スパダリ選手権

錆兎がいかにスパダリかを証明するためには、まず本人を観察せねばならない。
そんな理由で義勇はかなり早く起きたつもりだったが、なんと錆兎はすでに起きていた。

シャワーを浴びてきたところらしく、濡れた髪から滴る水滴が朝の日差しにキラキラ眩しい。

そうしてまだベッドの上でぼ~っとしている義勇に

「ああ、おはよう義勇。
今日は朝早いんだな。
昨日は無理をさせてしまってすまなかった。
これから朝食を作るからまだ寝てていいぞ」
などという。

無理というほどの無体な行為をするわけではなく、それはそれは優しく丁寧に抱いた翌朝でも錆兎はそんな風に言いつつ、義勇のために朝食を作ってくれるのだ。

これをスパダリと言わずして何という。

おまけに…少し頑張って早起きをしたら、朝からサービスショットまで見れてしまった。
なにしろ錆兎は顔が良い。
鍛えているから身体も良い。

普通に服を着ていてもなかなか直視できないレベルなのに、朝から半裸で無造作に髪を拭いている図など、尊すぎて目が潰れるかもしれない。

だから思わず言った。

「…錆兎…突然のサービスやめてくれ…」
「ん?」
「目が…潰れる…」
「お、おう?」

戸惑う姿さえカッコいい。

というか、本当にやめてくれ。
風呂上がりで髪を拭いている図がここまで心臓に悪いレベルでカッコいい男は他にはいないと思う。
が、いくらカッコいいからといって、他の奴らにそんな詳細を延々と語るわけにもいかないのだ。

「そこまで語れないのに目が潰れ損になってしまう…」
と、義勇が口を尖らせると、
「語る?」
と、錆兎は今度こそ不思議そうに首をかしげた。



「はぁ??スパダリ選手権?」
髪を拭く錆兎の手が止まった。

「そう。昨日な、大学でそんな話になったんだ」
と、義勇は大きく頷いて説明を始める。


きっかけはなんだったか…とにかくとある講義の突然の休講で1時間半という微妙な時間を持て余した面々が学食で暇を潰していた時の話である。

ああ、そういえばあれは甘露寺だったか。

確か
「お友達の彼氏がスパダリでね、とても素敵なの~」
と、胡蝶にそんな話を始めたのが始まりだったのだと思う。

「ふむ…甘露寺の考えるスパダリとはどういう人物だ?」
と、それにまず食いついたのは伊黒だ。


あ~、そうだよな、知りたいよな、伊黒なら。
と、錆兎はそれには納得。

義勇の話を本腰を入れて聞くためにベッド脇に椅子をもってきて、背もたれに腕を置くように座ると、

「で?それがなんで選手権に?」
と、先をうながした。

結局その時の甘露寺の話だと、その友人の彼氏というのは料理が上手で、自宅デートの時には料理を振る舞ってくれるのが素敵だという。

そこで義勇は思った。
錆兎だっていつも義勇のために美味しい手料理を当たり前に作ってくれる。
そう、当たり前に、だ!

だからその程度で笑止千万!と。

そう思ったのは義勇だけではなかったらしい。

その場にいた男性陣は皆思ったようで、口々に自分達だって料理くらい作れると言い始める。
そして、最終的には、それじゃあ自分達に彼女がいた時どんなことをしてやったかエピソードを語って、誰が一番スパダリかを女性2人に決めてもらおうということになったのだ。

その話が始まったのが結構遅くて、そう結論が出たのが次の授業ギリギリだったので、決着は翌週ということになったのだが…


──錆兎以上のスパダリなんて存在するわけがない!競うのも無駄なくらいだ!

と、フンスフンスする義勇に、錆兎は眉間に手をあててため息をつく。

いや…それは自分がスパダリかを判断してもらうためのもので、自分の相手がスパダリだと自慢するものではないだろう?

と、思うものの、あまりに得意げな義勇の様子に、これは楽しく披露できるネタを用意してやらねばなるまい…と、考えてしまうのが錆兎である。
恋人にはとことん甘い男なのだ。


なので、考えた。

考えた結果…

「ん。じゃあ、そのまま少し待ってろ」

と、ちゅっと義勇の唇に軽く口づけると、錆兎は髪をふきふきキッチンへ。
そうしてヤカンを火にかけると、湯が湧くのを待っている間に服を着る。

そうしてめったに出さないため食器棚の奥にしまい込んでいたピッチャーを出し、そこにミルクを入れ、梅酒をつけた残りの大きめの氷砂糖をピックで少し砕く。

(まあ…ありあわせだけど、こんなもんか…)

シュンシュンとヤカンのお湯が沸く音に、カップにティーバッグを放り込んで、そこに湯を注いだ。
本当ならちゃんと茶葉で入れたほうがいいのだろうが、急な思いつきなので仕方ない。

しばらく待ってほどよく紅茶が抽出されたところで、ティーバッグを三角コーナーへ。

そうして紅茶のティーカップと小皿に入れた氷砂糖、それにミルクのピッチャーを乗せたトレイを手に寝室へ戻った。

そこには枕を抱えて二度寝している義勇の姿。

起きるかな?起きないか?
と、思いながらもベッド脇のコンソールテーブルにトレイを置き、

「おはよう義勇。起きないか?」
と、枕に顔を埋めているので見えない唇や額の代わりに、義勇のこめかみに口づけを落とす。

──ん~…起き…る…

くぁあ~と大きくあくびをして半身を起こす義勇の目の前で、

「朝のプレゼントだ」
と、ティーカップを持ってその中に氷砂糖をぽとりと落とす。

するとチキチキっと砂糖が割れて溶ける音。
それに少し珍しげに目を見張る義勇に、錆兎は小さく笑って

「この音をな、小鳥のさえずりって言うらしいぞ。
朝の目覚めにふさわしいと思わないか?」
と言う。

その言葉にまだ眠そうだった義勇の目が一気に覚めたようだ。
キラキラと輝き出す。

──すごいなっ
と、嬉しそうに言う義勇は可愛い。

「ん、そしてな…」
と、さらに可愛い表情を引き出したくて、錆兎はカップをティースプーンでかき混ぜると、そのくるくるとした動きが止まらないうちに、そこにピッチャーから少しずつミルクを注いでいった。
すると褐色の紅茶の中に白い薔薇が咲く。

そうして錆兎は
「大切な恋人様には、さらに薔薇のプレゼントだ」
と、それを義勇に手渡してやって、

「まあ…俺は別に皆が言う選手権に優勝できずとも、義勇の中のスパダリ選手権で優勝できればそれで良いんだけどな」
と、さらりと義勇の乱れた髪を指先で梳くと、朝食を作ってくる…と言ってキッチンへと戻っていった。

パタン…と閉まるドア。

あとには
──…さ…びと……カッコいい!!
と、カップを手に絶叫する義勇が残される。

そうしてこれまでもこの先も毎日、義勇の脳内のスパダリ選手権では錆兎が世界優勝を果たし続けているのはいうまでもない。



0 件のコメント :

コメントを投稿