続聖夜の贈り物_10章3

「どこか痛むか?」
という質問にいいえとマシューが首を横に振ると、
「嘘つきやがったら殺すぞ」
とギロリとにらみつけてくるスコット。


しかし…元々死ぬはずだったんじゃないだろうか?と、そこでまたもたげてきた疑問を、マシューは今度ははっきり口にした。

「僕…死ぬんじゃなかったんですか?」

……何か悪い事を言ったのだろうか…。

スコットは少し怒ったようにクルリと後ろを向く。
それからしばらく無言。
そしてまたこちらを向いた。

「カークランドの当主は暇じゃない。ただで手術なんぞせん。
貴様は手術代として死ぬまでこき使ってやる事にした」

うん…今考えましたね…
と、みかけは幼児だが一応300年間生きてきたマシューは思う。

暇じゃない…というわりに、自分がきちんと目覚めて、術後に不具合がないかを確認するため側についていてくれたらしいし…と、少しおかしくなる。

ひたすら優しかったマスターとは表面に出る態度は正反対だが、この人は素直じゃないだけで優しい人らしい。
もしかしたら不遇なドールに同情しているだけかもしれない…が、同情されるのも嫌いじゃない。優しくされるのは好きだから…とマシューは少しの苦みと共に喜びを感じた。

優しかったマスターを失って280年…自分は優しさに飢えているのだろうと思う。
同情でもいい…優しくして欲しいな…そんな思いをこめて、マシューはこの新しいマスターの元で生きて行く決意を固めた。


とりあえず…優しくされるためには好かれる努力をしなければならない。
自分達を造ったマスターと違って、この人には本来自分の面倒をみる義務はないのだ。

そういう認識の元、マシューは自分が好きになってもらえる要素を考えて見る。

研究補佐型マジックドール…ようはマスターに必要な知識を調べて記憶したり、簡単な魔法実験を手伝ったり…そんな事を得意としている自分は、この魔術師一族の専属ドールになるのには確かに向いているのだろう。

森でマスターと暮らしている時には魔道の研究よりは日々の暮らしの作業が中心で、力持ちの戦闘型ドールのアルに比べると今一つ役に立てなかった自分をじれったく感じたモノだが、今回は自分のためにあるような場所だ。

「僕…何かお手伝いします」
ポンとベッドから飛び降りるが、今までは癒しを司る水の石が全ての衝撃を吸収してくれていたのだろう、それがなくなって初めて飛び降りた時の反動を足に感じ、トテっと転びかけて、思わず小さな手を床に着く。

すると
「この馬鹿がっ!ガキは大人しく寝てろっ!」
舌打ちと共に声が降ってきて、腰を抱えあげられ、ベッドに下ろされる。
言葉は乱暴だが、その動作はひどく優しい。

そのまま頭を抱えられて横たえらされ、手に可愛い白いクマのぬいぐるみを握らされて、掛け布団をかけられる。
あくまで造りモノのマジックドールである自分なのに、まるで病気の子供にするような態度で接してくれる事にマシューはなんだか嬉しくなった。

しかしそれに、とうになくしてしまったはずの温かい空間…マスターのぬくもりが重なる。
思い出すと切なくて恋しくて…涙がぽろりと零れおちた。

「さきほどのでどこか痛めたのか?」
少し焦ったような声が降ってきて、優しく優しく頭をなでられた。
ああ…温かい…涙は止まらないのに今度は笑みがこみあげてくる。

「…頭…打ったのか?」
泣きながら笑みを浮かべるマシューに、スコットが眉を寄せて顔を覗き込んできた。
ああ…誰かが自分を気にかけてくれている…嬉しい…。
同情だろうと勘違いだろうと何でもいい。
マジックドールだから…人間じゃないから、自分から求める事は許されないその思いを向けられている事に、マシューは本当に胸が締め付けられるくらいの喜びを感じた。

「…痛いなら我慢して笑うな。愚か者」
やがてスコットがボソリとつぶやく。

「…痛く…ないです」
「では何故泣く?」

深い森の色を思わせる緑の瞳でマシューに視線を合わせてくる。
大好きな…懐かしい色…。

「少し…昔思い出しちゃいました。マスターと暮らしてた頃」
ちょっと苦笑して言うと、森色の瞳が少し複雑な色をみせた。

そして
「そうか…。」
と言うと離れて行く。

失敗した?
ひどく焦りを感じてマシューは起きあがり、そのまま離れかけるスコットのローブを思わずつかんだ。

ピタっと止まる空気。

スコットの視線がローブを掴んだマシューの手に注がれる。

「あ、ご、ごめんなさいっ!」
パッと慌てて放すマシューだったが、スコットは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに一歩マシューの方に歩み寄って、ポンポンと軽くマシューの頭に手をやった。

そして
「食事を持ってくるだけだ。大人しくしてろ」
と、言い置いて、今度こそ部屋を出て行く。

「な、なぁんだ~」
ほ~っと思い切り息を吐き出すマシュー。

思わず初めてくらい自分からアクションを起こしてしまったが、拒まれなかったらしい事に少し安心した。


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