続聖夜の贈り物_11章1

「ようやく起きたか。お前、さっさと支度をしろ。兄さんに引き合わせる」

あれからどこをどう飛んだのかわからない。
生まれて初めて負わされた傷に不覚にも敵前逃亡してしまったアルはいつのまにか気を失っていたようだ。


そして目を覚ました時には目の前には綺麗なサラサラの長い銀色の髪の女の子。

言葉使いは妙に愛想がないが、ヒーローにつきもののヒロインとしては十分すぎるくらいに綺麗な子だ。

そうだ、自分は逃亡したのではない。
ストーリー上ヒロインであるこの子に会わなければいけないため撤退したのだ…そう自尊心をなぐさめて、アルはにっこりと笑顔を浮かべた。

「君が助けてくれたんだねっ。ありがとう!
でも俺はお前じゃなくてアルフレッドなんだぞっ!」
手を差し出したアルに、少女はプイッとそっぽを向く。

「そんな事はどうでもいい。私は兄さんに会う理由が欲しいだけだ」
少女のそっけない態度と…そしてその言葉にぽか~んとするアル。
とりあえず疑問の方を先に解決しようと口を開いた。

「お兄さんに会うのに理由なんかいるのかい?兄妹なんだろ?」
その言葉に少女は一瞬何故か少し傷ついた症状を見せる。しかしそれもほんの一瞬、すぐに無表情に戻った。

「兄さんはそんじょそこらの馬鹿と違って忙しい人なんだ。
だから何でもないのに手をわずらわせるような事はできない」

ツンとした表情も可愛いな…とアルは思いながら、とりあえず無難に
「そうか。偉い人なんだなっ」
と、忙しい人から自分が推測できる人物を思い描いて口にした。

するとそれまで無表情だった少女の顔にかすかに嬉しそうな表情が浮かぶ。

「そうだ。兄さんは偉い人なんだ。大陸一の呪術師なんだぞ」
と、オウム返しに繰り返してくる少女の言葉にはあまり興味は惹かれなかったが、わずかに浮かんだ少女の笑みは本当に可愛いと思った。

こんな可愛い子に会うのに理由を求める兄は馬鹿だな、とも思う。
そんな馬鹿と一緒にいるより、俺と一緒にくればいいのにな、とも。

それでも今の時点で少女が自分を必要とする必須事項が“兄さんの為”なわけだから、仕方ない。
別に兄さんになんか会いたくないんだぞ、と、言ってしまうのは簡単だが、この子と離れることになってまで主張する事でもないな、と、アルは黙っている事にした。


女の子が渋々教えてくれた名前はナターリヤと言った。
可愛い名前だねと言ったら、兄さんがつけてくれたんだ、と、嬉しそうに言う。

“兄さん”という単語が出てくる時だけ無表情な顔にかすかな笑みのようなものが浮かぶのが、アルには面白くない。
すでに会う前から“兄さん”に対してあまり良くないイメージが出来たように思う。



そんな気持ちを抱えたまま会った“兄さん”事イヴァンは、華奢なナターリヤとはあまり似たところのない大男だった。

「それが水の石を内包してる人形だね?」
人の事を人形などと、ニコニコと失礼な事を言う…と、アルはムッとしたが、ナターリヤが余計な事を言うなとばかり睨みつけてくるから無言だ。
そのかわりにナターリヤが答えた。

「はい。私が見つけた時にはすでに水の石の欠片は取り除かれた後でしたが、何かの参考になるかと、私の魔力にリンクさせて崩壊を防いでます」

魔術師であるマスターの研究補佐型ドールであるマシューなら理解したかもしれないそれらの言葉も戦闘型のアルにはよくわからない。

ただ、自分の中に水の石があったこと、それが今はもうない事だけを理解した。

「う~ん…」
その言葉にイヴァンの眼から笑みが消える。
なのに口元だけは笑みの形を描いているのにアルは違和感を感じた。

イヴァンのその変化に気付いたのはアルだけではない。
ナターリヤの顔がこわばった。

「水の石がないんじゃ意味ないよねぇ?ただの人形だ」
口調は変わらないが目が冷ややかで、ナターリヤは泣きそうな顔で下を向く。

“兄さん”とその言葉を口にするたび嬉しそうな表情をするナターリヤが目に浮かんだ。

たぶん…“兄さん”の役に立つために一生懸命に水の石を内包していたらしい自分を探したのだろう。
なのにそんな言い方しないでもいいじゃないかっ。
ムッとしたアルが思わずそう言おうとした時、イヴァンの書斎のドアがバン!と開いた。



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