聖夜の贈り物Verぷえ4章04

「さて、頑張るか…」

そんな気持ちを振り切るようにギルベルトの育てるジャガイモ畑に着くと、アーサーはいつものように軽く目をつぶって呼吸を整えた。


そして意識を大気、土、太陽の光などに集中して気の流れを読み取り、自然の状態の気を慎重に慎重に変えていく。

小さく紡がれる呪文。
それに呼応するように、風がジャガイモの葉を揺らした。

成長の呪文…
太陽光と大地の栄養、それを植物が育つのに限りなく理想的な形態、分量にして注ぎ込み、植物の成長を促す。


一見じみ~~な魔法だが、多数の要素を複雑なコントロールで操るそれは、実は数千単位の敵兵を一瞬で消し炭にするよりも難しい。

東の国随一の魔術師一家の中でも飛びぬけた才能と魔力を誇るアーサーの力をもってしても、一区画分にかけるのが精いっぱいだ。

初めてやろうとした時には効果範囲を欲張って広くし過ぎたせいで魔力を使い果たして、そのまま気を失っていたところをギルベルトに発見されて連れ帰られたくらいに、大変な魔法なのである。

しかしそれを才能の無駄遣いというなかれ。
その一帯のジャガイモだけは他とは明らかに違う力強い生命の息吹があふれ出ていて、やがて収穫して食べたら栄養も味も極上の一品になるのが伺える。
一度食べたら忘れられない、そんな特別なジャガイモができるはずなのである。


物心ついた頃から魔術を学ぶか戦争に駆り出されるかで、ほぼ薄暗い自室と埃臭い資料室、それに血なまぐさい戦場しか知らず、魔術を取ったら何もできないと言っても過言ではないアーサーの精いっぱいがこれだった。

魔術師であると言う事は当然ばれてはまずい事実ではあるから、ギルベルトに魔法を使っていると気付かれない貢献というのはこれくらいしか思いつかなかったのだ。

(別に恩返し…とかじゃなくて……借り作ったままなのが嫌なだけなだからなっ!)
と心の中で言いわけをするのはいつものことである。

魔法で育ててる事を隠してる時点で、こんな恩返しにギルベルトが気付くわけはないのだが、それでいい、とアーサーは思う。

そう遠くない将来、ギルベルトから西の国に不利益な情報を引き出して帰還する事になった時には、さすがのあのおひとよしもアーサーの事は嫌な思い出になるだろうから。

それでもアーサーの想いがこもったジャガイモ達は決して本人にそれと知られることなく、極上の味で彼をなぐさめ、その完璧な栄養は、彼の血となり肉となり、明日を生きる活力を与えるだろう。

(人生の中で最初で…おそらく最後の愛情を贈ってくれた事に感謝をこめて…。)

と、決して本人に面と向かってなど言えないが、感謝の言葉どころか別れの言葉すら贈れないであろうその時の分までの想いをこめて、呪文の詠唱を終えたアーサーは身をかがめてジャガイモの葉にソッと口づけた。



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