続・現在人生やり直し中_帰宅

正直選別後は義勇はクタクタだった。

なにしろほとんど拠点で待機していた他の参加者と違って、鬼退治と参加者回収のために走り回る錆兎のあとについて、走り続けたのだ。


この13歳の頃の自分は決して体力があるほうではない。

鱗滝さんの修行だって義勇の限界をもって休憩が入っていたので、まだまだ余力のある錆兎がその間も川で冷たい水を汲んできてくれたり、木に登って果物を取ってきてくれたりと、色々世話をやいてくれたものだった。

今もそうだ。
フラフラと歩いている義勇の手をしっかり握って、錆兎は義勇の分の荷も持って義勇をひっぱるように歩いている。

これ…疲れた、歩けないと言ったら、平気で
「じゃあ、俺が背負ってやろうか?」
と言い出すところだ。

それはさすがにこの歳で恥ずかしいので、義勇も重い足をひきずるようにして黙って歩いているのだが……


早朝に選別終了後、1時間ほどで隊服を用意され解散。
その後は各自帰宅先で刀が出来るのを待ち、鎹鴉の指示で任務につく。

そういう予定なので、それほど急いで帰っても当分は隊員としてやることはたいしてないのだが、それでも錆兎が帰宅を急ぐ理由はわかっている。

今まで送り出して来た弟子たちを全て失ってきた失意の師匠に、一刻も早く、選別突破を告げて無事な姿を見せたいのだろう。

義勇も前世の時と違って錆兎も無事となれば、やはり生存を伝えて喜んでほしいのは一緒だが、とにかく身体がついていかない。
身体が重い、休みたい。

そもそも昨日の夜は結局、最後の鬼が出たので一睡もしていないのだ。

疲れた…という言葉を飲み込んで、代わりに小さくため息をつくと、それに気づいた錆兎がぴたりと止まった。


「ここらで昼にするか」
とにこやかに言う錆兎の言葉で気づいたが、なるほどお天道様はちょうど真上。
そろそろ昼時なのだろう。

こっくりと頷くしか出来ない義勇に、錆兎は

「ちょっと待ってろ」
と、荷物の中から敷物を出して木陰に敷き、そこに鬼殺隊のほうで持たせてくれた握り飯と簡単な惣菜の弁当を広げる。

正直…食欲ももうない。
ぐったりと木にもたれて座る義勇に、錆兎はあたりを見回して、あっと小さく声をあげると、

「良いものを見つけた!義勇、ちょっと待ってろ!」
と、元気に駆け出していった。

錆兎がどこへ行ったのか、もう目で追う体力もない。
義勇がそのままぼ~っとしていると、ほんの数分で赤く色付いた林檎の実を手に錆兎が戻ってきた。

「ほら、コレなら食えるだろ?!」
と、錆兎は義勇の隣にストンと座ると、手にした林檎をシャクリと一口かじった後、それを義勇に渡してくれる。

これも本当に懐かしい習慣だ。

そもそもが鱗滝に引き取られるまで、義勇にとって林檎というものは、姉がきちんと皮を剥いて綺麗に八等分に切り分けて出してくれるものだった。

だから最初、林檎を当たり前にまるごと1つ渡されても、義勇はそれを食べる事ができなかった。

それを見かねた錆兎が姉がしてくれたように切ってくれて、しばらくはそうして食べていたのだが、ふとあたりを見回すと、兄弟子たちや錆兎はもちろんのこと、女の子の真菰ですら当たり前にまるごと齧っていて、なんだか子どものように剥いてもらうのをまっている自分が気恥ずかしくなって、義勇もまるごと食べようと試みた。

そう、食べたではない。
試みたのだ。

そして挫折する。
なさけないことに挫折したのだ。

丸のままの林檎にかぷりとかじりつこうとしても、なんだか表面を歯がつるつる滑って食べられない。

他が出来ているのに自分だけ出来ない。
それは内向的な少年だった義勇をずいぶんと追い詰めた。

女の子の真菰ですらできるのに…と、ひどく恥ずかしくて義勇が泣きそうになった時、隣でシャクシャクと林檎を齧っていた錆兎がひょいっと義勇の手から林檎を取り上げ、しゃくりとひとかじり。

そして、その白く露出した実のところをトントンと指差して
「ここからかじってみろ、食いやすいぞ」
と、それをまた義勇に返してくれた。

そのかじり口から食べると、なるほどちゃんとかじることが出来る。

「美味しいな」
と、嬉しくなった義勇が思わず笑みを浮かべていうと、
「そうか。それは良かったな」
と、錆兎も楽しげに笑い返してくれた。

それ以来、錆兎は義勇に林檎を渡すときには、剥いて切る代わりに一口かじって渡してくれる。
そしてそれはこの13歳当時でも当たり前の習慣として続いていて、義勇は渡された林檎をシャリッとかじっては
「美味しいな」
と、言って笑うのだった。

その間に錆兎はと言えば、普通に握り飯と簡単な惣菜をパクパクと口にしている。


そうして食べられない義勇の分も含めて二人分ぺろりと平らげると、林檎1つをゆっくりゆっくり食べ終わった義勇に、

「ちょっと食休みだな。義勇も少し寝ていいぞ」
と言うと、義勇の頭をぐいっと掴んで自分の肩に引き寄せた。

ついでに引き寄せた手で、ぽん、ぽん、と眠りを誘導するように一定間隔で軽く叩くものだから、疲れているところに少しお腹が満たされた義勇は、なんだかすぐ眠くなってしまう。

そうして本寝に入るまでの時間なんて、あっという間だった。



その次に目が覚めたのは、なんと山道だった。
目の前に見えるのは錆兎の宍色の頭。

そう、義勇は眠ったまま錆兎に背負われていたようだ。

ビクッ!と身を起こしたことで錆兎は義勇が起きたことに気づいたらしい。

「義勇、よく寝てたな。少しは疲れが取れたか?」
と、なんでもないことのように言う錆兎に、義勇が

「ごめん、錆兎っ!ほんっとうにごめんっ!!おろしてくれっ!!」
と、泣きそうになって言うと、

「なんだ、もうすぐ着くから寝てて良かったのに」
と言いながらもおろしてくれる。


空は少しずつ赤く染まっているから、おそらく4時間くらいは余裕で背負って歩かせたのだろうか…。

ありえない。
確かに義勇も走り回っていたとは言っても、あの最終選別でほぼ1人で戦ったのは錆兎の方だ。
寝てないのも一緒だし、義勇以上に疲れているはずなのに…そう考えるとあまりに情けなくて、負担をかけてばかりなのを謝罪すると、錆兎はそんな義勇の言葉を笑い飛ばした。

「何を言うんだ。
今回俺はお前に命を救われたんだぞ。
お前が刀の強度について気をつけてくれてなければ、俺はあの最後の鬼との戦いで刀が折れた時に死んでいた。
走りまわってる最中だって、俺は手ぶらだけど、義勇は自分の分とは別にもう1本ずっと抱え続けていたしな。
鬼の首を切れたのだって、何も言わずに俺の意図を察して囮になってくれた義勇のおかげだ。
お前は俺の親友で幼馴染で相棒で命の恩人で…俺にとって世界で一番大切な相手なんだから、俺にできることはさせてくれ。
俺は幼い頃から鍛えていたから幸いにして基礎体力だけはある」

そんな事を言う錆兎の言葉を、義勇は心のなかで否定する。

”だけ”じゃない…基礎体力だけじゃない…。
強くて優しくて、男らしくて、錆兎に出会った人間は絶対にみんな錆兎を頼りに思うし好きになると思う。

そんな錆兎が自分のことを相棒と呼んで、世界で一番大切な相手と言ってくれるのは、何より嬉しいけれど…。


「さあ、そういうことだから、お前は泣くことはない。
鱗滝さんに笑顔でただいまを言うぞ!」
と、錆兎は笑ってそう言うと、義勇に手を差し出してくる。

「うん!」
と、義勇も涙をふいてそれに頷くと、差し出されたその手を握って2人で山の上を目指してあるき出した。


たぶん日が完全に落ちるまでは鱗滝さんは家の前で待っている…

そのことを義勇も錆兎も知っていた。


それは毎年毎年、兄弟子たちや真菰が最終選別に挑んだ時はそうだったから。
帰ってくる予定の日、いつも昼過ぎから外に出て、すっかり日が落ちるとがっくりと肩をおとして家に戻ってくる。

そんな鱗滝さんを見るのは辛い…と、自分達の最終選別の今年まで、最後の弟子になる錆兎と義勇はよく話し合ったものだった。

自分たちは絶対に一緒に帰って、鱗滝さんに喜んでもらおう!
それは2人が最終選別を意識し始めてからの誓いだった。

毎年毎年2人で再確認しあったその誓いが今果たされようとしている。


まだ空は赤々とした夕焼けでそまっているので、鱗滝さんは絶対に待っている。

そう思うと、錆兎も義勇も自然に足が早まった。
最初は2人で早足で、そのうちどちらからともなく走り出す。

夕焼けに染まる山の上の掘っ立て小屋。
その前に2人が予想した通り、天狗の面をつけた初老の男が立っていた。

「「鱗滝さぁ~っん!!
俺たち、帰ってきましたっ!!最終選別を通過しましたよっ!!!」」

2人でつないでない方の手を大きく振ってそう叫ぶと、育ての親でもある師匠に抱きつく。
そんな2人を鱗滝はまとめて抱きしめて泣いた。

初めて無事に戻ってきた弟子。
最初で最後の…一番幼い子どもだった弟子たち。

「よくぞ生きて戻ったっ!!」

という師匠の涙声に胸がいっぱいになって錆兎と義勇も声をあげて泣いた。


前世の時にはなかった喜び。
義勇もずっと胸につかえていたものがようやく取れて、本当に歩むべきだった人生がようやく戻ってきた気持ちになった。

そう、これが本当に歩むべき人生だったのだ。
そんな思いで思い切り泣いた。



こうして感動の再会を果たして、2人は家に入って鱗滝と一緒に食卓を囲む。

そして義勇はいかに錆兎が強く皆が頼りにしていたかを語り、錆兎はいかに義勇が賢明で自分がそれに助けられたかを語った。

そんな風に嬉しそうに選別の様子を語る愛弟子達の言葉を鱗滝はただただ頷いて聞いている。

本当にその夜2人はよく話した。
普段からよく話す錆兎はとにかくとして、大人しい義勇がこんなに興奮して話すことなど初めてではないだろうか…

よほど錆兎と一緒に選別を通過したことが嬉しかったのだろう…と、さすがの元水柱も義勇の事情など知ることもなく、それをそう納得した。


そんな楽しくも和やかな夕食の後には、鱗滝さんが用意してくれていた風呂に2人揃って入った。


「錆兎…傷に染みないか?大丈夫か?」
「ん。大丈夫だ。それより義勇に怪我がなくてよかった」

軽く身体を洗って互いに背中を流し、湯船に浸かって義勇が問うと、錆兎はそう言って笑みを浮かべる。

今回は戦ったのはほぼ錆兎のみで、怪我らしい怪我をしたのも錆兎だけだ。
特に額と腕は数針縫ったはずである。
だから湯船に浸かっても錆兎は左腕は湯につけないようにあげている。


「よくない。錆兎ばかり怪我をしてる」
と、義勇がそんな錆兎に眉尻を下げて言うと、錆兎は傷がいっぱいの腕に今回新しくついた傷をすっ…と指でなぞった。

「ん~、でも今回のはさしてすごい痕になりそうなひどいものじゃない。
じきに消える。
まあ、消えなくても色々傷跡も多いから今更だしな。
それより義勇の肌は色白で綺麗だから。
もったいないから傷つけたくない」

そんな言葉に、思わず赤くなる。
錆兎はたまにこんな風に恥ずかしいことを平気で口にする。

しかし、そう思う一方で、

ああ、でもそうだったのか…
前世ではなりふりかまわず戦っていたから、あちこち傷跡だらけになった。

でも錆兎がそれを好きだと言うなら、今生ではなるべく傷つけないように気をつけよう…
と、思ってしまう自分はどれだけ錆兎が好きなのだと、義勇は自分で自分に呆れ返った。


それもまあ仕方ない。
なにしろ錆兎は13年しか生きていないわけなのだが、自分は前世では24年も生きて13で錆兎がなくなってから実に11年も思い続けたのだ。

挙げ句がその錆兎と一緒に生きて死にたかったという未練を捨てきれないのをみすかされたのか、こうしてそれを実践できるような機会まで与えられてしまったくらいなのである。

いま一緒に食事をして、一緒に風呂に入って、語り合うだけの事がどれだけ得難い幸せなのかを義勇は知っている。

だからこの一瞬一瞬を大切にしたいし、錆兎が望むことなら可能な限り叶えたいと思うのだ。





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