頭上から聞こえる声に顔をあげれば、懐かしい錆兎の笑顔。
普段は錆兎の方が朝早くてすでに顔を洗って身支度を済ませた状態で義勇を起こしに来てくれるのだが、こうして一緒に眠った日には必ず、自分が目が覚めていても義勇が目覚めるか、起きなければならない時間まで辛抱強く待っていてくれていた。
「…ん……さびと…おはよ……」
寝ぼけ眼で目をこすろうとすると、
「赤くなるからやめとけ。顔を洗いに行こう」
と、その手を取られて、洗い場へと連れて行かれる。
そうして冷たい水で顔を洗うと気持ちも視界もはっきりしてきて、ああ、これは夢ではないのだな…と、義勇は今更ながらそう思った。
それから2人は互いの部屋に布団を片付けに戻って、錆兎の部屋で待ち合わせて食堂に行くことに…。
もちろん久々でも思い出深い…ましてや錆兎の部屋の隣にある自分の部屋を間違うようなことはなく、義勇は修行三昧で大変だったものの幸せな思い出が詰まった自分の部屋を懐かしく思った。
そうして布団を片付けて隣の錆兎の部屋へ行き、2人で手をつないで廊下に出ると、錆兎がふとある一点に視線を向けて立ち止まる。
そうして、
──…行ってくる…
と言ったのは独り言ではない。
錆兎の視線の先には1歳年上で去年の最終選別から戻ってこなかった真菰の部屋がある。
年が近かったこともあって、兄弟弟子の中では錆兎も義勇も互いを除いたら一番よく一緒に居た少女だ。
真菰も一緒に生きられたら…と思わないでもないが、最終選別の年が違うので、今からさらに1年前に戻っていても義勇に出来ることはなかったろう。
だから…錆兎だけは……
…真菰…俺が選択肢を間違えないよう、祈っててくれ…
義勇は心の中でのみそうそちらに語りかけて、義勇の手を握ったままもう振り返りもせず歩を進める錆兎に引きずられるように、朝食を摂りに食堂へと向かった。
兄弟子達が次々といなくなってからは3人で食事の準備をしていたのだが、今日は最終選別の日だからだろうか…そこではもう鱗滝が食事を用意して待っていてくれている。
2人の師匠で保護者だった鱗滝は錆兎と義勇を最後に子どもを引き取ることをやめてしまった。
毎回、生きて帰らぬ子どもたちを選別に送り出すのが嫌になったのだろう。
ゆえにその後に義勇自らが頼んで託した弟弟子を除けば、錆兎と義勇は鱗滝の最後の弟子だった。
「ふたりとも…いよいよだな」
と、言う錆兎と義勇2人の師匠。
いつもかぶっている天狗の仮面でその表情は伺えないが、さぞや複雑な顔をしているに違いない。
「俺は絶対に義勇と共に突破するから。
選別が終わったら絶対にまた報告に帰ってくるから、待っていてください」
と、それにきっぱりと答える錆兎の言葉は、覚えている。
今度こそこの言葉を本当にしたい。
一緒に報告にくることができなくなったことがわかってから、何度この言葉を思い出して泣いたことだろう。
そう思い出すと涙が止まらなくて
「…いっしょに……帰る…っ…」
と、一度は大人になった身だというのに情けなく言葉に詰まる義勇に、2人は苦笑した。
本当にいつまでたっても自分が一番情けない。
だけど前世のあの1人孤独の道を歩いた時間が長すぎて、いまのこの温かさと幸せに涙が止まらないのだ。
そうしてしばらく泣いている義勇の背を錆兎がやっぱりさすってなだめてくれていたが、時間には限りがある。
やがて
「とりあえず、食え。
そして突破して戻れ、ふたりとも」
と、鱗滝が言って、錆兎と共に
「いただきます」
と、こうして一緒に食べるのは最後になるかもしれない朝食を前に手を合わせる。
今度こそ…今度こそ!!
そう思うものの、実は決定的な正しい選択肢が見えないままで、義勇は気負いと焦りでなんだか朝食の味もわからなかった。
そしてその後、他の兄弟子達がそうであったように鱗滝が彫った狐の面をもらって、2人で狭霧山を降りて最終選別の場所へと向かう。
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