4人兄弟の末っ子…と言えばさぞや可愛がられていそうな印象を受けるが、正妻の子である上3人とは腹違いの妾の子、歓迎されざる存在だ。
それなのに名門魔術師一家の中でも飛びぬけて高い能力を生まれながらにして受け継いでしまった。
それがより、実兄達にうとまれる原因になってしまっている。
本来送られるはずのない、こんな僻地の最前線で休みなく戦っているのもそのためだ。
立派な装備、立派な家…どちらも名門の家の者としての体面を保つため付与されているにすぎず、自分自身の自由にできるものではない、と、少年は理解している。
多くの召使にかしづかれ、自分一人が暮らすには広すぎるほど広い部屋をいくつも与えられていても、この小さな客人一人招く自由は与えられていない。
一緒にいたければ少年の方がここにいるしかない。
傾きかけていた日がすっかり落ちる頃には、空からちらほらと白い雪が舞い落ちてきた。
ホワイトクリスマス…。
停戦時間からだいぶ時間がすぎている。
今頃一緒に戦っていた兵達は暖かい自宅で家族とこの雪を眺めているのだろうか…。
子供のいる家ではきっと、こどもが窓の外を見てはしゃいで、兵達は戦場での険しい戦士の顔から一変、優しい親の顔になってその様子に温かいまなざしをむけているだろう。
寒さにだんだんと体の感覚がなくなっていく。
薄れかける意識を引きもどすように、たまに子猫が
「にゃぁ」
と鳴く。
そのたび少年はなんとか意識を保って、その柔らかな小さな頭をなでた。
それが唯一この世に存在する温かさだった。
それを何度繰り返しただろうか…
またうとうとしかけた少年は、膝の上の存在がビクっと緊張で体をこわばらせたのを感じ取って、ハッと目を開けた。
(やばいっ!)
長い時間戦場に身を置いてきて身に付いた感覚が、考えるより早く膝の上のベストごと子猫を抱え込むと丸めた自分の体の下に避難させた。
次の瞬間、背中を襲う衝撃に息が詰まる。
いつのまにか白くなった地面にポツリポツリと赤い雨がふる。
(ああ…最期は一人ぼっちじゃなかったんだな…)
体の下で聞こえる子猫の鳴き声に、少年は微笑んだ。
いつも一人だった自分に最期に看取ってくれる存在を与えてくれたのは、最初で最後の神様からのクリスマスプレゼント…聖夜の贈り物だったんだろうか…
もう痛みも寒さも感じない気がした。
ただただ幸せな気分で少年は静かに目を閉じ、意識を手放した。
天国への階段は自分で登らないでも良いらしい…。
温かい何かに抱えられてふわりふわりと揺れる感覚が気持ちよくて思わず顔がほころぶ。
(なんだ…気付いてたのか?お前、名前は?)
遠くで声がする。
いや、遠くで…と思ったのは、どうやら体感的なものだったらしい。
うっすら重い瞼を開けて見あげると、そこに天使の顔が見える。
月明かりのなか、キラキラと輝く銀色の髪に、陶磁器のように真っ白な肌。
すぅ~っと切れ長の澄んだ目は燃えるような赤で、その他顔を彩る高い鼻も薄めだが形の良い唇も、なにもかもがこの世のものではないように美しい。
まあ、天使だからこの世のものでなくても当たり前なのだろうが…
とにかく天使様の問いには答えなければならない。
そう思って、少年は短く答える。
(…アー…サー…)
天国の空気にまだ馴染めてないんだろうか…それだけで喉がつまってひどくせき込んだ。
すると体を抱えている腕がちょっと緊張したようにこわばって、焦ったような声が
(悪いっ。しんどかったらしゃべらなくていい。もうすぐ着くから、辛抱してくれ)
と、降ってくる。
その今まで経験した事のなかったまるで自分を心配しているような声音に、なにか胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、少年…アーサーはポロリと涙をこぼした。
Before <<< >>>Next (1月1日0時公開予定)
0 件のコメント :
コメントを投稿