中に入るとまずフロント。
そこにはたまにベルがいることもあるが、たいていはちょっとこわもての“子供が好きすぎる”お兄ちゃんことオランが陣取っていて、別に拒否しているわけではないのだが、いちげんさんはビビってまわれ右する事も少なくはない。
「ちょっと、ロヴィーノ、どこ行くのよ」
「い、いや、ここやばいだろっ。どう見てもやばい宿だろっ」
マシューを隠すように出て行こうとするロヴィーノにエリザは大きくため息をつく。
「ロヴィーノ…あれくらいでびびってたら、冒険者なんて出来ないわよ？」
「俺は冒険者にまではなる気はねえ！
それに君子危うきに近寄らずって言葉知らねえのか、お前はっ」
そこで揉める二人。
マシューはロヴィーノにしっかりと手を握られたまま、困ったようにそんな二人のやりとりを見上げている。
しばらくコソコソと二人でそんなやりとりをしていると、
「おえっ なにしてんじゃ（お前、なにしてんだ？）」
と、こわもてのフロントが立ちあがった。
ヒィっと小さく悲鳴をもらしつつ、それでもロヴィーノはマシューをかばうように後ろにやり、エリザを押しだす。
「悪いわね。大人二人と子供一人、宿取りたいんだけど空いてる？」
こういう冒険者相手の所ではまず金がモノを言うとエリザは金貨の入った袋をチャラチャラ鳴らした。
手慣れたものだ。
オランはフンと鼻を鳴らすと
「ついてきま（ついてこい）」
と、立ちあがって顎をしゃくる。
「ね、平気でしょ」
とエリザはロヴィーノに言うと、先に立って歩き出す。
「ロ…ロヴィーノさん、行きましょう」
少し硬直するロヴィーノにマシューが子供特有の高く細い声で言葉をかけると、先に立って歩いていたオランがピタっと足を止めた。
ギロリと後ろを振り返り、その視線はジ～っとマシューに注がれる。
「な、なんだよ、このヤロー！こいつに手ぇ出したら承知しねえぞ！……エリザが……」
ピタっとロヴィーノの足にはりつくマシューをしっかり抱きしめて、震えながらも言い放つロヴィーノに、エリザは
「え～あたしなの？」
とクシャっと頭をかく。
「おめえら…その坊の親け？」
別に敵意はなかったらしい。
エリザはあ～そっちの意味ねと、ほっとしたようにつぶやくと、
「安心してちょうだい」
と説明した。
「この子はちょっと訳ありで家族とはぐれてしまって、ここに泊まってる連れのロヴィーノの弟達がその行方知ってっかもしれないから、一緒に来たの。
別に誘拐とかじゃないし、面倒事起こす事もないわ。
なんならこの子に直接聞いてみて」
と言うエリザの言葉にオランが視線をマシューに向けると、マシューがこくこくとうなずくので納得したようだ。
「ほぅか。
もし見つからんかったら、探しとる間ここにおるとええ。
子連れじゃ危険な場所も多いで、預かっといてやるでの」
「な、なんだよ…。おっかねえ奴かと思ったら、意外に良い奴じゃねえか」
オランの言葉にホッと肩の力を抜くロヴィーノ。
マシューもロヴィーノにしがみついていた手の力を少し緩める。
「まあ…あのギルベルトがアーサー連れて滞在するのに選んだ宿だしね。
少なくともお子様にとってやばい宿ではないわよ」
「あ～、まあそうだな。」
エリザの言葉にロヴィーノは納得した。
ギルベルトは万人に対しては面倒見はいいものの基本的には理性的で自立を促す厳しい人間だが、要人を守る騎士としての実績が高く、守ると決めた相手に対してはとにかく庇護欲の強い男だ。
その過保護な男が保護している相手を連れて泊まるのに安全と判断したのなら、確かにここはイーストタウン一安全な宿であることは間違いないだろう。
「アーサー？弟っちゅうのはアーサーのことけ？」
オランが二人の会話にまた足を止めた。
「知ってるのか？」
肯定も否定もせずに聞くロヴィーノに、オランはうなづく。
「あやな（幼く危なっかしい）やっちゃ。
もうちょお気ぃつけてやらんと、ギルベルトちゅう男に騙されとるで」
「はは…ギルベルトに…な」
ロヴィーノはひきつった笑いを浮かべる。
そんなロヴィーノをマシューはつぶらな瞳で見あげた。
「えと…大丈夫ですよ、きっと。話せば目を覚ましてくれると思います」
…どうやら慰められているらしい。
「ああ、お前良い子だな、マシュー」
ロヴィーノはその小さな頭をぽんぽんと軽く叩くと、エリザがキッと前をむいて荷物の中からなぜか銀色のフライパンを出して
「あの馬鹿…やっぱりこれの出番ね……」
と、つぶやいた。
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