そこにいるものを少し遠目に目の当たりにして、錆兎は圧倒される思いだった。
最終選別の時の手鬼よりさらにでかい鬼が、5匹ほどの多種多様な鬼の中に佇んでいる。
周りを囲む鬼は思ったよりは少なかったが、これでも自分と義勇の2人でなんとか対峙できる鬼の限界な気がした。
それもどのくらい持つのだろうか……
自分が死ぬのはいい…確かに自分で選んだ道でそれも運命だと思う。
でも…と、錆兎は少し後方を振り返って後悔する。
義勇まで巻き込んでしまった。
大人しくて優しい義勇。
自分がいなければ、おそらく鬼殺隊になることもなく、鱗滝さんのところで育て手の手伝いでもしていただろう。
そうすればこんなところで死ぬこともなかった。
そう思うと悲しくて、錆兎は鱗滝のくれた自分を模した狐の面を頭から外して、それを義勇につけて、義勇の面を自分につける。
魔除けだというこの面が、自分に入り込んだ神の加護ごと義勇を守ってくれればいい…そう思いながら。
こうなれば恨まれても仕方がない。
「俺のわがままに巻き込んですまん。
でもこれでもし死ぬことになったなら、来世では絶対に義勇を探し出して埋め合わせをするから、許せ」
抱きしめてそう告げると、優しい義勇は一言も錆兎を責めることなく、ただ、
「…錆兎、好きだ…大好きだ…」
と、いつものように返してくれる。
可愛い、愛しい、好きだ、大好きだ…
そんな言葉が錆兎の脳内をくるくる回り、その小さな唇に触れたい…と、そう思った瞬間に今更のように気づいた。
ああ…自分は義勇のことをそういう特別な意味で好きだったんだな…と。
今までずっと一緒に居すぎて、そこにいるのが当たり前過ぎて、これからもずっと手をつないで人生を生きていくのだと、毎日朝が来て昼が来て夜がくるのと同じくらい当たり前に思っていた。
おそらく死ぬのであろう前にそんな大切なことに気づくなんて我ながら本当に間抜けだと思う。
腕の中で静かに泣く義勇の涙をぬぐってやって、そうして衝動のまま口づけそうになるが、ぎりぎりの理性で頬に軌道を修正し、柔らかな義勇の頬に唇で触れると、ありったけの思いを込めて
──俺もだ…世界中の誰よりも……いつもいつまでも義勇が好きだ…
と、錆兎は思いのたけを打ち明けた。
おそらく義勇の方はいつもの戯れの延長線だとしか思わないかも知れないが、それは錆兎の一世一代の告白だった。
いつまでも…たとえ死んでも生まれ変わってでも絶対に義勇を探し出す。
そうしたら2人で幸せになろう。
そんな言葉を飲み込んで、もう一度ぎゅうっと自分よりもやや細い義勇の身体をだきしめると、気持ちを切り替えて
「さあ、行くぞ!」
と、錆兎は刀を抜いた。
いよいよ決戦だ。
「では義勇っ!頼んだっ!!」
と、錆兎はそう言って鬼の中に飛び込むと、まっすぐ真ん中にそびえ立つ鬼に向かう。
すると当然、他の鬼たちは錆兎の方を目指すが、そのうち数体は義勇の打ち潮で首を刎ねられた。
残った鬼は錆兎が大鬼の足を巻き込みつつも水車で一掃。
そのまま片膝をついた大鬼の身体を足場に上に駆け上がっていく。
普通には手が届かない位置に首があるので、まずその肩をめざすことに。
しかし、距離が近すぎるのと小さいことで、大鬼の視界からは視認しにくいと思ったのだが、ずいぶんと目の良い鬼のようで、ものすごい速さで払い落とそうとする手が飛んできて、それを避けるのに一苦労だ。
右に左に避けながら、なんとか足場を見つけては登っていく。
この鬼の首さえ落とせば、おそらく他は消えていくはず…
それが錆兎の出した結論だった。
村田の言うように、この大鬼以外の鬼の首は、首ではない。
おそらくこの大鬼が己の身体を根っこのように土の下に伸ばし、”鬼の形を取らせた”身体の一部を土の中から出して攻撃してきているのだと思う。
つまり、それはいうなればこの大鬼の手足のようなものだから、いくら首に見える部分を斬っても、またすぐに復活するのだろう。
だがそれなら放置で良いかと言えば、放置すると当然攻撃してくる。
すぐ復活するのはわかってはいるが、動けないように攻撃は与えておくしかない。
ということで、その実質足止めの役割を義勇に頼んで、錆兎は本体の首を取りに来ているというわけだ。
早く…早くしないと、義勇が持たない。
そう思って必死に肩までたどり着いたもののスキが見つからない。
錆兎は鬼の手を避けながら、不安定な足場で切り込むためのタイミングを待つ。
そんな時だった。
「くっそ~~!!後で弁償しろよおぉぉぉーーー!!!!」
と、いきなり飛んでくる声。
そしてそれとともに飛んで来る刀。
思いもよらぬところからの攻撃に、錆兎も鬼も驚いてそちらに視線を向ける。
…む…村田ぁぁぁーーーー!!!
我に返ったのは錆兎が遥かに早かった。
鬼の視線が村田が投げてきた刀に向かい、手がそれを払おうとそちらに向けられた瞬間…
冷静に…友がくれた千載一遇の機会を無駄にするなど男ではないっ!!
錆兎はすぅ~っと息を吸い込んで、呼吸を整えて手を交差する
──壱ノ型 水面斬り!!
いっきに交差を解いた反動で大鬼の首を刃が一閃する。
…やったっ!!!
と、錆兎も…そして村田も思った。
ゴトン!と大きな鬼の頭が地面に転がった。
だが……
──……え??
ストンと地面に飛び降りた錆兎が唖然とした。
村田は声すら出ず、信じられない思いで上を見上げている。
確かに斬ったはずの大鬼の首がまた復活していた。
何故?と錆兎は固まった。
大鬼が本体という自分の予想は間違っていたのか…?
この村の鬼は全部……弱点がない?
希望が見えていただけに、一瞬で折れかかる心。
それでも錆兎はなんとか踏みとどまった。
予測が外れていたということがわかったということは、それはそれで有意義な情報の1つだ。
あとは…それを伝えるために逃がす者を逃さねばならない。
もう倒せるあてなんかない。
とにかく一瞬一瞬、わずかな時間を作るために体力の限りを尽くすのだ。
「義勇っ!!俺が代わるから退却する村田を村の出口まで補佐をしろっ!!!」
ここからは絶望的な泥沼だ。
最優先は村田を生かすことだが、自分の頑張り次第では義勇も生かせる可能性がある。
そう言って鬼の群れに飛び込んで、義勇と代わろうとするが、義勇は
「いやだっ!俺は逃げないっ!俺も錆兎と戦うっ!!」
と、ガンとして撤退しようとしない。
「言うことを聞けっ!!
お前の体力じゃここは無理だっ!!
村田の護衛につけっ!!!」
「やだっ!!絶対に嫌だッ!!」
普段は絶対に錆兎の言うことに意義を唱えたりはしないのに、こんな時に限って頑固な義勇に、錆兎は焦る。
その焦りがまずかった。
上から強烈な気配。
それはもう反射的に義勇を抱え込んで横に飛ぶ。
…が、左肩に衝撃が走る。
焼けるような熱さに一瞬意識を失いかけるが、それはもう幼い頃から常時刀を握り続けた習慣で、肩に食い込む大鬼の爪を切り落とした。
「…ぎゆ…だいじょうぶ……か?」
と、刀を握る手と反対側に抱え込んだ義勇に視線をおとすと、苦悶の表情で目を閉じたまま動かなくなった義勇の真っ赤な血に染まった白い顔が目に入ってきた。
目の前がくらりと黒く染まる。
それでも刀に慣れた身体は、そんな弱った少年に勢いづいて襲ってくる鬼たちを、片手で無意識に切り裂いていた。
「錆兎っ!!」
と、駆け寄ってくる村田。
それに錆兎は義勇の遺体を託す。
「お前は義勇を連れて撤退だ。
遺体だとしても義勇だ。
絶対に鬼に喰わしたりするな。
そんな事をしたら俺は死んでもお前を呪い殺しに行くからな」
そう告げて錆兎はふらりと立ち上がった。
「え…でも……錆兎は?」
「俺は…あいつをぶち殺す。
絶対に…刺し違えてでも殺すっ!!!」
ブン!!と刀の血を振り落とすように振ると、錆兎はそう言って刀を構えた。
ビリビリとこの空間をも破壊してしまいそうな殺気。
村田が見てきた錆兎はいつでも強かったが、それでもいつでも気さくで温かみのある少年だった。
だが…今、村田は初めて錆兎に恐怖を感じた。
何か人でないものが乗り移ったように、恐ろしくて止めるどころかそれ以上声を欠けることも出来ない。
何か雄叫びをあげながら、防御などもはやする気もないといった風に鬼の中に特攻していくその少年の刀の先から飛び出した牙を向いた青い獅子が少年と共にあたりを駆け回り、鬼たちが錆兎の血混じりの波しぶきに飲まれていく。
龍の逆鱗とはよく言うが、どうやら鬼たちは獅子のソレに触れてしまったらしい。
もしくは獅子を繋いでいた鎖を断ち切ってしまったのか…
どちらにしても普通ではない。
命を削るように…本来なら生物として反射的に行う防御も一切なく、ただ己の全ての力を攻撃にのみ使うような技。
水の獅子の顎門がもう首どころか鬼の全体を蘇生も間に合わない速さでグシャグシャに食いちぎっていく。
圧倒的な攻撃的な空気に、獅子の間合いに入れば死ぬと言う予感しかしない。
手負いの獣…そこにいるのは、まさにそれだった。
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