──カァァ!!冨岡義勇ゥ!!北西の村へ迎えェ!鬼切としての初仕事デアルゥ!!!
ばさばさと目の前で鳴く鎹鴉。
錆兎も自分の鎹鴉に同じことを指示されている。
前世で散々経験した光景ではあるが、死ぬ前の数年ほどは身体が動かなくなり戦えなくなっていたので、なんだかこれも懐かしい気もする。
一方で、これが初めての伝令の錆兎は、だがそれに驚きも慌てもせず、実に落ち着いた様子で、
「わかった。伝言感謝する」
と、手を差し伸べて鴉を腕にとまらせると、その頭をちょいちょいと撫で、すっくと立ち上がった。
そして
「義勇、着替えて出発するぞ」
という錆兎の言葉に義勇は無言で頷いて、隊服に着替えるために自室に戻る錆兎のあとを追って自分も自室に戻った。
こうして部屋に戻ると、義勇は真新しい隊服に袖を通す。
前世では着慣れていたはずのそれも、やり直し中の現世で着るとなんだか新鮮な気がする。
というか、一応前世での記憶はあるのだが、感情は13歳のこの頃に戻っている感じだ。
だからおそらく、こんな風に錆兎が生きていたら前世の自分もそう思ったのだろうが、この隊服を着た錆兎はさぞや凛々しくも男前なんだろうなぁなどと、そんな考えで頭がいっぱいになる。
こんな風に、なにかといえば錆兎錆兎と思っていた13の頃の自分が、その錆兎を亡くしたのだから、そりゃあ自暴自棄にもなるだろう。
その後11年も生きていけたのが不思議なくらいだ。
ああ、錆兎の隊服姿、楽しみだ…と、自分の着替えもそこそこに隣の錆兎の部屋に突入すると、
「ああ、義勇、もう着替えたのか。
珍しく早いな」
と、隊服のベルトに刀を刺しながら振り向く錆兎。
……っ!…かっこ…いいっ!!!
義勇は思わずへたり込みそうになった。
まだ13歳で少年期なので、やや細身ではあるが、凛とした錆兎の容姿に黒いシンプルな隊服はとてもよく似合っている。
もうこれ錆兎のためにあつらえたんじゃないか?とか馬鹿な事をおもってしまうほど似合っていて、義勇はおそらく真っ赤になっているのであろう自身の顔を手で覆った。
「…っ??
義勇、大丈夫かっ?どこか体調でも悪いのかっ?!」
と、それに慌てて駆け寄ってきて、
「顔赤いけど…熱でもあるのか?」
と、片手で義勇の片手をはずさせて、もう片方の手を気遣わしげに義勇の額に当てる錆兎。
うん、ごめん…たぶんこの時期の自分は本当に錆兎の事を好きすぎるだけなんだと思う…とは、さすがに言えないので、
「いや…大丈夫。
少し緊張しているだけだと思う」
と、義勇はそっと自分の額に触れる錆兎の手をはずさせた。
「…そうか…でも体調悪いなら無理はしてくれるなよ?
行かないで良いとは俺の権限では言えないが、義勇が体調悪いなら、今回は義勇の分も俺が倒すから、お前は俺の後ろでおとなしくしてろよ」
と、それでも心配してそう言ってくれる錆兎は相変わらず優しい。
基本的には自分にとても厳しい分、他人にも割と厳しい方だとは思うが、義勇にはやや過保護な面がある。
元々姉に慈しまれて育った義勇にはそれが心地よくないと言えば嘘になるが、しかし今生では絶対に錆兎を先立たせたりはしたくないため、それに甘えすぎては行けないと思っているので、ほどほどに。
「本当に大丈夫だ。心配かけてごめん。行こう」
と、義勇は錆兎を促した。
鎹鴉が言うには、北西の村に何故か鬼が大挙しているらしく、村はすでに全滅。
他に被害がでないように今は村を藤の花で取り囲んで結界のように閉じ込めて入るが、ずっとそのままというわけには行かないので、村の中の鬼を殲滅する作戦に参加しろということだ。
鬼自体は数こそ多いものの強くはなく、せいぜい義勇達が藤襲山で対峙した程度の強さなのだが、とにかく数が多いので、こちらも手数が必要らしい。
そういうわけで新人が実戦慣れするための練習にはもってこいということなのだろう。
現地に行くと、村田を初めとして懐かしい顔ぶれが勢揃いしていた。
「錆兎っ!最終選別ぶりだなっ!あの時は世話になった!!」
「義勇も元気かっ?!」
皆ふたりを懐かしがってあっという間に囲まれて、口々に再会を喜ぶ言葉を送られる。
錆兎もそれに嬉しそうに返していた。
義勇はこういう時に気の利いた言葉を返すことはできないが、錆兎と2人一緒にいると、錆兎が返すためにそれも気にされないようである。
前世ではよく胡蝶しのぶに──冨岡さん、そんなんだから他の方々に嫌われるんですよ──と揶揄られたものだが、錆兎が隣にいる、それだけで義勇ですら人気者の仲間入りだ。
本当に錆兎はすごい。
と、義勇は思って顔をほころばせるが、彼は気づいてない。
元々綺麗で愛らしい顔をしているのだ。
たとえしゃべらなくてもそんな風にニコニコとしていれば、周りは好意を持ってくれるものなのである。
だから、単に錆兎の隣で機嫌よくしているだけで、
「義勇、相変わらず大人しくて可愛いな」
とそんな言葉が誰からともなく出て、それに即、錆兎が
「俺のだ、やらんぞ」
などと軽口を叩いていたりと、場が和んでいた。
そんな新人組だったが、もちろん新人だけでこれほど大掛かりな作戦を決行するわけはなく、新人15名の他に、倍の30人の先輩隊員が集結する。
今回参加している中で一番階級が高いのが10あるうちの上から3番めの丙の隊員5人で、その他上から4番目の未から下から2番めの壬までの25人の先輩隊員達と共に、その丙の5人の指示で動くことになる。
こうして早々に揃った新人組にやや遅れて他の隊員も勢揃いすると、最高位の丙のうちの1人が、一歩前へと進み出た。
「よく来た諸君。
私は総指揮を任されている丙の矢吹だ。
よろしく頼む。
今回は諸君も連絡は受けていると思うが、この村の中に閉じ込めている鬼を一掃するというものだ。
村の入り口は北と南に2つ。
ここを癸の15人と壬の5人、計20名を10名ずつ2組に分けて守ってもらうことになる。
中央から鬼が逃げてきた場合は、その10名で協力して倒して欲しい。
その間に他25名は5名ずつの5組に分かれて村の中の鬼を一掃。
基本的にはそんな感じだ。
守備組は壬5名と癸5名の混合組と、癸10名の2組に分かれてもらう。
壬癸混合の方は壬の小山内が長。
癸の方は錆兎。
他の隊員は適当に分かれてくれ。
まずないとは思うが、万が一討伐組に何か起きた場合は、速やかに本部に連絡。
そのまま補充を待つか撤退をするかは長が判断しろ。
以上。ここまでで質問はあるか?」
矢吹の説明で癸、つまり今年の新人組は、なるほど、と納得。
だが、壬の方からざわめきが起こった。
明らかに不満な様子が、癸が固まっているあたりからも見て取れる。
キツイ、何か品定めをするような目線がこちらに向かってきて、癸の隊員達も逆にムッとした様子であちらをにらみつける。
義勇もそんな不穏な空気に少し眉を寄せるが、当の錆兎は──大丈夫、気にするな、義勇──と、苦笑しつつ義勇の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
そんななかで、当然納得がいかないのだろう。
「質問です」
と壬の1人から手があがる。
「なんだ?」
「守備組の壬を一班に固める理由は何でしょうか?
初陣の癸だけの班を作るよりは、壬を2対3に分けた方が良いのではないかと思います。
それとも北と南、どちらかの入り口に敵が来やすいなどがあるのでしょうか?」
「う~ん、まあそう思うのはもっともだな。
ちなみに…入っている情報の範囲では北と南、どちらの入り口も差異はない」
「ではなぜ…」
「単に壬の隊員は癸の長の指示の下で速やかに動かないだろうし、錆兎もそれではやりにくいだろうからな」
「そもそもが無理に初陣の癸から長を出さなくても良いかと思われます。
両方壬から長を出せば無問題かと思いますが…」
と言う隊員の言葉は、壬の総意のようだ。
質問をしている隊員以外の4人もその言葉に大きく頷く。
それに矢吹はやや眉を寄せた。
時間を気にしているようだ。
だが、こうなることは彼も予想していたのだろう。
小さく息を吐き出して、説明をする。
「誤解があるようだが…癸はすなわち未熟者なわけではない。
なぜならどれだけ才能がある者であっても、入隊した直後は癸だからだ。
まあ、時間がない。
端的に言うと、錆兎ともうひとり冨岡は先々代の水柱の直弟子、つまり継子のようなものだ。
だから下手をすれば中堅以上の隊員よりよほど戦える人材だ。
実際、先日の最終選別では錆兎はほぼ1人で藤襲山の鬼を全て駆逐しているだけではなく、その指揮で参加者全員、1人も欠けることなく無事選別を突破している。
それで、どのくらいの…とは言えんがかなり上の方から、錆兎に1隊を任せてみろと指示が来ている。
少なくとも俺よりは遥かに上からの命令だから、拒否権はない。
理由としてはこれでいいか?」
あたりに起こるざわめき。
ああ、そうか…今更だが鱗滝さんは元水柱なのだから、それの弟子と言うことは、錆兎は継子と同等と言えるのか…だから強いんだな、と、義勇もそのことに今更ながら気づいて、誇らしく思った。
そこに同じく鱗滝の弟子である自分のことは勘定にはいっていないのが彼らしいと言えば彼らしいが。
一方で、質問した壬の隊員は、同僚4人を振り返る。
そして飛び交う視線。
だが結局
「…わかりました……ご説明ありがとうございます」
と、質問した壬の隊員は言って話を打ち切った。
もう上からの命令で総指揮にすら拒否権がないのなら、それ以上言っても仕方ないということだろう。
だが壬の5人の表情はひどく不満げで、納得をしたわけではないらしい。
鋭い視線を錆兎の方に送っている。
が、錆兎は全く意に介していないように
──というわけで俺が長になるということについては変更はなさそうだから、またよろしくな
と、癸の隊員たちに笑いかけた。
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