「あ~~アレはいい加減にとめておかないと、本人も出血多量で死ぬんじゃないかい?」
と、いきなり後ろから声が降ってきて、村田は悲鳴をあげて飛び上がった。
そうして振り返ると、にこにこと人の良さそうな青年。
本当にすぐ後ろにいたのに、全く気配を感じられなかったのが恐ろしい。
とりあえず鬼には見えないので敵ではないのだろう。
村田はそれでもそう判断して、
「あの…あなたは?」
と聞くと、青年は手袋を外すと、じゃ~ん!などと効果音をつけながら、手の甲をかざしてみせる。
「……風?」
その手の甲にしっかりと刻まれた風の文字。
それを凝視しながらそうつぶやくと、青年は、そうそう、と頷いた。
「本当は今日の夕刻を持って退職して、”元”風柱になったはずだったんだけどねぇ」
と、あまりに軽く言ってくれるので、思わず
「柱に定年退職なんてあるんですか?」
と、ついつい普段、錆兎といる感覚で突っ込んでしまうが、偉い人であるはずの青年は別に気にした様子もなく、
「うんうん。俺はちょっと色々あってもう1年は生きられないからね。
最後の1年くらいは自由に楽しく過ごしたいなぁ~なんて思って。
で、それを認められて本日めでたく”元”になったんだけど、水柱の卵君からの増援要請があって、向かえる柱が誰もいなくてねぇ。
最後のご奉公で行ってくれないか?って頼まれて、来てみたわけ」
うん…色々突っ込みたい…。
突っ込みたいことがありすぎだけど、一番突っ込みたいのは……
「水柱の卵って…まさか??」
いや、ないだろ。だってまだ初陣だし?
たぶん俺より年下だし?
と思ったものの、他に居ない気もする。
しかしその自称”元”風柱は、にこにこと村田の想像を肯定した。
「そそ、あそこで獅子出して暴走してる子ね。
今さぁ、柱本当に人材不足なんだよ。
岩はかろうじて期待の新人行冥君が、音を天元君が継いでくれたけどさぁ…他、若い子育たなくてね。
俺も寿命がもうちょっとあったらうちの継子が育つくらいまでは頑張ったんだけどねぇ。
でもたぶん25になる来年までは生きないし、継子の実弥ちゃんは力はあるんだけど精神面がまだまだだから、あと3,4年くらいは待ってあげてほしいし?
本当老齢化が進んじゃって、雷の桑島のじいちゃんなんて、もう現役させてるの痛々しいレベルだしね。
てことで、鱗滝さんとこの子とかどうよ?とか話題にあがってて、元々前評判高かったとこに、彼ほら、最終選別でもやってくれたからさぁ。
この際若かろうとなんだろうと、もういっかぁなあんてね。ハハハッ」
ハハハッじゃねえっ!!と言いたい。
思い切り言いたいっ!!
柱をそんなに軽々しく決めていいのかっ!!と思うわけなのだが、そこではっとする。
「ちょっと、とりあえず錆兎止めてくださいよっ!
このままじゃ出血多量で死ぬって言ってたじゃないですかっ!!」
と、村田が思い出して後方に視線を向けながら言うと、なんとこの”元”風柱の青年は
「やぁ~だよ。あれ、下手に止めると俺でも怪我するもん。
仮にも、柱になるような子だよ?
それでなくてもなんかリミッターブチ切れてる感じがするし、あっちがあれだけ本気だとこっちも本気出さないと殺されちゃう」
などと言うではないか。
「じゃあどうすんですかっ?!
錆兎死んだら困るんですよねっ?!」
「うん。とりあえず…あそこにいるの十二鬼月っていう鬼の中でもトップ12にはいる奴のうちの下弦っていう下6体のうちの1体みたいだね。
君に見えるかはわからないけど、目にね、下弦って書いてあるんだ。
それで、だ、どうやら首を持つ本体は雑魚鬼のふりをしている手足に紛れてるみたいで、今錆兎君が勢いで首刎ねちゃったから、そろそろ止まるんじゃない?」
と、焦る村田に呑気に構える青年。
その言葉通り、錆兎が目の前の鬼の首を一閃してポ~ンとその首が飛ぶと、一瞬間を置いて中央の大鬼を含む、全ての鬼がさらさらと砂になって舞い散った。
そうか…大勢の鬼は本体の手足でしかないという予測は、根本的には正しかったのか…
ただ、その本体が大鬼じゃなく、その周りの鬼に紛れていただけで…
と、ぼ~っと村田が思っていると、なにか糸がきれたように、その場に錆兎が崩れ落ちる。
「錆兎っ!!!」
と、それにハッとして駆け寄る村田と、ゆっくりと歩み寄る”元”風柱。
「ちょっと待ってろっ!!今止血するからっ!!」
と、倒れる錆兎の横に膝をついて泣きながら、片手に義勇を抱えたまま救急袋を開ける村田の横で、青年がひょいっと顔をのぞかせた。
「包帯もいいけどね、まず呼吸を使って自分で止血しようね。
やりかたわかる?」
と、しゃがみこんで言う青年に、錆兎は半ば朦朧としながら
「…わかる……だけど要らない……」
と、答える。
「ちょ、錆兎っ!!そんな事言うなっ!!俺は絶対にお前を死なせないぞっ!!」
と、村田は泣きながら怒る。
怒って包帯を出すが、青年の方はちらりとその村田の手の中を覗き込んで、
「そんな事言ったらさぁ…義勇ちゃん号泣だよ?」
と、ツン!と小さく頬を突く。
そしてその口から漏れ出す……ん………と小さな声に驚いたのは、当然村田だけではない。
出血がひどく地面に血溜まりを作っていた錆兎が飛び起きた。
そしてその拍子に血がまた吹き出す。
「ちょ~~っとぉ、先に止血しなさいって!
本当に死に別れになるよ?」
と、そこではぁ~っと呆れた声で言う青年を振り返って錆兎は
「…いったい……何をしたんだ?」
と、問う。
「うん、とりあえず何でも良いから先に止血しなさいっ」
「……わかった……」
言われて錆兎は今度は素直に止血を始め、傷が深すぎてそれでは足りない部分は村田がせっせと手当する。
その間に青年が言うには……
「この子の血の量にびびったのかもしれないけど、これ、全部君の血ね。
義勇ちゃん、かすり傷1つ負ってないからね?
たぶん…君の出血量見て気を失ったんだと思うけど?」
ということで、手ぬぐいで血だらけの義勇の顔を拭いてやれば、傷一つない綺麗な顔が現れる。
…義勇が……いきて…る……?
そこで一気に力が抜けた。
そしてふらりと気を失って倒れかかる錆兎を村田が慌てて支える。
そんな錆兎にかまうことなく、”元”風柱の青年は、村田に話しかけてきた。
「ま、本来は可愛いはずの任務だったんだけど、下弦が混じってたのは想定外。
というか、あとから下弦が来て、他の鬼を食べちゃったみたいね。
周りにいたのはたぶん食べた鬼を模写した手足だったんだと思う。
それでも下弦1人で倒して、自分の担当の班の班員は全員無事。
他は丙や壬が仕切ってても全滅だからね。
その中でこれなら上等上等。
ただちょっと暴走癖ありすぎかな。
柱は強さの象徴で憧れの対象にならないと駄目だからねぇ、俺みたいに?
簡単に死んでもらっちゃあ困るんだ。
さて、どうするかなぁ…ね、そこの凡人君、君どう思う?」
褒めているのか馬鹿にしているのかよくわからないが、その“元”風柱の言動に村田はなんだか苛立ちを感じた。
錆兎がどんな気持ちで自分と…そして自分自身よりも大切なのであろう義勇を危険に晒してまで任せられた任務に最善を尽くそうとしたかを、そんなに軽々しく語って欲しくなかった。
「……れ…ない……」
「うん?」
「あんたになんか憧れないっ!!何もわかってないやつが錆兎を語るなっ!!!」
”元”とは言え相手は柱だ。
癸の新米が聞いて良いような口の聞き方ではない。
そんなことは重々承知していたが、もう首になっても知るものかと言う気持ちで村田は叫んだ。
「錆兎と義勇は俺たち癸の命の恩人で、俺たちの憧れだっ!!
二人ともどんなに不安で悲しくても、俺たちには絶対に不安なところをみせたりしなかったっ!
俺たちが安心できるように不安も危険も全部2人で抱え込んで守ってくれてんだっ!!
俺たちの憧れは2人であって、お前なんかじゃないっ!!」
自分は本当に凡人だと思う。
目立つことはしたくない。
痛いことも辛いこともごめんだ。
もちろん上に喧嘩なんか売りたくないし、目立たずそつなく生きていきたい。
でもどうしても我慢できなかった。
我慢できずに村田は泣きながら怒鳴った。
こんなにボロボロになるまで頑張ったのに、何故こんな事を言われなきゃならない?!
あんなに強い錆兎が今、凡人の自分の腕の中で気を失うくらい、他を守るためボロボロになって頑張ってくれたのだ。
それをただの未熟者みたいに語らせたくない。
そんな思いで涙目でにらみつける村田に、”元”風柱は、フハッと笑って、
「りょ~うかいっ!
他からの信頼もばっちりの隊長さんしてたんだな。
おっけ~、おっけ~。人柄も問題なしっと
ちょっと本当のところを確かめたかったんで、ごめんなぁ~」
と、いきなりポンポンと村田の頭を撫でながら謝ってきた。
そしてよっこらしょと両手に錆兎と義勇を抱えて身動きが取れなくなっている村田を前に少し悩んで、結局気を失っている錆兎の方を抱えあげた。
「…え?」
「え?じゃないよ。ほら、行くよ。
俺だけじゃなく他にも隊員来てるけど、他の隊員だとここまで来ると二次災害でちゃう可能性あるから、中まで来てるの俺だけだから。
とりあえず村の外まで運んで医療班に引き渡さないと。
義勇ちゃんも怪我こそないけど疲労が限界越えてそうだし、錆兎みたらパニック起こしそうだから寝かせておきたいし。
両方抱えてくなら錆兎は重傷だししっかり抱えられる俺の方がいいでしょ。
それとも逆になりたい?」
「いえ…たぶん…俺に任されたのに知らない人に義勇預けると、俺、錆兎に呪い殺されるから…」
と、さきほどの錆兎の言動を思い出して村田がプルプル首を横に振って立ち上がると、青年はまたフハッと面白そうに笑う。
どうやらさきほどの発言は村田の本音を引き出すためのものだったようで、悪い人ではないらしい。
その後、錆兎のことだけではなく、義勇のこと、今回の戦いのことなど、色々な事を聞かれながら、村田は彼と一緒に村の入り口へと戻っていった。
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