「なんじゃ」
「このフード…取ってもいいですか?」
「取るな」
「……はい」
「あの…」
「なんじゃ」
「僕一人で食べられますけど…」
「………」
「いえ、なんでもありません」
ギルベルト達がアーサーの救出に向かっている留守中、“ねこのみみ亭”の食堂では異様な光景が繰り広げられていた。
おっかないと評判のこの宿の主人であるオランが、毎朝昼晩、クマの耳付きフードをかぶった幼児を膝に乗せて、こちらも柄の先に可愛いクマさんがついた幼児用のスプーンで幼児に食事をさせている。
居心地悪そうにオランの膝の上でモジモジとする幼児をガシっと片手で捕まえて、無表情にその小さな口に可愛いスプーンで食事を運ぶ姿ははっきり言って怖い。
しかしその気になれば冒険者の一人や二人簡単に伸せるオランに突っ込みを入れる者は誰もいない。
ただそのごつい手で押さえつけられながら食事を飲みこむ幼児に同情の視線を送るのみだ。
だから…
「あ、アーサーさんっ」
と、数日後いつものように食事中、開いた食堂のドアから顔をのぞかせた華奢なローブ姿にマシューが顔を輝かせてそちらへ行こうとバタバタ手足を動かしたのは、何も最愛のマスターに会えたというだけの理由ではないだろう。
それでもがっしりと後ろから腹に腕をまわされて動けないマシューの方へ、アーサーの方が駆け寄った。
「ただいま、マシュー」
と、腕を伸ばすと、オランはようやくマシューを開放し、マシューは目線を合わせるようにしゃがみ込んだアーサーの腕の中におさまった。
そこに何故かポンとアーサーの肩に手を置くオラン。
「あ…ただいま…」
人見知りであまり馴染んでいないとは言え、一応大陸に来てからずっと彼の宿に泊まって、今回はマシューまで預かってもらっている事もあるしと、おずおずアーサーが声をかけると、オランは言う。
「なかなか帰ってこんで ものごいんやったが。
こんからはおめぇもここにおればええが。二人まとめて引き取っちゃる」
「え~っと……」
オランの言葉はたまにわからない。
困った笑顔で固まるアーサー。
「何言ってんだ?馬鹿な事言ってんじゃねえぞっ!
アルトはもう身も心も俺様だけのもんなんだからなっ!」
何故か言葉を理解して乱入するギルベルト。
「な、何言ってるんだっ!ばかぁ!!」
そのままアーサーの肩に置かれたオランの手をピシっと払うギルベルトに涙目で叫ぶアーサー。
「なんていうかな…うん、通常運転に戻ったって感じね」
とそれを見てホッとため息をつくエリザにうなづくロヴィーノ。
エリザの言葉通り、一気に日常が戻ってきた感じだ。
遠目でそのにぎやかなやりとりに目をやっていた他の常連たちも、口々に
「おかえり~。今回は大変だったな」
などと声をかけつつ、自分の食事へと戻って行く。
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