で、増援が来る前に鬼が村を出るのを視認したら、即撤退だ」
村から100mほど離れた見晴らしの良い丘の上まで移動したあと、錆兎が生き延びた隊員の話と、実際に自分たちが体験したことを話した上で、そう指示を出す。
「鬼が村を出ても…放置なのか?」
と、当然そんな言葉も出てくるが、それに錆兎が
「首を斬ってもまた生えてきていつまでも死なない時点で、相手にしても体力を削られるだけだし、下手をすれば別の鬼に後ろを取られて討伐隊の二の舞になる」
と言えば、もうみな納得するしかない。
そうして説明を終え質問も出きったところで、錆兎は座って休んでいた義勇に手を差し伸べて、立ち上がらせる。
「じゃ、そういうことで、俺と義勇は村に戻る。
あとのことは…そうだな、村田、頼めるか?」
「はぁ?!お前、自分で鬼は倒せないって言わなかった?!
体力の無駄って言ったよな?
なんで戻るんだよ!!」
当たり前に言う錆兎に村田が思わず声を荒げると、錆兎は
「生存者がいるかもしれない。
いなかったとしても…強い鬼が1体いるからな。
その鬼が外に出たらおおごとだ。
少なくとも増援が来るまでは少しでも足止めしておかないと、大惨事だ」
と、村のほうに静かな視線を向けながら、淡々とした口調で言った。
そのとなりでは義勇がそれに異を唱えることもなく、やはり静かに寄り添っている。
しっかりと繋がれた手…
二人してまるで死を覚悟の上で状況を受け入れているような気がして村田はゾッとした。
わからないが…聞いた事がないからわからないが、おそらく錆兎も義勇も自分と同じか、下手をすれば自分より年下くらいかもしれない。
そんな年齢で達観するなんてどうかしている。
そして、そんなふたりを観ていて、自分もどうかしてしまったらしい。
「わかったっ!俺も行くっ!
万が一にでもお前らに何かあった場合、中央で何が起こっているのか誰かが知っておいて増援に伝えないと駄目だろ。
ちゃんとしっかり見届けて、状況を確認したら即離脱するから」
村田にとっては一世一代の大決意だった。
なのに村田がそう主張すると、錆兎と義勇は揃って目を丸くして、顔を見合わせ、そして揃って村田に視線を向けて、声を合わせて言う。
「「それ…お前死ぬんじゃないか?」」
「お、お前らが言うなああ~~!!!」
しかしまあ普通に考えると2人の言っていることは正しい。
確かに自分だけ実力が足りないわけなのだが…それでも別に戦おうとしてるわけではないから……などと、村田が心のなかで言い訳をしていると、目の前で錆兎と義勇は二人してプススっと笑い出した。
「冗談だっ!わかってる。
お前は自分が出来ることと出来ないことをちゃんとわきまえて行動できるすごい奴だ。
お前が状況を確認して撤退する時は出来る限りはフォローするから、よろしく頼む」
と、錆兎が右手を差し出した。
そこで村田はまたポカンとした。
なんだ?なんなんだ?
俺って意外に錆兎に買われてたりするのか?
そんな事を思いながら、少し誇らしい気持ちで
「…ん。まあ俺は様子見てすぐ逃げ出すことにするから」
と、村田はその手を握り返す。
もっとも…錆兎の左手は義勇の手をしっかり握りしめているという、微妙な形の握手ではあるのだが…
それでも錆兎に信頼されていることは素直に嬉しくて、村田は先を行く2人のあとについて、村へと戻っていった。
こうして再び村の中央部を目指す道々でのこと…
「なあ…足止めって言っても、錆兎は首を落としても死なない鬼たちを避けながら、その強い鬼を足止めしておく自信があるのか?」
別になければやめろというわけではない。
どうせ言っても聞きやしない。
なにしろ大事な大事な義勇が言っても聞かないというのだから、自分ごときが言ってきくはずはないのだ。
ただなんとなく状況を把握したくてそう聞く村田に、錆兎は
「ないな」
と、これまたあっさり言ってくれる。
なんだろう…。
他の同期達には必要最低限の説明だけで、不安になるようなことは極力口にしない錆兎なのに、村田相手には容赦がない。
そう本人に言ってみると、錆兎は黙って笑い、珍しくその言葉を補うように、義勇が
「村田は錆兎にずいぶんと信頼されているな」
と言って綺麗な笑みを浮かべた。
信頼…そうなのか…
そう思って少しほんわりしていると、錆兎が
「なんというか…村田には気を使う気がしない」
と、それってなに?信頼されてるの?それとも嫌われてるの?と、聞きたくなるような言葉を投げかけてくる。
まあでも錆兎は笑顔なので、悪い意味ではないのだろう、村田はそう思っておくことにした。
しかし、村田に気を使うか使わないかは別にして、錆兎も鬼達の状況は気にかかっているようだ。
「それにしても…何故首を落としても死なないんだ?
そんな特殊な能力を持った鬼が何体もいるというのもおかしな話だな」
と、いきなり足を止めて唐突に言うと、首をかしげた。
「おま…今更それ言う?」
と、本当に無策だったのかと、村田は呆れ返った。
ただ確かに村田も言われてみればそう思う。
鬼が出るようになってから何百年もたっているのだと思うが、首を落とせば死ぬということは鬼の特性としては不文律だったはずだ。
それが特別能力が高いような鬼でもないのに、皆が皆、その弱点を克服したというのか?
そんな事が起こっているなら、鬼殺隊の方でもとっくに知られているはずだ。
何故今まで他に認知されることなく、この村でだけそんな事が起こっている?
「…実は首に見えて首じゃないとか?
ほら、弱点隠すために、わざと別の部分を弱点に似せるとか、そういうの昆虫とかでたまにいないか?」
そう、擬態する動物のように、実は首に見えるのは実は首じゃなく、手首や足首など、そうは見えないところが実は首だったとか言うことはないだろうか…。
村田は結構いいところをついていると思って口にしたのだが、錆兎は
「一体ならその可能性も否定しないが、ここにいる多種多様な鬼が全部か?」
と、あきれたようにため息をつく。
そんな盛大に呆れなくても……と、そんな錆兎にがっくりと村田は肩を落とすが、そこで
「待てよ…案外それは間違ってはいないのかも知れないぞ」
と、錆兎は何か思いついたように、義勇に耳打ちをした。
「え?え?そこまで言っておいて、俺だけ仲間はずれ?」
と、さすがに村田は眉尻をさげるが、錆兎はそんな村田にかまうことなく、
「…ということで…いけるか?義勇」
と、義勇に聞いている。
それに対して義勇も特に村田を気にすることなく、補足をすることもなく、
「錆兎がやれと言うなら、なんでも出来る」
と、キラキラした目を錆兎にむけた。
うん…義勇、お前ほんとうに錆兎の事大好きだよな、大好きすぎだよな、知ってたけど…
と、また生温かい気持ちになる村田。
だが錆兎はその義勇の返答に
「さすが俺の義勇だ。では急ぐぞ」
と頷いて、こちらもまた一瞬強く義勇を抱きしめてから、再度走り始める。
もうなんだか甘ったるいよ。
こんな命がけの状況で、お前らなんなの?と村田は言いたい。
錆兎と義勇に断固として言いたい。
本当にいつもふとしたことでこんな2人のやりとりがあって、なんだか力が抜けてしまう。
そうしてそれでも二人を追う村田に、錆兎はそこでようやく声をかけた。
「敵について少し確認したいことが出来た。
倒せる気はまるっきりしないが、情報を得るために少しばかり鬼とやりあうまで、待っていてくれ。
撤退のタイミングは俺が指示して、その時は全力でフォローするから」
倒せる気はまるっきりしない…なんて断言すんのかよぉ~~!!!
と、声を限りに叫びたくなった村田だったが、その声で鬼が来たら怖いので、ぎりぎりでこらえる。
さきほどの義勇とのやり取りに続いて、もうこんなことをここまで淡々と言われると、本当にからかわれているような気分になる。
しかし発言については本人は別にからかうつもりなどかけらもなく大真面目なのがわかっているから怖い。
おそらく錆兎的には本当の事を包み隠さずにいうことで誠意を尽くしているつもりなのだろう。
いや…わかんないけど…でも義勇がにこにこ可愛らしい笑みを浮かべているので、たぶん悪意はない、ないと思う。
こうして再び走っていると、進むに連れて血の匂いが濃くなっていくのがわかる。
正直、怖い、逃げ出したい…と村田は思った。
なのに、錆兎はとにかく、あんなに優しげな義勇までが普通に臆することなく進むのがすごいな…と、ちらりと斜め前方の義勇に視線をやると、義勇の方は平気ではなかったらしい。
──…錆兎……
と、小さく漏れる声。
それに錆兎は振り向きはせず、だが、ずいぶんと優しい声で
──大丈夫だ、義勇。
と、前を向いたまま後ろに手を伸ばして、義勇の手をしっかりと握った。
この二人は~!!!と、もう出会ってから何度目だろうか、生温かい気持ちで村田は内心ため息をつく。
まったく…錆兎はわかりやすく強いが、義勇は普段はこんなんなのに、それでも敵を前にするととてつもなく強いというのもありえない。
まあだからこそ、錆兎も義勇を大切にしていても危険から遠ざけて守ることはなく、近くで一緒に戦わせるのだろうが……
そんな二人のことはさておいて、中央から逃げてきた隊員の話通り、道々では鬼の姿を見ることがない。
さきほど怪我人を背負って逃げた際に湧いて出てきていた鬼はいったいどこに行ったのだろうか…
目的地に向かう途中で襲ってこられないのはありがたいが、正直少し気味が悪いと村田は思った。
そう言えば途中にあったはずの遺体も消えているのは、そこにいた鬼に喰われたのだろうか…
そう考えれば、身が凍るような思いだったがいまさら戻れない。
腹をくくるしかない。
ああ、享年14歳とかになりませんように!!
と、村田は誰にもはかってもらえないであろう自分の身の安全を、神様に祈りつつ、それでも中央にひた走る天才二人のあとを必死についていくのであった。
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