続聖夜の贈り物_8章6

甘ったるい香りがする。
お菓子とかのものではない…何か香のような……退廃的な香りだ。

神経をじわじわと内側から侵していく倦怠感。
うっすらと重い瞼を持ちあげた先には吸い込まれそうに暗く深い夜の闇色の瞳。


「……だれ…?」
自分のものとは思えないかすれた声が遠くで聞こえる。

闇が薄く微笑んだ。

「…あんたを手にいれるもの。
…でもまだ早い…。もう少し眠っておきんしゃい」

冷たい指がそっと瞼に触れて幕を下ろさせていく。
強烈な眠気に逆らえず、アーサーの意識はまた深い深い闇の中へ落ちて行った。





大急ぎで“ねこのみみ亭”に戻ったギルベルトの目に入ったのは、床に倒れているロヴィーノとフランシス。
そしてエリザにしがみついて泣くマシューと、食堂の窓という窓を開け放しているルートヴィヒだった。

「なんだ…これ?」
まだ室内に立ちこめる甘ったるい香の匂いに顔をしかめるギルベルト。
そして部屋を見回して青くなる。

「アーサーは?」
その言葉にマシューがまたワ~ッと泣きだした。

「やられたっぽいわ。たぶん南のやつらね」
というエリザの言葉にギルベルトは無言で“いぬのしっぽ亭”に取って返すが、当然もぬけの殻で、宿の主人も食堂を貸しただけで何も知らないと言う。
長くこのあたりで商売をしている宿の店主だ、嘘はついていないだろう。

しかたなくギルベルトはまた“ねこのみみ亭”に戻った。


「わりぃ…急に意識失ったみたいで、全く何も覚えてねえ」
ギルベルトが戻った時には気を失っていたロヴィーノとフランシスも意識を取り戻していた。
食堂に入った時にただよっていた匂いはどうやら意識を失わせる香らしい。

唯一魔道生物であるがゆえにそれが効かなかったマシューによると、ロヴィーノとフランシスが突然倒れ、その直後、乱入してきた数人の男達が眠っていなかったマシューを縛り上げ、アーサーを拉致していったらしい。

「どこ行ったかわからねえのかっ?!」
いてもたってもいられず聞くが、マシューは首を横に振り、ギルベルトはそのまま視線をエリザへ向けた。

「あ~、とりあえずフランの配下に街中探させてる。まだ連絡待ちよ」

「結局…目的は“選ばれし者”としての力か?」
ロヴィーノの言葉にエリザはたぶん、と、うなづく。

「とりあえず“選ばれし者”を確保してから欠片みつけようっていう算段なんだろうが」

「もう見つけてんだ。俺様はさっきまでそれで呼び出されてたんだ」
ギルベルトはそこでさきほどまでのインディとのやりとりを話す。

「あ~、それ決定ね。アーサー手にして力使わせようって事ね」
エリザが言うのにロヴィーノが口をはさんだ。

「でもそううまくいくか?アーサーが拒否したらそこまでだし」
「だからフェリちゃんなんでしょ。人質に」
とエリザが言ったその時、いきなりドアの方から
「ただいま~♪」
と、ひょこんとフェリシアーノが顔を出した。

「馬鹿弟!どこいってたんだ?!!」
「フェリシアーノ、無事かっ?!!
ロヴィーノとルートヴィヒが同時に駆け寄ると、フェリシアーノはきょとんと首をかしげる。

「どうしたの?二人とも。
ごめん、俺なんだか寝ちゃってたみたいでさ…気付いたらなんでか知らないけど街外れの広場のベンチにいたんだよね」
とのんきな口調で事情を語る。

ドッと力を抜く二人。
逆にエリザは青くなる。

「エリザ、なんか嫌な予感?」
アーサーに何かあればもれなく自分もやばいフランシスが釣られて青くなりながら聞くと、エリザはフランシスを振り返る。

「相手は“南”なのよ?人質で…じゃないなら、何で言う事きかせると思う?」
「うああああ~~~!!!!」
フランシスは頭を抱えて悲鳴をあげた。

「なんなんだ?!どういうことだ?!!!」
二人の様子にギルベルトも顔色を失ってエリザに詰め寄る。

詰め寄られたエリザは一瞬言おうか言うまいか悩んだが、
「どうせわかる事だろ、言えよっ!」
とギルベルトが襟首をつかみあげてさらに迫ると、視線を反らして言った。

「……薬…」


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