ストーカーとは何をされるかではなく、誰にされるかである_そして解決

…頼む……ちゃんと無事でいてくれよ…

タクシーに飛び乗って1万円札を運転手に渡して急いでくれるように頼むと、錆兎は頭を抱えてマンションに着くのを待つ。

普段の冷静さなど吹っ飛んで、脳内では今まで見てきた電車でちかんにあってたり映画での変質者に連れ去られようとしていた義勇の姿がクルクル回った。


あ…そうだ…鍵だけじゃなくチェーンもかけておけと言っておいた方が…いや…万が一窓から侵入されたらチェーンかかってると逃げられないか?
などなど、もう色々考えすぎて頭が回らない。

マンションに到着すると釣りは要らないからとタクシーを飛び降り、丁度来たエレベータに飛び乗ると、帰り際にもらっていた合い鍵を出して、それでも一応…と、チャイムを鳴らしたが出ないので、鍵を開けて中に入った。

暗い部屋。
啜り泣く声に全身凍りついた。
まさか、何かっ?!!
と、中に足を踏み入れると、リビングでペタンと座りこんだ義勇は驚いたような顔で錆兎を見あげた。

「…何か…あったか?
何か変な事とかされてないよな?」

見たところ着衣の乱れとかもなく怪我をしているような様子もない事にホッとしながら、錆兎は自分もその場に膝を着くと、ソッとその細い身体を抱き寄せた。
そして大きくため息をつく。

「…心配した……。
すごく心配したぞ……」
もう他に言葉が出ない。

そんな錆兎に対して義勇はおずおずと自分も錆兎のシャツの胸元をつかんで、ぽつりとつぶやく。

「…怒らせたかと思ったんだ……」
「は?」
「…直前の変態電話と間違って…馬鹿とか言ってしまったから……」
と、その言葉に、もしかして今泣いてたのはそれか…と、錆兎は脱力する。

「…怒ってない。それくらいで怒りはしない……」
「…ごめん…」
「…だから、怒ってないから謝らなくてもいい…。
義勇のとこに変態電話かかってくるということは、もしかして変態に義勇の身元割れているんじゃないか?と思って、すごく焦っただけで…怒ってはいないから。
無事で本当に良かった…」

ああ…もう本当に…本当に無理だと思う。
可愛いくせに自己評価が低くて無防備で……これ何かあったら絶対に助けや慰めを求めずに黙ってひっそり死んでるタイプだ…と、正直怖くなった。

どうしよう…どうすればいい……

「…もう…ストーカーでも良いか……」
はぁ…と錆兎は諦めの息を吐いた。

「なあ、義勇、頼みがあるんだが……」
と、錆兎は一つの決意をする。

「頼み?錆兎が俺に?」
涙目で見あげてくる義勇が可愛すぎて胸が痛くなる。
痛々しくて可哀想で…心臓が張り裂けそうなほど愛おしい。

「俺とな、暮らさないか?
もちろん義勇の保護者には俺が説明して頭下げる。
もうなんというか…お前は1人にしておくのは怖すぎる。
あまりに怖すぎて俺が落ちつかな過ぎて日常生活支障をきたすレベルだ…」

毒食らわば…と言うのは義勇に失礼か…とは思うが、ある意味それだ。
関わってしまったらもう気になって気になって気になって…たぶん自分が一緒に居なかった時に義勇に何か起こったら一生後悔する。

…義勇がどうしても嫌だというなら、俺のほうが終電ぎりぎりまで通うが……

と、もうこれストーカー認定されても仕方ないよな…と思いつつ言うと、腕の中で義勇は小さな小さな声で…――俺なんかが一緒にいて…いいのか?――なんて事を可愛らしい上目遣いで言って来るので、もう絶対に使うまいと思っていた、今までの人生で一度も使った事はないが決して少なくはないコネを全て総動員しても、この事案は通そうと心に固く誓ったのだった。


結局非常に不本意だが伯父の名を借りることにする。
今現在の会社、ワールド商事の代表取締役は3名。
社長として表に出るのは宇髄の祖父なのだが、残り2名は実は宇髄の祖父の長男である宇髄の父親と錆兎の伯父だったりする。
元々は錆兎の祖父が宇髄の祖父と親友で2人で代表をやっていたが、早くに亡くなった祖父の跡を継いで伯父が代表取締役を引き継いだ。


そういう関係であるため、錆兎自身はワールド商事に入社する事は避けたかったのだが、祖父に似ているらしい錆兎を現代表取締役である宇髄の祖父がどうしてもと欲しがった。

好人物ではあるが、この件に関しては容赦なく、錆兎が受ける会社受ける会社圧力をかけてくれたおかげで海外まで飛び出す事になったのだが、なんと錆兎が入社した会社ごと買収と言う荒業に出て、絶対に祖父や伯父の関連で便宜は図らないと言う確約の元、渋々退社せずにそのまま残ったという現状である。

そこまでしたわけなのだが、今回は仕方ない。
これで完全に将来的に取締役を継ぐ事になりそうだが、頭を下げて名前を使わせてもらった。

いわく…お宅の弟君を社長の跡取り(予定)が助けて以来、健康的にも身辺の安全的にも色々心配で気になり過ぎて放っておけないと言う事だから、最終的に社会人になってもきちんと当方で面倒を見るという前提で、預かれないかと社長自ら交渉。
会社はいわゆる財閥系大手なのもあって二つ返事でOKが出る。

おそらく向こうの認識(将来=ワールド商事に入社)と、錆兎の認識(現在~将来にかけて=自分の家で面倒を見る)というのには多少のずれはある思うが、こうなれば嫌でも取締役コースなので名義上秘書にでもすれば無問題だ。
実際、入社5年目にしてかなりの実績をあげているので、最終的にそうなっても社内で異を唱えるものもいないだろう。

どうやっても逃げられない運命なら、この際モチベーションとしてこのくらいの便宜は図ってもらおうと錆兎は開き直る事にした。



そして数カ月後……

「おかえり、錆兎」
当然自宅の鍵は持っているが、わざとチャイムを鳴らすと、パタパタと軽い足音と共に最愛のパートナーがドアを開けて出迎えてくれる。

料理は出来なくはないが栄養バランスをきちんと考えた食事という意味で考えると義勇はまだまだ心もとないので、当座は夕食は錆兎が帰ってから一緒に作る事になっているが、それは錆兎の希望でエプロンをつけて出てきてもらう事になっている。

ああ…今日も義勇可愛いなぁ…と、錆兎はそこで癒される。

そう、2月生まれの義勇はめでたく18歳になり、さらにその翌月に無事高校を卒業して大学生に。
これで年齢的に色々問題もなくなった。

こうして日々仕事で疲れて帰宅すると、癒し空間にダイブできるようになったというわけだ。
今の錆兎の目標は義勇に1人で料理が出来るようになって貰う事である。
そのために日々特訓中だ。

そうして義勇が料理をマスターしたら、いつか言ってもらうのだ。

――お帰り、錆兎。ご飯にするか?風呂にするか?それとも…俺か?

そう、そんな変人じみた欲求を持っていたとしても、相手がそう思っていなければ変人でもストーカーでもない。

ストーカーとは何をされるかではなく、誰にされるか、なのである。


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