生贄の祈りver.普英_12_4

あの日と同じ…いや、あの日より状況は悪いのだろうか…。
最後にアーサーの姿を確認したのは2時間ほど前だ。
せめて飛び降りてからそんなに時間がたってなければいいのだが……。


前回は飛び降りた直後にあとを追っても、助け出した時にはもう呼吸が止まっていたのだ…今回は……


考えたら動けなくなりそうで、ギルベルトは必死に嫌な考えを追い払うように水の中で手足を動かす。

何故…何故いまさら急にこんなことを……
いや、本当は予兆があったのを自分が見逃していたのかもしれない。
もっと注意して見ておくべきだった…。

目を凝らしても一向にあの金糸は見えない。
細い手足も…ギルベルトが何より愛したペリドットも……。
体にまとわりつく冷たい夜の海の水よりも、心ははるかに冷え切っていた。

もし…あの子がもう失われてしまっているのだとしたら……

吐き気がこみ上げて来て、口を開けたとたん流れ込んできた海水で呼吸を失う。
幼い頃から慣れ親しんだ海で溺れかけた時、後ろから腕が伸びてきて、頭だけ海上へとひきあげられた。

「エリザ…あいつ、みつかったか?」
わずかに抱いた希望は、少しつらそうに無言で顔をそむけるエリザの態度で打ち砕かれる。

「探さなきゃっ!」
また潜りかけるギルベルトの腕をエリザはさらに強い力でつかんだ。

「あんたどんだけ水ん中いるかわかってる?いくらなんでも無茶よ。もうやめときなさい」
「でもっ!」
「もう3時間よ!夏ならとにかくまだ水だってこんなに冷たいのにっ!」

3時間……ギルベルトは血の気を失った。

「早く探してやんねえと…アルトは体強くねえのに、そんなに長く水に浸かってたら死んじまう!」
ふりきって潜ろうとするギルベルトの腕をエリザは引き寄せて言う。

「ええ、そうよ!あの体の弱い子だもの。よしんば見つかってももう手遅れよっ!諦めなさい!」

「エリザ…。何言ってんだ……。」
信じられない…聞きたくない言葉だった。

「認めたくないのはわかるけど、現実を見なさいよ。ほんの十分ほどで死にかけてたあの子が、3時間も水ん中いて無事なわけないでしょ。…いい?もう一度言うわ。諦めなさい。あの子は死んだのよ」

「…嘘だ…そんなはずはねえ。あの子は…あの子は俺のモンだ!神様にだって渡さない!」

「落ちつきなさい、とりあえず岸戻るわよ」
うながすエリザの腕をギルベルトはものすごい力でふりほどいた。

「いやだっ!!アルトが死ぬはずないっ!!助けてやらないと…早く助けてやるんだっ!!」
言って潜りかけたギルベルトの後頭部にパコ~ン!と空飛ぶフライパンがヒットした。
そのままズルっと気を失うのをギルベルトが支えて、エリザが乗る小舟まで泳ぎ着く。


「エリザ……もう少し手加減してやってくれないか、一応国王陛下なんだし…」
ルートにとりあえずギルベルトの腕を預けて、自分が舟によじ登ると、エリザは気を失っているギルベルトを引き上げた。
長く冷たい海水につかっていたギルベルトの体はすっかり冷え切っている。
そして、気を失いながらも血の気の引いた唇は、自身がもっとも愛したペリドットの瞳の持ち主の名を何度も何度も呼んでいた。


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