続聖夜の贈り物_8章5

「なんだ、“いぬのしっぽ亭”か」
そのまま徒歩で案内されたのは、ちょうど街の反対側の端にある宿屋“いぬのしっぽ亭”の食堂だった。


「ご足労願って、すまんね」
そこでにこやかに出迎えたのは、ところどころ金糸で刺しゅうのほどこされた白い長衣の若い男。
身動きするたび色とりどりに光るのは生地に散りばめられた宝石類だ。
どうやらこの男がボスらしい。

「ああ、安心しぃね。ここは貸し切りやけんど、見ての通り宿のモンもおるし、密閉もされとらんから」
との言葉通り、厨房の方には人の気配が確かにするし、中庭やフロントに続くドアはあけ放たれている。

それでもギルベルトは用心深く周りを警戒しながら勧められた椅子に腰をかけた。

「もうある程度はバレとるみたいやし隠しても仕方ないけん、自己紹介ばすると、私は南の国の王、インディ・マハーメーガヴァーハナ。
今回は国の存亡にかかわる事やけん、特別にこうして大陸に足をはこんどるんよ」
そう言いつつ懐から出した懐剣には確かに南の王の証である紋章が刻まれている。

「で?南の国の王がなんでいきなり喧嘩売ってきたんだ?」
不快感を隠さないギルベルトの声音に、南の王、インディはあくまでにこやかだ。

「喧嘩売っとるつもりはないんやけどね」
と、左右の護衛に下がるように手で合図を送ると答える。

「いきなり誘拐すんのが喧嘩じゃないんだったら、なになんだ?」
「自衛…ていうたらわかってもらえるやろか。
普通に考えて西の国だけ宝玉言う強大な力持たれたら脅威に思うのは仕方ない事ないやろか?」

そう言われたらそうなのだが……

「一応フェリちゃんいわくは平和利用したいってことだけど…な

「みんなそう言うな」
と言う言葉には返す言葉がない。
逆の立場なら自分もそう思う。

「自衛以外の他意はなか。
うちの国は今まで喧嘩売った事ないけん。信じてもらえんやろか?」

確かに…。
東西北の国の小競り合いはしょっちゅうだが、ギルベルトが覚えている限りで南の国が他の国にちょっかいをかけてきた記憶はない。

広大で豊かな土壌のため必要がないというのもあるだろうし、島で一番広いために国内の少数民族をまとめるのも一苦労だからという説もある。
他国との接触が著しく少ないので、その全容はいぜん謎に満ちた国なのだ。

「で?結局どうしたいんだ?」
自衛のため…という言葉を完全に信じるまでには至らないが、否定する理由も見当たらない。
しかし実際西の国の関係者の手に“選ばれし者”と炎の石があるのは事実で…変えようがない状態だ。

「“選ばれし者”がそちらにおるんは調べ済みなんやけど…」
「アルトは渡さねえぞっ」
と、ギルベルトは相手の言葉を遮る。
するとインディは苦笑した。

「渡すまでしてもらわんでもええんやけど…力の均衡のために宝玉を集める事は諦めてもらうわけにはいかんやろか?」
正直ギルベルト自身は宝玉を集める事自体には興味はない。
いつでも自分の願いはただ一つ、アーサーと静かに暮らす事だけだ。

「諦める…って言って信じてもらえるのか?」
「物理的にあきらめてもらえる手があるんやけど?」
インディは言って、指を鳴らした。
それに応じて配下らしい男が恭しく小箱を抱えてきて男に渡す。

「これはうちの国をあげて大陸の南方で見つけた風の石。これを私の身の内に取りこめるよう、“選ばれし者”の力を貸してほしいんよ。」

透明の水晶のような石の中でクルクルと青い光がうずを巻いている。
ギルベルトの中の炎の石がそれは本物だと伝えてきた。

「身の内に取りこめたとしても…“選ばれし者”が側にいないと力は使えねえぞ?」

黙っていてもいいのだが、これでまた騙したと言って同じような事をされれば、今度は交渉がやっかいになる。

なのでギルベルトが一応そう注意を促すと、インディは
「自衛のため宝玉を完成させたくないだけじゃけん、力が使えんでもかまわんよ」
と笑った。

宝玉が完成しないということは…一生追われる身から解放されないということなのだが、まあ長年集められなかったということは、みつかる可能性は低いと言う事なのだろう。
なんなら王のように人里から離れた所でひっそり暮らしても良い。

「いいぜ。それなら。フェリちゃんだって命に代えてもなんて思ってるわけないじゃないだろうしな」
結局ギルベルトはうなづいた。
それがベストな方法に思われた。

「じゃあ…こちらには人質もおるけん、そちらも護衛連れてきてもよかとよ。
ここで待ち合わせで」
「ああ、そうさせてもらうわ」

意外に和やかに終わってホッとするギルベルト。
のちにギルベルトはこの時の自分の判断の甘さを大いに悔む事になるのだが、この時は当然そんな事は思ってもみなかったのだった。


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