続聖夜の贈り物_6章2

「あ~、良い天気だよなっ」

重くなりすぎないうちに軽口で終わらせるのは、王族という実家の実情にそぐわない身分を持ってしまったことで難しい立場に置かれて生きてきたロヴィーノの処世術である。


あまりに長くそうして生きてきたために、必要のないところでもそんな癖がでてしまうわけだが、エリザはエリザで将軍家の娘のわりに傭兵としてあちこちを渡り歩いて、ある程度相手のいうことを流すことによって摩擦を避ける術を知っているので、今回もそうやって流していた。

好戦的で口が悪く見える2人とも実は意外に気を使うタイプなのである。
だから愚痴くらいは口にしても揉めることなく、実に平和に何事もなく時間が流れていく。

そんな中で
「あたしね、あれからまた調べたんだけど…」
ふいにまたエリザが口を開いた。

「ああ?」
「カトル・ヴィジュー・サクレな、あれ炎、水、風、土の4つの欠片に分かれてるらしいんだわ」
「ほ~?」
「でな、それぞれ炎は力、水は癒し、風は移動、土は守りを司ってて、それぞれ身の内に取り込むと、その力を得られるんだって」
「へ~、じゃあ別に4つ集めなくても良いっつ~か…むしろ別々に持ってた方が良くねえか?」
「…って思ったんだけどね、力使えるのは宝玉自体に適応したこの世にたった一人の”選ばれし者“が側にいて力の解放を促した時限定って事だから、そいついないとただの石っころってわけ」
「世の中そうそううまい話なんて転がってねえってことか」
「ま、そういうことね。あ、そろそろ街中だから、話題気をつけないとね」


イーストタウンよりはだいぶ小規模ながら、それなりに露店の建ち並ぶ街の中心部についた二人は、今夜はここに宿を取り、明日にイーストタウンへの馬車に乗る事にして、とりあえず夕食代わりにと露店で軽食を漁る。

二人分のハムとチーズの入ったパニーニと野菜と肉の串焼きを手に、適当なベンチに座るエリザをまじまじと凝視するロヴィーノ。

「なに?」
エリザがきょとんと座ったまま視線を向けると、ロヴィーノはぶんぶんと首を横に振って自分も二人分のラテを手に隣に腰をかけた。

「気味悪いから言いたい事あるなら、言って」
「いや…普通に普通の事してんだなと思ってさ」

「…?意味わかんないんだけど?」
「エリザ、将軍家のお姫さんじゃん。俺の実家と違って貧乏でもないだろうし。
でも普通にこんな庶民の食いモノ食うんだなと」
ロヴィーノの言葉にエリザはまた長い長い溜息をついて、がっくりと肩を落とした。

「あ~の~ね~、あたしこう言っちゃなんだけど、ロヴィーノよりよほどヘビーな生活してたわよ?
社会経験積んでくるわねって身の回りの最低限のもの抱えて傭兵団で働いてたし。
これだってあたしにしたら立派な外食よ、外食っ。
傭兵の派遣先によっては森でイノシシ狩ってさばいて食べたりもしてたんだから」

「うあ、まじか…」

「ふふっ。万が一路銀が尽きたら、エリザさんが用心棒でも傭兵でもしつつ、森で食料調達して稼いであげるわよ」

「頼もしいな」

と、そんなことを話しつつベンチに置いたパニーニに手を伸ばそうとしたロヴィーノは、ベンチの背もたれの間から小さな小さな白い手がやはりパニーニに向かって伸ばされている事に気づいて、ベンチの後ろを覗き込んだ。

「ん?どした?」
そのロヴィーノの様子にエリザは同じくベンチの後ろに視線を向け、そこに小さな存在を認めると、舌打ちして剣に手をかけた。

「ロヴィーノ、どいてっ!」
鋭い声で指示をするエリザに、その小さな手はぴゅっと引っ込んで、その手の持ち主である小さな子供はプルプルと震えながら首を横に振った。

「僕…僕、ごめんなさいっ!お腹すいてて…」
涙をたたえた大きなブルーの瞳を見降ろして、ロヴィーノは間に入った。

「お前、パニーニくらいでガキに剣抜くな」
「そんなんじゃないわよっ!」
「じゃ、なんだ?」
「その子…こんなに近くにいるのに全く気配感じさせなかった。ただものじゃないわっ!!」

そう言われてみれば…と、ロヴィーノも改めて子供に目を向ける。

ふわふわのプラチナブロンド、長いまつげに縁取られた大きな青い瞳。
柔和な可愛らしい顔立ちは女の子のようにも見えたが、“僕”という言葉からすると男の子なのだろう。

「おい、お前、親は?」
とりあえずエリザの事はスルーして、ロヴィーノは子供を抱き上げてベンチに座らせて聞いた。

「い、いません。
僕、弟と二人で住んでたんだけど、喧嘩して弟が全部色々持ってっちゃって…
ごめんなさいっ。泥棒はいけないってわかってたんですけど、ずっと何も食べてなくて…」

ぎゅぅっと目をつぶってそう言う子供の言葉を裏付けるように、グゥっと小さな腹の虫がなく。
ロヴィーノはクスリと笑うと、パニーニを手を汚さないように紙に包んでその小さな手に握らせた。

「…?」
子供が大きな目で見上げてくるのに
「熱いから気を付けて食えよ」
と、注意をうながす。

子供はごくりと唾を飲み込んでパニーニとロヴィーノを交互に見ると、
「でも…」
とおずおず口を開いた。
「僕、お金とか全然持ってないんです。お礼できるようなものも何も…」
「いいから食え。冷めるぞ」
子供の言葉を遮って、ロヴィーノがその小さな手を取って口元へ持って行くと、子供は一瞬ごくりと唾を飲み込んだ後、ものすごい勢いでパニーニにかじりついた。


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