続聖夜の贈り物_3章06

トポトポと湯が注がれたガラスの急須の中で、湯を吸った花が開いて行く。
その綺麗さに目を奪われていると、花が開ききったところで、その急須から茶が注がれた。


王に連れて行かれた部屋は香の香りのする少しうす暗い部屋で、でも薄暗いのに自分が実家で過ごした自室のように不快感がない。
落ち着く暗さだ。

「まあ…本題に入る前に、カトル・ビジュー・サクレに関わったとある男の昔話でもしてやる。少し茶でも飲んでゆっくりするね」

王はゆったりとアーサーの正面に腰をかけると、そう言って軽く目をつむった。

「昔…もう本当に遠い昔のことあるよ…。

カトル・ビジュー・サクレは力を使える時期が来た時、4つの欠片が選ばれし者によって一つになって初めてその能力を発揮する宝玉で、その選ばれし者はその世に必ず唯一で、選ばれし者が亡くなればまた時を遠くせず、あらたにどこかで選ばれし者が生まれる。

今から人の生としてはありえないくらい長い時を遡った頃、宝玉によって選ばれたのは静かな田舎の村の祭司の次男だったある。

兄弟の実家の神殿のご神体は宝玉の欠片の一つ炎の石で、次男が生まれる前にご神託でこれから生まれる次男が選ばれし者だと言う事は明らかになっていた。
そのため父親はその子供が生まれる直前に宝玉を狙う者に殺され、長男は身重の母とご神体を守って身を隠したが、その母も逃亡中の無理が祟ったのか、次男を産んですぐなくなったある。

こうして炎の石と選ばれし者である次男は長男一人に託される事になったある。
家、両親、神殿、生活の糧、全てをなくした長男に残っていたのは唯一その弟とご神体だけで、それでも他に何もなかった長男は次男に愛情を注いで育てたある。

身元がばれないように定期的に居住する場所を変えなければならないため、定職につくこともできず、泉の水をすすり、果物を見つけては長く食べる事ができるように干して加工し、本当に何もない時は食べられる野草をむしって命をつなぐ…そんな生活だったが、長男にとっては弟と一緒に暮らしたその時期が一番幸せな記憶だったある。

でも日々の生活の中で、ちゃんと伝える事をしてなかったね。
だから弟は他の家庭のようでない今の生活の要因が自分にあると知った時、ただただ絶望し、兄に対して罪悪感を持ち、最終的に自ら命をたったある。
弟の残した最期の手紙には育ててくれた事に対する礼、自分のために犠牲にさせたであろう兄の時間に対する謝罪、最後に自分がいなくなる事で兄に自由に幸せになって欲しいとの願いが綴られていたね。

こうして兄は全てを失って、ちゃんと伝えなかった事を死ぬほど後悔して泣き暮らしたある。
兄の幸せは弟と共にあったから、弟を亡くした時点でもう兄に幸せをつかむ事はできなかったある。
貧しい暮らしも、つらい逃亡生活も、弟さえいれば全て楽しい時間だった…と、伝えなかった事を後悔して後悔して…でもあとのまつりね。
食べる事も眠る事も忘れてひたすら嘆くうち、心は凍って何も感じなくなったある。

なのにご神体を守ってきた一族なためか炎の石の力で命だけはつながれていて、死ぬ事も出来ぬ身に絶望した兄は、だれもこない山奥で気の遠くなるほど長い時を過ごす事になったある。

ところがある日、本当にきまぐれに人里に下りた時に目にした村の若い夫婦の子供に兄はひどく心を動かされたある。
数百年ぶりに感情が戻った気がしたね。
亡くなった弟に似たその赤ん坊は両親に囲まれて幸せそうで…でもどうしても欲しくなったね。
しかし無理にさらったところで周りに追われる逃亡生活では弟の二の舞ある。
そこで兄は村の人々の信頼を得る事にしてそのために自分の持っている知識を費やしたあるよ。
そうして徐々に子供を預かり、さらに信頼度を増し、例の子供の親夫婦にそのまま捨ておくには才能のありすぎる子供だから、自分がその子を引き取りたいと申し出たある。
誰も賢者として知られる兄のそんな裏に気付く事はなく、兄は子供を合法的に引き取る事に成功したある。

引き取った子供はただただ無邪気で可愛くて、その上賢い子供だったから教える事を土が水を吸うがごとく吸収していく。そんな子供に自分が持つ知識を教えていくのはとても楽しかったね。

でも悪い事はできないあるね。
聡明な子供は大きくなって、そんな兄に何か薄暗いものを感じるようになったようで…距離を取ろうとしているようね」

「そうじゃない…」
少し寂しそうに笑う王の言葉をアーサーは遮った。

「兄はまた伝えてないからじゃないか?
子供は自分が欲せられて引き取られた事を知らないから…愛情が信じられないんだ」
いきなりのアーサーの言葉に王は目を丸くする。

「子供だって弟と同じだ。
兄の事は好きでも迷惑かけてるのがつらいんだ。
だからちゃんと言ってやってくれよっ。
仕方なくじゃなくて、お前と一緒にいたかったからわざわざ引き取ったんだって」

菊だって自分と同じだ…と思う。

自信がなくて愛されたくて、愛されていると信じられなくてもがいてもがいてもがいて…
詰め寄るアーサーに、王は小さく笑った。

「そうあるな。そう言えば兄はまた言ってなかったね。
でも…現実にはもういるのかもわからない、とある男の昔話なだけあるよ?落ち着くある」
そう言って王はアーサーの湯のみに茶を注ぎ足した。

そして、
「ま、いい。本題に入るね」
と、王は強引にその話を打ち切った。


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