いつか旅立とうとは思っていたものの、それがこんなに早く急になるとは思ってもみなかった。
(みんな…俺がいなくなって、少しは寂しがってくれてるかなぁ…)
いつも自分の代りはいくらでもいるのだと思っていた。
だって跡取りであるルートと違って、祖父の孫は数多く居る。
王族であるということは別に特別なことではない。
口にして肯定されてしまってはとても立ち直れそうにないので、口にした事はないけれど…。
好かれている自信はあっても、愛されている自信がない。
それがフェリシアーノの本心だった。
100人に好かれるよりも、1人に深く愛されたい。
「“愛されるなら一番に。二番三番は死んでも嫌。
そのくらいならいっそ殺したいほど憎まれたい”かぁ…。
…まあ…俺はその100人にも嫌われてたらそれはそれでショックなんだけどね…」
というつぶやきは波間に消えて行く。
愛が欲しい…という自分の欲望はなかなか満たされる事を知らない。
自分は貪欲なのだ、と、フェリシアーノは思う。
恋人の愛…は当然として、友愛ですら一番じゃないと嫌だ。
そういう意味では、まだ他者をあまり知らないアーサーは理想的な友人だった。
世間知らずで無知で…フェリシアーノを頼りとしている。
それでいて、可愛いモノが好きなフェリシアーノのめがねにかなうくらい可愛い。
恋情はいいのだ。恋情は許せる。
恋情の相手なら友愛の一番にはならないからだ。
だから、アーサーがそういう意味で意識しているのかはわからないが、ギルベルトに対してはぜひ恋情を持って欲しい。
あの王族の中でも群を抜いて有能な男と一番の親友の座を争うのはちょっと厳しそうだ。
ルートは…アーサーにとって友人にはなれても親友にはならないだろう。
少女のようにウェットなアーサーの趣味趣向をルートヴィヒが理解し共感するとは思えない。
問題は…あの髭の男だ。
情緒的なものを汲みとる能力にたけていて、何故か必要以上にアーサーにちょっかいかけている気がする。
とても不快だ。
「アーサーの友達は俺だけがいいよ」
ぷく~っと一人で膨れて見せる。
アーサーの方もそう思ってくれればいいのだが、育った環境が不遇だったせいか、彼はあまり他人に何かを望む事をしない。
そのくせギルベルトに会うまで他人に好意を向けられる事がなかったため、好意を向けられるのに弱く、あっさりと受け入れてしまう。
フランシスが料理上手だというのもまた嫌だ。
アーサーに可愛いお菓子を作ってあげるのも自分だけで良い。
大陸に着くまでの我慢…と言ったのは自分だが、自分の方が先に癇癪をおこしてしまいそうだ。
王子としての全てを捨ててきた。
もちろんそれは自分が望んだ事だけど…でも一応こんなに早く出発する事になった直接の原因はやはりアーサーにあるわけだから…
「ちゃんと俺を一番にしてくれなきゃずるいよ。…ばかっ」
王子時代に築いたものと違って、頑張って自分で築いた関係なのだ。
誰かからのもらいモノではない、自分が頑張って勝ち取った親友。
だからちゃんと身代わりじゃなくて自分が唯一、自分が一番になってもいいはずだ。
なんであんな髭と仲良くするんだろう…。
ひっくひっくとしゃくりを上げながら泣いていると、フェリシアーノに吹き付ける潮風がピタリとやんだ。
「お前は全く…一人で泣くなと何度言ったらわかるんだ」
突然できた壁に後ろを振り向くとルートヴィヒが立っていた。
「ルート…どうしてここへ?」
ゴシゴシと涙をぬぐおうとするフェリシアーノの手をルートヴィヒが止める。
「お前がいないから…泣いているのかと思った。」
そう言って、視線をフェリシアーノに合わせるため、少しかがむ。
「笑う時はいい。笑っているお前と一緒にいる相手はたくさんいるだろうからな。
でも泣く時はお前は一人でいようとするから…一人で泣くくらいなら俺を呼べ。
俺は面白みのない男だからいつだってお前を笑わせる事など出来ないが…お前が泣きたい時に、側にいれば安心して泣ける唯一の人間になれればとても嬉しい」
薄いブルーの瞳が優しい光を持ってフェリシアーノをとらえる。
「もう…ルートって…」
かぁぁ~っと頬が赤くなるフェリシアーノ。
いつもいつもいつも…普段は不器用で全然甘くなんてなくて、なのになんでこういう時だけそんな殺し文句を吐くんだろう…。
「そんなんだから俺、特別になりたくてベッドに忍び込んじゃうんだからねっ!
俺のせいじゃないんだよっ。ルートが悪いっ」
「今の話がいつそんな話になったんだ??」
突然のフェリシアーノの言葉に、心底意味がわからず困ったように眉を寄せるルートヴィヒ。
それでも笑顔に戻るフェリシアーノに、まあ、いいか、とため息をつく。
アーサーに対するフランシスの接近はやっぱり気になるけど…
可愛こぶりっこ泣き落とし、姑息な手まわしに単なる脅し、全てを駆使して親友の座は全力で死守させてもらうけど…
笑顔の元はやっぱりお前(ルート)だね。
抜けるような青空の下、晴れやかな笑顔がフェリシアーノに戻る。
(大陸までの我慢だもん)
そう思い直すフェリシアーノの目論見は大きく外れるのだが、フェリシアーノもルートヴィヒも…もちろんギルベルトもアーサーも、今はまだその事実を知らない。
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