なので錆兎が小皿を用意してそこに桜も食べられそうな物を取り分けると、桜はなんだか興奮した様子で歓声をあげながら、もみじのようなふっくらと小さい手をパンパンと叩いてはしゃいだ。
顔は義勇に似ているのだが、随分とテンションが高いなと錆兎は不思議に思ったが、その目の前では義勇が──鮭大根だぁ~!!と、満面の笑みを浮かべているので、ああ、そうだった、義勇も好きな食べ物が絡んだ時だけはテンションが違ったなと、笑ってしまう。
そこでいきなり吹き出した錆兎をきょとんとした目で見ながらコテンと首をかしげる様まで一緒で、本当に他人には見えない。
食事を終えると、大小そっくりな2人がカステラを口にして同じ様に顔をほころばせる様子は見て、錆兎はとても幸せな気分になった。
ああ、こんなふうな生活がしたかったんだよな…と、しみじみと思う。
いつまで預かるのかはわからないが、もし親が近くにいるなら、また預からせてもらえないだろうか…
そんな事を思いながら食事を終えて、風呂は赤子とは言え女児なので一応今は女性になっている義勇が入れようとしたが、赤子はこれも何故かふくふくとした短い腕を伸ばして、『とぉた、とぉた』とぎゃん泣きをするので困ってしまって、結局錆兎が入れる羽目に。
「お前にそっくりなくせに、なんだかお前より俺にべったりなのは何故だ…」
と、錆兎が風呂から上がっても短い手足で這いずって錆兎のあとを追い回す赤子の姿に不可思議そうに眉を寄せると、結局錆兎が赤子を抱っこしている間にと布団を敷いていた義勇は
「俺にそっくりだからだろう?
俺は俺自身よりも100倍は錆兎の方が好きだ」
と、何を当たり前のことを、と、言わんばかりの顔で言う。
その答えに錆兎はまた複雑な表情になった。
いや、嬉しいが…嬉しいのだが、女性の姿で言われると余計に、おそらく義勇の言う”好き”は自分が義勇に対して思っている”好き”とは違うのだということを忘れそうになってしまう。
もし義勇が本当に女性として生まれたのなら、錆兎と同じ意味合いの”好き”という感情を錆兎に向けてくれただろうか…と、考えても仕方のないことながら思ってしまうのである。
それでもなんのかんのでまるで小さな赤子を持つ夫婦のように、桜を挟んで川の字に並んで布団に横たわる。
そう言えばこうして義勇と布団を並べて同じ部屋に寝るのは久しぶりだ。
思春期の頃…色々と耐えられなくなって錆兎の方から、もう子どもではないのだからと申し出て襖を隔てた隣の部屋に寝るようになっていたから…。
でも桜がいる間は特別だ。
せめて僅かな時間だけでも疑似家族気分を味わわせてもらおう。
自分たちの間にこんな関係が訪れることなど、絶対にないのだから…
錆兎がそんなことを思いながら灯りを消して寝返りを打った瞬間…錆兎と義勇の間…ちょうど赤子が眠っている場所がキラキラと光る。
「え?な、なんなんだ?!おいっ、義勇、起きろっ!!!」
慌てて半分眠っている義勇を揺すると、義勇は眠そうな目をこすりながら
「ああ…時間…なのか……」
と、つぶやく。
「時間ってなんだ?なあ、なんか桜が透けてるぞっ?!」
消えそうになる赤ん坊に手を伸ばすと、スルっと手が空気をつかんだ。
「おいっ!!桜が消えてしまうっ!!!」
必死な錆兎とは対照的に義勇は少し寂しそうだが冷静だ。
「ああ…こっちにいるのは…今日いっぱいだったから…」
「…今日いっぱいっ…て……聞いてないんだがっ?そんなの聞いてないっ!!」
必死な形相で肩を掴まれ、義勇は少し戸惑ったように
「…心配しなくても大丈夫だ」
と、錆兎を見上げた。
「へ?」
「あれは…未来から来た俺が産んだ俺の子らしいから……」
「はあぁぁ~っ?!!!」
いや…確かに似てた…似てたが……
”俺が産んだ”ってどういうことだ?
もう色々がぐるぐるしつつ、錆兎は義勇に詰め寄って問い詰めた。
「誰との子なんだっ?!」
「…聞いてない。昨日の0時に急に未来の俺だという俺そっくりの男に丸一日預かってくれって言われて……」
”産ませた”ではなくて、”産んだ”?
男なのにどうやって?というのはこの際おいておいて、”産んだ”ということは、誰かと子が出来るような事をしたということか?
つまり…つまりだ、義勇は相手が男でも問題なかったということなのか?
自分でも良かったかもしれなかったのか?!
諦めることはなかったのか?
諦めなければ、今日のように愛しい妻子に囲まれて暮らす未来があったのか…?
なのに勝手に無理だと諦めてしまったから、他の男に持っていかれてしまったのか…
そのとてつもなく幸運な男は一体誰なんだ?!!
そんなことで頭の中はいっぱいで、思考回路はぐちゃぐちゃだ。
「…義勇……」
掴んだ義勇の肩を布団に押し付けて、錆兎は義勇を見下ろした。
「え…?…さびと?どうしたんだ?」
急に不穏な空気を纏う錆兎に義勇は驚いて暴れるが、それでなくても女性化しているせいでビクともしない。
「なあ、どうしたんだ?いったい何を怒っているんだ?」
怖い怖い怖い怖いっ!!!
今日帰ってきてからずっと穏やかにフォローを入れてくれていた錆兎の急変に、義勇はすくみあがった。
「…義勇…お前……誰と子ども作る気なんだ?」
「…え?」
「…言え…相手叩き殺すから…」
「…ええっ??なんでそうなるっ?!!!」
凍りつきそうな声でそう言ったあと、錆兎は、あっと、良いことを思いついたとばかりに笑みを浮かべた。
「そうだ…子ども…作れないようにしたらいいんだよな?
すでに腹にいる間は作れないよな?」
「ちょっと待てェェ~!!!!」
…2年後の2月8日…
「…あの時…本気で怖かったんだからなっ!」
思い出して涙目になる義勇に、
「ははっ、ごめんな~。あまりのショックにすっかり頭に血が登ってた」
と、錆兎はちゅっと口付ける。
すると義勇が過去の自分の所に預けたあと無事に戻ってきた愛娘が、
「とぉた、ちゅ~~!!」
と、バタバタと暴れる。
「はいはい。桜もちゅ~なっ」
と、錆兎は愛娘のふっくらしたほっぺにもチュッと口付けた。
こうして…2つの時代でそれぞれの2月8日が過ぎていく。
「まあ、でも、お前の血鬼術が解けた上に桜が無事戻ってこれて本当に良かった…」
と、安堵の息をつく錆兎。
そう…あれから可愛い奥さんを可愛がって可愛がって可愛がって…そうして授かった一人娘が生まれた頃に丁度原因となった鬼を倒せて血鬼術が解けて男に戻った義勇。
それでも義勇が可愛いことには変わりはないし、二人の愛の結晶もいて幸せに暮らしていた。
が、誕生日はトラブル日なのか、2年後の同じ日に今度は桜を抱っこしている状態で桜ごと義勇が過去のあちこちに飛ばされる血鬼術を食らってしまった。
飛ばされる過去は必ずしも安全な場所ばかりではなかったので、義勇は自宅に居る時の過去の自分にいったん桜を預けることにしたらしい。
こうして半日ほどで血鬼術は効力を失って、義勇も桜も無事戻ったのだが、今回は本当に肝が冷えた。
まあ…落ち着いて考えてみれば、これがなければ桜が生まれていなかっただろうし、これがなければないで大変な事になってはいたのだろうが…
しかし本当に偶然だが、今回も錆兎は義勇と別の任務ででかけていて、カステラを土産に鮭大根の材料を抱えて家に急ぎ帰った瞬間の出来事だった。
なんだかこの組み合わせが悪いのだろうか…。
来年の義勇の誕生日には、前日から休みを取らせてもらって、ずっと一緒にいよう。
一昨年そして今年の血鬼術は確かに必要なものではあったが、愛妻と愛娘を手に入れた今はもうトラブルはこりごりだ。
義勇の誕生日は家族で楽しく祝いたい。
そんな事を思いながらも、錆兎は彼の全てである二人を両手に今の幸せを噛み締めたのだった。
【完】
補足という名の後書き
色々わかりにくい話になってしまったので、説明追加しておきます。
19歳の義勇の誕生日。
錆義が1歳前くらいの愛娘桜と暮らしてます。
錆義は二人で対の水柱。
その日は錆兎と義勇は別々の任務で義勇は鬼を倒すも気付かずに鬼の血鬼術を喰らって帰宅。
預けていた桜を抱っこしていたところに、同じく任務を終えた錆が急ぎ帰宅。
さあ、お誕生日の祝いをと思ったら、いきなり義勇が食らった血鬼術が時間差で発動してしまって桜を抱っこしたまま過去のあちこちに飛ばされる。
で、安全な場所ばかりではないので、義勇は過去の自分の所に飛ばされた時に、そう言えば昔…と過去に桜を預かったことを思い出して一日だけ預かってくれといって、桜を預ける。
血鬼術は一日で消えて桜も自分も本来の時、本来の場所へ。
いきなり現れた未来の自分と未来の子ども。
そこは不思議に思いながらも変に肝が座っていて受け入れる義勇。
「で?誰との子だ?」
と、まあ一応そこは聞いてみるけど
「すまない。過去の人間に未来を教えると未来が変わってしまう可能性あるから。
でもわかるだろう?」
と、ドヤ顔で言われて、ああ、自分が子どもを作る相手なんて錆兎以外いないなと納得。
「じゃあそういうことで、よろしく頼む」
と、また未来の義勇は時の狭間へ。
そこで例のミルクを作ったら桜はその不気味な液体にビビって飲まない。
未来では当然お食事はパパ担当。
こうして半日悪戦苦闘。
水以外口にしてくれない桜に困って泣く義勇と、約半日ゴハンを食べて無くてお腹ペコペコで泣く桜の前に颯爽と錆兎登場。
2年くらい前なだけだと全然みかけも変わってない&同一人物なので、桜はようやくパパが来てゴハンもらえると思って「まんま…とぉた(父さん)…まんま~」と言うわけです。
で、本文中のように色々あって、桜が未来にリターン。
錆兎がぷち~ん…
冗談じゃないっ!と思って最後、義勇が身ごもってしまえば、他の相手の子を身ごもれないじゃないか…と、訳の分からない発想になって襲ってしまって…見事出来た子どもが桜。
なんだ、あれ、俺の子だったのか、というタイムパラドックス(?)なのでした。
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