ぼんやりと暗闇の中から意識が浮上する。
目の前には宍色の髪の少年。
何度も夢に見た…義勇のこの世で一番大切な少年が、気遣わしげに自分を見ている。
記憶と何も変わらぬ見慣れた部屋。
13の年まで何かあるとよく入り浸った錆兎の部屋の入り口に、義勇は立っていた。
「…さび…と?」
と、口に出した自分の声はまだ随分と高い。
それにも驚いて固まっていると、
「なんだ、寝ぼけたのか?
とにかく明日最終選別なのに、風邪など引いたら目も当てられん。
良いから部屋に入れ」
と、泣きそうに懐かしい声が言い、死にそうに会いたかった幼馴染の温かい手が義勇の腕を掴んで自らの部屋へと招き入れる。
錆兎…だ……
そう思った瞬間に義勇の目から溢れ出る涙。
そうだ、この頃は随分と涙腺が弱く、よく泣いたものだ…と思い出す義勇の背を、錆兎が当時よくしてくれたように、
「本当に…義勇はよく泣くな」
と、ぽんぽんと軽く叩いてなだめてくれる。
抱きしめられたぬくもりと錆兎の匂いに安心して、義勇がぎゅうっと錆兎の背に手を回すと、
「大丈夫。俺がいるからな。絶対に義勇を死なせたりしないから安心しろ」
と、言われてその言葉にハッとした。
違う!死んでしまうのは自分じゃない!
死んでしまってはダメなのは錆兎の方だっ!!
そう思い出して焦るものの、自分はそんな未来を知っているのだと言って信じてもらえる気はさすがにしない。
自分自身、今どうなっているのかがよくわからない。
でも確かなのは、今自分がいるのは、あの運命の最終選別の前夜だ。
そう言えば…お館様の声は、今度は選択肢を間違えないようにと言った。
つまり、選択肢を間違えなければ、錆兎と一緒に生きて死んでいくという人生も歩めるということだろうか……
もちろん全て思う通りにとは言っていなかったので、選択肢を間違えばまた同じ絶望を味わうことになるのだろう。
それなら今度こそ絶対に間違わないようにしなければならない…
義勇がそんな事をグルグルと考えていると、
「こら、俺を信じて早く寝ろっ!」
と、このころ義勇が眠れない時はよくそうしたように、錆兎は義勇を自分の布団に引きずり込んで抱きかかえながら、目を開けたまま固まっている義勇の額に自分の額をコツンと軽くぶつけてくる。
そして、それもよくしたように、
「ほら、目を瞑れ。よく眠れるまじないをしてやる」
と、義勇のまぶたを手で閉じさせると、そのまぶたの上から小さく口づけて、
「これで大丈夫。お前は悪い夢も見ず、よく眠れる。
だから目を開けるなよ?まじないがとけるから」
と懐かしい言葉。
錆兎より少し遅れて鱗滝の家に来た義勇が亡くなった姉を恋しがって泣くたび、錆兎はこうやって自分の布団で一緒に寝て、まじないをしてくれた。
それはたぶん、家族全員を殺されるまで、小さな妹の兄だったという錆兎が、幼い妹を寝かしつけるのにしてやっていたものなのだろう。
今ではこれも、目をあけることがなければ嫌でも眠ってしまうだけのことだったのかもしれないと思うが、この頃は本当に錆兎はすごい能力をもっているんだと信じていた。
いや…でもしかし、もしかしたら本当にすごいまじないなのかもしれない。
だって今こうしてまじないをしてもらうと、一度は大人になって物の道理がわかっていても、これで安心して眠くなってしまう。
錆兎…錆兎…錆兎……
義勇は再びその懐に潜り込んで初めて、自分がどれだけそのぬくもりに飢えていたかを思い出した。
今度こそ、絶対に失敗しない…一緒に生きるんだ……
そんな事を繰り返し思いながらも、気づけば本当に久々に熟睡していた。
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