食事のトレイを片手に、もう片方の手には山と書類を抱えている。
「食え」
とマシューを起こして背中に大きなクッションを置き、膝の上にトレイを乗せた。
その一方で自分は傍らのサイドテーブルに書類を広げて、何かペーストのようなものを挟みこんだパンをかじっている。
「えっと…スコットさんは普通のご飯…食べないんですか?」
「栄養の摂取にかける時間はない」
マシューの質問に書類にサインしながら即答するスコット。
そう言うわりに死ぬまで働けと言った自分に用意してくれた食事はホカホカと湯気をたてている美味しそうなシチューに柔らかいパン。
サラダにフルーツ、プリンまでついている。
いいのだろうか…と、スコットに目をやると、視線を感じたのかやっぱり視線は向けないまま
「ガキは食え」
と、言う。
「頂きます」
そうしていても仕方ないので、マシューは手を合わせると、きちんと用意された小さな子供用のスプーンを手に取った。
「スコットさんは…忙しいんですか?」
もぎゅもぎゅと食事を食べながら、マシューはスコットに声をかけてみた。
「見てわからんか?」
とそれに対してそっけなく返ってくる返答。
黙々と書類に目を通し、サインをしては書類を積み上げて行くその様子はどう見ても忙しそうだ。
「…お仕事…ここでやるとはかどったりするんですか?」
サイドテーブルの上はどう見ても狭くてやりにくそうだ。
不思議に思って聞くと
「いや、やりにくい」
と当たり前だが、今の状況を考えると不思議な答えが返ってきた。
「じゃ、どうしてここでお仕事を?」
とマシューがさらに聞いてみると、スコットはふいっとそっぽをむいた。
そして一言
「お前が側にいて欲しがったんだろうが」
うあぁぁ…
ポロっとマシューの小さな手からスプーンが落ちる。
まん丸の大きな目は驚きのあまり零れおちそうなくらい見開かれた。
まさか…さっきのあの行動で?
どうしよう…どうしよう、嬉しい。
一人にしないで…側にいて…僕を見て…。
マスターにさえ言えなかった。
生まれてからずっと何かを望んではいけないと思っていた自分の、たぶん初めての我儘。
それを聞いてもらえた。
聞いてくれる人がいた。
「ふ…ふえぇぇ~ん!」
マシューは初めて声をあげて泣いた。
「っ?!どうしたっ?!」
スコットさんはそれを怒りはしないで、慌てて羽ペンを放り出して来てくれる。
ああ…嬉しいなぁ……
マシューは膝の上からトレイをどけて、自分をギュッと抱きしめてくれるスコットのローブを小さな手で握り締めた。
「ぼ…僕…一人…やだっ。
一人にしないで…。側にいて…」
泣きながら訴えるマシューの言葉にスコットは相変わらずしかめつらで鼻をならす。
「愚か者。言っただろう?死ぬまで俺の元で働かせると。
一人になれるなんて甘い事は考えん事だ」
「うん!うん、スコットさんが生きてる間は一人じゃないんだよね」
たぶんマスターアルトゥールは早世だったが、一般的な人間の寿命からするとあと数十年は一緒にいられるのだろう。
その数十年が過ぎれば死ぬほどつらいだろうが…でもそれでも幸せだ…とマシューは思った。
が、そのマシューの杞憂はスコットの言葉で一蹴される。
「人は一人で生まれ、死んでいくものだが、死んだ後の事なんか知らん。
ただ言える事は貴様は俺の魔力で今命を繋いでいるから、俺が死ねばお前も死ぬぞ。
水の石のように永遠に生かすなんて器用な真似はできん」
「え……?ホント?」
初耳だ。
「そんなばかげた嘘をついてどうする」
「ホントに…僕…死ねるんだ?」
大好きなマスターと一緒に眠りにつく…。
そんな幸せを手にする事ができるなんて夢にも思ってなかった。
嬉しい…嬉しい、嬉しい!僕はもう一人ぼっちにならなくてすむ!
マシューが笑顔で見上げると、スコットは苦虫をかみつぶしたような顔で見下ろした。
「幼児が死ぬ死ぬ言うな、うっとおしい!」
「うん!」
「ガキはガキらしく、遊びに連れていけだの、菓子食わせろだの、小うるさく叫んでろ!」
「うん!!」
ああ…これだから子供は嫌いなんだ…と、スコットは思う。
物心ついた頃から続けた感情を制御する訓練を、一瞬で取りはらってしまう。
明日…このガキを森にピクニックに連れていくため、今日は徹夜だ、くそったれ!
カークランド家28代目当主、スコット・カークランド。
後の世に“宝玉からの解放者”と呼ばれるこの優秀な魔術師のかたわらには、常に青い目の可愛らしいマジックドールが寄り添っていて、彼の死と共に動きを止めたこの幸せな人形は、彼のたっての願いにより、彼の棺に一緒にいれられた…と、カークランド人物事典に記されるのは、まだ随分と先の事であった。
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