赤ん坊狂走曲_ver錆義_6

(…そろそろ帰ってくる時間かな…)

まだ自分では食べられないもののスプーンを握るのは大好きな義一がハイテンションになってスプーンを振り回し始めるのが、錆兎の帰宅の合図である。


当然ながら多少は前後しているはずの錆兎の帰宅時間なのに、義一には何故かわかるのか、毎回義一がそれを始めて10分以内には錆兎が帰宅するのだ。

不思議な事もあるものだ…と思いつつ、もう別に実害があるわけではないしいいか…と、義勇もそれを流す事にしている。

もちろん興奮し始めると離乳食が進まなくなるわけなのだが、それは錆兎が帰ってから食べさせれば問題はない。

 というか、最近はむしろその時間に合わせて離乳食を作る準備だけしておいて、離乳食は錆兎に作ってもらっている。

なんというか…義一は錆兎が作った離乳食が好きなのか、義勇が作った物は食べてくれないのだ。


以前なら自分の弟なのだから自分が作らなければ…と義務感で押しつぶされていたかもしれないが、錆兎は義勇がそうなるたび、笑顔で言ってくれたのだ。

「育児書とかには色々書いてあるし、法的には色々あるんだけどな、結局赤ん坊の都合が最優先だ。
血がつながってないとしても、義一は未来の納税者で、俺が老人になった時の年金はこいつが懸命に働いて払った税金で支払われる事になるし、俺がずっと生きていく世界を作る役目はこいつに引き継がれていく。
同じ世界に生きている限り俺達は確実に繋がってる。
だから、大丈夫。
今はまだ保護が必要なら、1人身で余裕のある俺にこいつが堂々と保護を求めても全く問題はない。

それを別にしても赤ん坊は可愛いしな。
今の時代、自分か親族以外の子なんか声かけただけで通報されてしまうから構えないし俺は義一がいて幸運だな」

なんて楽しそうに義一をあやしてくれる様子を見ると、本当に許容されている感じがして、安心する。

義勇が大学に行っている間は錆兎が雇ってくれたシッタ―がみてくれるし、休みの日は一緒に買い物に行って義一のモノを色々買ってくれるし、時には自分が見てるからたまにはゆっくり休めと言って義一の世話を引き受けてくれる。



まあ…錆兎が体格が良いためか義勇の体格が悪いためか、2人で赤ん坊を連れていると…しばしば自分が義一の母親、錆兎が父親に間違われるのは困りものだが、それも“家族”という感じがするから、悪い事ばかりではない。


というか、実際、父親が亡くなろうと亡くなるまいと義勇は3月で大学を卒業するので就職をと思っていたわけなのだが、そうなると学生時代と違って義一をフルタイムでどこかに預けなければならない。
そう思うと途方に暮れた。

すると錆兎はなんと義一の手が離れるまでは自分が生活の面倒をみてやるから、家で義一をみていてやれとまで言ってくれたのだ。

いや、それはさすがにないだろう。
錆兎には錆兎の生活があるだろうし…と、固辞したわけなのだが、彼曰く

「俺はわりと高給取りだしな。
義勇と赤ん坊くらい余裕で養えるから、気にしなくていいぞ。
それなりに人脈もあるから、義勇が今後働きたくなったら就職先の世話もしてやれる。
義勇がすぐ働きたいというなら面倒見てやるが、そうじゃないなら一度しかない赤ん坊時代の義一と過ごせる時間を少し堪能してみるのもいいんじゃないか?」

俺も帰宅して自宅に灯りがついてたら、なんか嬉しいしな…と、その言葉にそうつけ足されると、赤ん坊を抱えて、なるべく早く帰れる上に何かあったら身内のいない義一のために休みやすい職場を探さなければ…と悩んでいたのもあって、ついつい気持ちが傾いた。


なるべく自立しなければ…とは思うモノの、錆兎の言うように義一の都合を一番に考えてやるのだとしたら、せっかく差し伸べてくれる手を拒むのも考えてしまう。

結局踏ん切りがつかないまま、叔母が頑張って親戚の反対を押し切って確保してくれた母方の遺産では一生暮らして行くには当然不十分ではあるものの2,3年は食べていけるだろうと、就職活動を中断して、当座は義一の面倒を見ながら暮らす事にした。

まあ…何かあったら錆兎が助けてくれるのでは?という甘えがその中にあったからこその決断というのは確かなのではあるが……


「…そろそろ錆兎が帰ってくるかな」
と、スプーンだけ持って楽しげに振り回している義一のふっくらした頬をぷにぷに突くと、義一はきゃらきゃら笑いながら、とぉた、とぉたと繰り返す。

どうやらこれは錆兎を指しているらしい。

別にそう教えたわけでもなく、独身の錆兎に申し訳ないので錆兎と呼ぶように修正しようとしたのだが、当の錆兎が喜んで

「お~!最初の言葉が“父さん”かっ!!偉いぞ~~!!!」
と、全く修正する気もなく、むしろ義一に対して自分を示す時に“父さん”と教えてしまうので、それで固定されてしまった。

ちなみに…義勇の事は何故か、ぎゅ~とどうやら名前で呼んでいるらしい。
謎である…。


こうしてハイテンションの義一がぽいっ!と匙を放り投げると、たいてい数秒後にベルが鳴る。

「父さんをお出迎えするか?」
とそれに義勇が立ち上がると、義一がきゃあぁ~と嬉しそうな声をあげるので、ベビーチェアから出して抱っこ。

「は~い」
と、義勇は義一を抱いたまま玄関へと走った。




4 件のコメント :

  1. 義一くんを中心に家族になっていきそうなところがワクワクします(3周目)。きっとハイハイもたっちも錆兎がカメラを構えていそう。続きを楽しみにしています。

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    1. ですね!
      義一もパパ大好きっこになりそうです💕

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  2. 錆兎パパ、大活躍ですね。義勇さん、義一ちゃん、錆兎で、どんな家庭ができていくのか、楽しみです。

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    1. すごく頼もしい良い父親になりそうですよね、錆兎は😁

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