淡々と、まるでなんでもないことのように…。
そうしておいて、錆兎は改めて今後についての指示を出した。
「俺と義勇は討伐隊の状況を見て、状況が悪いようなら本部に増援要請をした上で、討伐隊の撤退の補佐、村田は俺達とついてきて、俺達が即戻れない状況ならその旨を伝えにここに戻ってきて伝える。
その場合、皆は村から一歩だけ外に出て、鬼が藤の結界を乗り越えてくる事があったときだけ対応して欲しい。
万が一、強い鬼が入口近くまで来た時に、戦闘中だと撤退できないからな。
その後余裕があれば、誰か南の入り口に回って、この状況を1班にも伝えてくれ。
もし増援が来たら、その時点で班は解散。
増援の長の指示に従ってくれ。
以上だ」
錆兎の話を聞いてみな若干ざわつきはするが、意外に落ち着いている。
本当に淡々と普通に話す錆兎の様子に、皆ある程度の緊張感はもったものの、焦りとかはそれほど感じていない気がした。
錆兎におそらく本音らしいことを聞いている村田でさえ、とりあえず錆兎の指示に従っていれば大丈夫、そんな気分になってしまうような安心感のようなものが、彼にはある。
それは決して絶対ではなく、錆兎自身、安全だなんてかけらも思ってはいないにも関わらず…だ。
現に中央へと走る道々、錆兎はすぐ斜め後ろを走る義勇に
「…義勇、すまん」
と謝った。
「俺は絶対に無事撤退を終えるつもりだが…状況によってはそれが出来ない場合も皆無とは言えない。
その時はお前も道連れにする」
と、その声はさきほど皆の前で話していた時よりもずいぶんと素の感情が入っている。
辛そうな…切なそうな…そんな錆兎に寄り添うように、義勇がその言葉に
「それが俺たちだから…いい。
錆兎と共に生きて、錆兎と共に死ねればそれでいいんだ」
と答える声は包み込むように優しい。
村田は自分はとても平凡で、特殊な能力もなければ情緒的な人間でもないと思っているが、そんな2人の間には常人にはわからない魂の結びつきのようなものを感じた。
2人は色々覚悟もしているのだ。
だから辛くても感情の揺れはないのだろう。
そんな2人に村田は思う。
自分は凡人だ。
死ぬ覚悟なんて全くしていない。
それどころか怪我をするのも嫌なくらいだ。
でもそんな自分でも、少しでも役に立つなら、協力したい。
それで2人が少しでも長く一緒に生きることができるならば…少し怪我をするくらいは我慢しても良いくらいに。
そうやってちょっと便利な一般隊員として、錆兎に──慣れてて使いやすいから──などと引っ張り回されて、そんな先々でバカみたいに甘酸っぱいカップルのような事をしでかす2人を生温かい視線で見守って生きていきたい。
だから村田も2人に続いてひた走る。
最終選別の最後のときのように、天才たちが行き詰まった時に、凡人の心意気で事態をほんのすこしだけ良い方に転がすきっかけを作るために
そうして錆兎、義勇、村田とそれぞれ半身ほど後ろを並ぶように走ること数分…
そこに見えてきたのはまさに地獄絵図だった。
身体のどこかを食いちぎられたような血だらけの隊員の遺体が4体。
そして、その同僚の遺体に囲まれて、はいずるように入り口に向かおうとする隊員が1人。
片腕が引きちぎられたのか、肘の下からなくなっているその隊員は、3人の姿を認めると、真っ青になった顔を涙でグシャグシャにしながら手を伸ばしてきた。
助けを求めているのはわかる…わかるのだが、村田は道から半歩退いて、民家の前の草むらで吐いた。
「義勇っ!鎹鴉に増援要請!救護袋をくれっ!」
と、今村田が背を向けた方向から錆兎の声が聞こえる。
なんだ?なんなんだ?
なんでこんな風景が平気なんだよ?!
継子だからか?!!
村田は吐きながら思う。
鬼の首が飛ぶのは見ても、そう言えばこれまで人が喰われたりしたところは見たことがなかった。
正確には喰われかけてなんとか腕一本なくしたところで幸運にも逃げてこられたというところなのだろうが……
いくらか吐いて、少し落ち着いたところで涙を拭いて振り返れば、錆兎は倒れ込む隊員の脇に膝をつき、喰われて失ったらしい隊員の肘を強くしばって止血をして、それから包帯でグルグル巻きにしている。
そうしておいて、
「…お…俺はっ…1人で……っ…みんなっ…いるのに……っ」
と、震え泣く隊員に対して、まるで大人が子どもに言うように
「大丈夫。よく頑張ってここまで戻ってきてくれた。
おかげで増援を必要としている状況だとわかって、本部に連絡を入れることが出来た。
お前は為すべきことをなした」
と、相手の気持ちをまず和らげるためか、そんな風に声をかけている。
そんな錆兎の言葉にホッとしたらしい。
震えが止まり、泣き方が少し静かになった。
それを待って錆兎はさらに柔らかく
「中央で何があったか、語ってもらえるか?」
と、声をかけると、隊員はポツポツと話し始めた。
5組に分かれた討伐隊はそれぞれ村の外れからまず村の中央にある広場を目指したが、途中の民家には村民たちが食い殺された跡が多々あるものの、不思議なことに道には鬼の姿は全くなかったそうだ。
結局、東西南北、あとは北西から、出発した討伐隊は広場で合流する。
そして少なくとも数十はいると言われていた鬼に全く遭遇しないことを不思議に思って相談していると、いきなり地面からザザッと現れる多数の鬼たち。
もちろん彼らは何度も戦いを越えてきた鬼殺隊員なので、それで慄いたりはしない。
それぞれに鬼たちに向かっていって首を刎ねる。
…が、異変はそのあとに起こった。
本来は鬼は首を刎ねれば身体も消滅する。
なのに首を刎ねたあとの胴体から、何故かまた首が生えてきたのだ。
そのあたりで皆に動揺が走った。
それでもまた皆首を刎ねるが、刎ねても刎ねても首は生え、逆にすぐ後ろにいきなり鬼が現れたりするという。
と、そんなことを話している時、いきなり錆兎が刀を抜いて、飛び上がった。
そして両手を交差したと思えば、
──壱ノ型 水面斬り
との声でいっきにそれを解く。
上がる水しぶき。
すぐ後ろのゴロンと言う音と気配に村田が慌てて飛び退けば、そこには鬼の首が転がって、そして消えていく………が、なんと、さきほどの話のごとく、首がまた生えてきたっ!!
「村田っ!!俺と義勇で時間を稼ぐから、怪我人背負って班に戻れっ!!!」
と、言うやいなや、またその首を刎ねる錆兎。
「急げっ!!!村田っ!!!!」
と怒鳴られて、村田は慌てて怪我人を背負う。
そうしているうちにも増えてくる鬼たち。
それを義勇と共に錆兎が斬って斬って斬りまくっている間に、村田は必死に走った。
錆兎、義勇、無事でいろよっ!!!
と、思いつつも、自分に出来ることはひた走ることしかない。
あの場に自分が残ったところで、絶対に足手まといだし、なにより怪我人を避難させて、仲間に現在の状況を伝えなければならない。
それが錆兎に与えられた自分の役割だ。
そう思って、息を切らしながらも村田は走る。
後ろを振り返ることなく、走って走って走って………
「みんなっ!大変だっ!!討伐隊はたぶん壊滅してるっ!!!」
一応修行をしていると言っても、まだ身体も大人に比べれば小さい少年だ。
それで大人を背負って走り続ければ息も切れる。
だが、火事場の馬鹿力というやつだろうか、思いの外大きな声が出た。
それにさすがに慌てる同期たち。
「錆兎と義勇は?!!」
と駆け寄ってくる。
そこで村田はどっと疲労が押し寄せてきて、怪我人を下ろすと、その場に手と膝をついた。
はぁ、はぁ、と、足りない空気を補おうと呼吸を繰り返すが、空気が入ってこない。
どうして…と、そこで村田は唐突に思った。
どうして自分はこんなに弱いんだろうか……
自分の代わりなんていくらでも見つけられる。
でもあの2人の代わりはいないのに…
なのに、身代わりになることすら、自分には出来ない。
地面の草を握りしめて、ただ荒い呼吸を繰り返すだけの村田に、周りは不安げに
「錆兎と義勇はっ?!村田っ!!!」
と、さらに詰め寄ってきた。
そんなの俺の方が聞きたいよっ!!と叫びたい。
もう村田だってギリギリだった。
俺に言うなっ!!と、村田がそう叫ぼうと顔をあげた瞬間…
「悪いっ!遅くなった。
村田、お前すごいなっ!大人1人抱えてよくあの距離を走りきったっ!!」
と、ポンと、自分と対して変わらない大きさの手が、頭をくしゃくしゃと撫で回す。
「錆兎~!!!!」
と、泣きそうな顔で駆け寄ってこようとする同期に、
「話はあとだっ!とりあえず村の外までは撤退しておくぞっ!!」
と、錆兎は村田が背負ってきた怪我人をひょいっと担ぎ上げると、そう言ってみんなを外へとうながした。
へ……?
状況をまた把握できなくなって、ぽかんと固まったままの村田の顔を
「村田…大丈夫か?」
と、義勇の優しげな顔が心配そうに覗き込んでくる。
「あ、ああ。お前達は?怪我ない?」
と、村田がよろよろと立ち上がると、
「ああ。おかげさまで。さあ、行こう」
と、ふわりと微笑む義勇が眩しい。
めっちゃ笑顔がかわいい。癒やされる。
これ…男…だよな?
と、またそんな疑問がムクムクと……
まあ必要以上に興味を持ったら錆兎に百回くらい殺されそうなので、そんな疑問は空の果てに放り投げることにして、村田も義勇とともに同期たちのあとを追った。
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