赤ん坊狂走曲_ver錆義_2

――泣き…やんだ……

ンクンクと必死の形相で哺乳瓶に吸いつく赤ん坊。
その赤ん坊と同じくまだ涙の残る深い青の瞳が驚いたように見開かれ、小さく感嘆の声が漏れる。



「ん、腹が減ってたみたいだな。
てか、あのミルク?なんだったんだ?」

140CCほどのミルクを一気飲みした赤ん坊を今度は縦抱きにして、背中をさすさすとさすってげっぷを促してやりながら錆兎が聞くと、まだ自分の方がいとけない様子の幼い母親は
「…普通に作った…つもりだったんだけど……」
と、しょんぼりと俯いた。



錆兎が挨拶に行った時に出て来たのは、顔を真っ赤にして泣く赤ん坊を抱いた若い母親?だった。

ドアが開いた瞬間、シャクリをあげながら顔を覗かせた母親に思わず

「大丈夫か?あの…俺、自分で言うのもなんだけど育児経験かなりあるんで、みてやろうか?」
と声をかけると、彼女は少し迷ったようだが、

「少なくとも隣に住んでいるので怪しい者ではない。
心配なら名刺渡すが?
今日は有給取ってるが、産屋敷商事の開発部の課長やってるから、なんなら会社に問い合わせてもらってもいい。
とりあえず何か足りてないだけなのか、病気なのかの確認だけでも…。
体調悪いようなら月齢低いみたいだし、早めに病院連れて行ってやった方が良いと思うが?」
と言うと、そこでようやくこっくりと頷いた。

こうして通された部屋。
ベビー用品がごちゃっと広げられていて、リビングのテーブルの上には哺乳瓶に入ったなにやら怪しい紫の液体。

――ミルク…全然飲まないし、病気なのかも……
とその哺乳瓶を手にするところを見ると、ミルク…のつもりなのかもしれない。

「えっと…な、粉ミルク…だよな?
ちょっと俺が作りなおしてみるから、キッチン借りるな?」
と、予備の哺乳瓶に粉ミルクを作りなおしてみる。

このあたりは昔取った杵柄だ。
カルキを抜いたうえでお湯を60度保存してくれるなんて便利なポットがちゃんとあるので、余裕で出来る。

それを手に
「ちょっと貸してみろ」
と、赤ん坊を受け取ると、横抱きにして哺乳瓶の乳首を口元に……

すると、もうチュウチュウなんて生易しいものじゃない。
エッエッと泣きながらもゴンゴンと言った勢いでミルクを吸い上げる赤ん坊。

目を丸くする母親。


そうして念のため…と聞いてみると、

…栄養…あった方が良いと思ったから……
と、何やらいれてはいけないものまでいろいろ混ぜた結果のだったらしい。

(…いったい今までどうやって生きて来たんだ、この赤ん坊…)
と、それを聞いてため息をつく錆兎。

それでもとりあえず
「あのな、粉ミルクってのは赤ん坊に必要な栄養全部入ってるからな?
幼い頃はまだ消化する力とかが強くないから、余分なものいれたら腹壊したり、アレルギーになったり、下手すれば死ぬからな?
だからミルク以外のモン溶かしたらダメだぞ?」
と、言い聞かせつつ、思い切り目に隈を作っている母親に

「とにかくあとで一度一緒に作ってみような?
その前にお前は少し休んだ方が良い。
俺がこいつみててやるから、2,3時間仮眠とっておけ。
こいつ首すわってないし、まだ3,4時間おきくらいの授乳感覚だろう?
夜ゆっくり眠れないだろうしな」
と言ってポンポンと頭を撫でてやると、おそらくもう疲労が限界で頭が働いていないのだろう。
こっくり頷いてリビングのソファでブランケットをかけて眠り始めた。


本当に錆兎自身すら自分の身内だったら危ないから追い出せと忠告しかねないレベルで立ちいっていると思う。
しかしまあ…不用心だなとは思うが、おかげで助けの手を取ってもらえたから良しとする。

ミルクを飲んでお腹いっぱいになると当たり前に排泄をする赤ん坊のおむつを替えてやって、頭を左側、心臓のあたりにくるように横抱きにして軽く背を叩いてやると、赤ん坊自身も泣いて疲れたのか、すやすやと眠り始めた。


当たり前だが赤ん坊は錆兎とは違ってソファで眠っている母親そっくりで、落ちついた漆黒の髪にクルンと長い同色のまつ毛。その下に見える綺麗な青い瞳。
真っ白な肌にふっくらとした頬の実に可愛らしい顔をしている。

それでもふわふわとした柔らかさ、鼻や唇、手や足など、パーツが驚くほど小さいところなど、赤ん坊としての特色は変わらない。

片手で抱きかかえて、そのぷにっとした手のひらをつんつんと突いてやると、ふっくらと柔らかい手が無意識にぎゅうっと指を掴んでくる様子の愛らしさ。

(クソッ!可愛いな…)
と、思わず顔がほころんだ。

掴まれた指を小さく動かしていると、まるまっこい大福のような手が釣られて動くのを見ているだけで楽しくて、あっという間に3時間。

ふあぁ…と先に大あくびと共に目を覚ましたのは赤ん坊の方だった。

…あ~ぅ…
と母親と同じ大きくまんまるの青い瞳で錆兎を見あげてきて、小さな手を伸ばして来る。

「おはよう。腹減ったか?」
と口元をきちんと消毒した指でつつけば、何か口にしたいと思っていたのを思い出したように、まだ歯のない口でちゅうちゅう吸ってくる。

「あ~…聞くまでもなかったか。
ちょっと待っていろ。今ミルク作ってやるから」
と、母親が眠っているソファの側に置いてあったクーファンに寝かせようとすると、降ろしたとたんに、ぴえぇぇ…と泣き出す赤ん坊。
その声にハッとしたように母親が目を覚ました。

「おう。どうだ?少しは眠れたか?」

まだ半分目が覚めていないのか状況をつかめないのだろう。
驚いたようにあたりを見回す、自分の方がまだ幼い感じがする母親を驚かせないように声をかけてやると、ぽかんと赤ん坊にそっくりな大きくまんまるな青い瞳が錆兎を見あげた。

パチパチと瞬き2回。

「あああーーーー!!!!」
と、突然記憶が繋がったのだろう。
焦ったように声をあげる。

「ごめんっ!ごめんなさいっ!!
見ず知らずの人にっ!!!」

オロオロとする様子が可愛らしくて、錆兎はいったん泣く赤ん坊をクーファンから抱き上げてあやしつつ、ペタンとソファに座り込んでいる母親に視線を合わせるように、その前に膝をついた。

「錆兎…な?鱗滝錆兎。
この隣、502号室に越してきたリーマンだ。
奥さんのことはなんて呼んだらいい?」

状況が状況だ。
なるべく怖がらせないように、出来うる限りの優しい笑顔を作ってそう言うと、目の前のまだ下手をすればミドルティーンに見える母親は、少し眉を寄せて考え込む。

は義勇。冨岡義勇。
赤ん坊は義一。
の弟です」
「お、おとこぉぉ~~?!!!!」



「ご、ごめんなっ?!こんな赤ん坊抱いて出て来たからてっきり……」

とりあえず先に赤ん坊の飢えを満たすべく手早くミルクを作って飲ませながら、錆兎が謝罪すると、義勇は複雑な表情ではあるものの、

「…別に……体格良くないのもあってたまに間違えられるから……」
と答える。

「あ~でもそれで納得だ。
そうだよな。こいつたぶん2,3カ月くらいだろ?
母親がミルクの作り方もわからずいたら、これまでどうしてたって思うよな」
と、苦笑しつつ、赤ん坊が飲み終わった哺乳瓶を置いて

「偉いな弟と留守番か?
おふくろさんは?」
と、寝起きでぴょんぴょん跳ねた義勇の頭を撫でると、義勇は俯いた。

「…死んだ……」
「…へ?」
「事故で…父さんと一緒に3日前に…。
で、昨日葬式で…それまでは親戚のおばさんがみててくれたんだけど……」

お~~い!!!!
まじかっ?!と思う。

これは…聞いて良かったのかまずかったのか。
と、錆兎が悩んでる間に、少年はげっぷをさせるために縦抱きにした赤ん坊をぎゅっと抱きしめたままぽろぽろと涙を零した。

「…義一…施設にっ…やるって……
だからっ…俺っ…引き取るからって…言って…っ…
俺がっ…育てるって……」

「ちょっと待てっ!!
お前自身、保護者必要な年だろっ?!
学校とかどうしてんだっ?!」

義勇が泣くと釣られたように赤ん坊も泣き始めた。
ヒックヒックとシャクリをあげる細い肩を赤ん坊ごと腕の中に抱きしめると、錆兎はその背をぽんぽんと宥めるように叩いてやる。

「うん…まあ…大変だったな。
自分の面倒だけでもどうしよう状態なのに、心細かったよな…」
と言ってやると、腕の中の少年は泣きながらコクコクと頷いた。

あ~これ法的にどうなんだ?問題ないのか?
と思いつつも、法よりもとりあえず人道的に放置は出来ないだろうと思い直す。

ちょうど全ての手が離れた自分がこうして隣に越して来たのも神様のお導きと言うやつかもしれない。

「えっと…今後頼れるあてとかはあるのか?」
と、まずそこからかと聞いてみるが、案の定、横に振られる首。

まあ、そうだよな。
あったらこんな事になってないよな……
と、そこで錆兎は腹をくくった。

「わかったっ!俺が一緒に面倒見てやる。
こう見えても育児はプロだ。任せとけっ!」

「…え……?」
ヒクっ…とシャクリをあげたあと、驚いたように見上げてくる涙いっぱいの目は赤ん坊と変わらず心細さをいっぱいに湛えている。

これを見捨てたりしたら、人間としてどうかと思った。

「俺はな、ちょうど育児を終えて1人立派に独り立ちさせて、子離れのためにここに引っ越してきたんだ。
だからまさに今、すごく手が空いてるし、手伝ってやれるから。
大丈夫。心配すんな」
と、安心させるように笑みを向けてやると、その目には少しの迷いと多くの安堵がみてとれる。

「子育てを終えた子育て経験者が今子育ての手が必要な奴の隣に越してきたってのは、いわゆる神様のお導きだ。
素直に従っておけ」
と、そこでさらに背中を押してやると、大きな目に今度は先ほどとはおそらく違う意味でじわりと涙が浮かんできて、少年は赤ん坊ごと錆兎にぎゅっと抱きついてきた。

こうして需要と供給の一致をみたところで、錆兎の再度の子育て生活が始まったのだった。

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