに離れた寝台を押してぴったりと隙間なくくっつけた。
そうしておいて、
「だからさ…」
と、また義勇の側にまわりこむ。
「とりあえず義勇がしてほしそうな事を義勇に言われないでも察して、強引にでも実行するしかないんじゃないか?
例えば…今なら添い寝してやるとかさ…」
「…そい…ね?」
「そそ。身体弱ってる時ってさ、人肌恋しくなるだろ。
義勇は結構いつでも錆兎にくっついてんの好きだから、錆兎が隣に寝てたら安心するんじゃないかなぁと……」
自分で言っててもなかなか無理がある気がする…。
小さな子どもじゃあるまいし、この歳で男2人でくっついて寝るかぁ?と村田は思ったわけだが、返ってきた答えは
「あぁ…そうだな。
義勇、何かあるとしょっちゅう俺の布団に潜り込んでくるし…身体が弱ってるならなおさらそばにいたがるか…そうしよう…」
で、当たり前に義勇の左側に潜り込む錆兎に、へ???と、目が点になる村田。
それだけじゃない。
当たり前に怪我をしていない右腕を義勇の頭の下に回して、いわゆる腕枕状態なのはなんなんだ?
え?え?お前らしょっちゅうそんな寝かたしてんの?!
俺、単に隣に寝れば?って意味で言っただけなんだけど、なんで抱きかかえて寝るわけ?!!
義勇は義勇で確かに眠っているのだが、錆兎が横に寝て腕枕をすると、すりりとその胸元にすりよっていく。
そんな光景にぽか~んと開いた口が塞がらないまま呆ける村田に、錆兎はふあ…と、あくび1つ。
「…悪い…村田。俺も義勇が目を覚ますまで少し……ね…る……」
とだけ言うと、コトンと糸が切れたように眠る。
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