ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん原作_13

「病んでるよな…」
白鳥姫乃が警察に連行され、海陽生徒会役員一同が見回りに戻って行った後、コウはぽつりとつぶやいた。


「白鳥姫乃?有栖?」
ユートが聞くとコウは小さく首を横に振って言う。

「いや、俺が。金程度の事で姫を傷つけた犯人を今でも殺してやりたいと思ってる…。
こんな状況で冷静なユートはすごいな。
俺、お前の立場なら逆上して犯人殺してるかもしれん」

もしかして…あのいつにない厳しい態度と不機嫌さはそれだったのか…とユートは内心呆れた。

確かに…普通ではないとは思うものの…しかし…

「でもさ、取り返しのつく程度の事で彼氏に殺人犯になられても困ると思わね?」
ユートが苦笑すると、コウは
「そういう冷静さがな…なくなる。言われてみればそうなんだけどな…」
と、唇を噛み締めて片手で顔を覆う。

「まあ…なくなった時には俺が指摘してやるから」
ユートが軽く肩を叩くと、それに
「ああ、頼りにしてる」
と、コウは少し肩の力をぬいて笑みを浮かべた。


「ところで…」
ようやく心身ともに戻った平和。

そこでやめておけばいいのに、空気を読まないアオイはまたつついてはいけない所をつつく。

「結局さ、私とユートが屋上へきた理由ははっきりしてるわけだけどさ、フロウちゃんはなんで来たの?呼び出されたわけじゃないでしょ?」
アオイの言葉にフロウは
「まあ…済んだ事はいいとして…」
と、クルリと後ろを向いた。

「…姫…まさか…」
少し穏やかになっていたコウの表情がまた険しくなる。

そしてそのまま駆け出してマリア像によじのぼるとマリア像の胸に当てた右手の隙間を覗き込み、そこにあった物を取り出して来た。

「…これは…なんだ?」
「…えっとね…鉛筆…ですね。数学の試験…赤点取らないように~なんて…」
エヘヘっと可愛らしく笑って言うフロウ。

屋上のマリア像の右手の隙間に願い事を書いた紙と共に願いを叶えたい物を置いて7日間放置をするというおまじない…。
それは藤の最愛の親友桜が始めたはた迷惑な習慣。
それで桜は台風の日に置いた物を回収に来て足を滑らせて、当時はまだ低かった屋上のフェンスを越えて転落して転落死。

それから5年間後、そのおまじないに気付いて同じ事をしていたフロウの口から真実が明かされるまで、自殺したと思われていた桜の死を巡って、藤と同じく桜を溺愛していた幼稚舎からの友人美佳が同じく幼稚舎からの友人で当時桜に嫌がらせをしていた舞のせいと誤解して殺人事件を起こすまでに至ったと言う恐ろしい結果を招いた。

桜が転落死してからフェンスは高くなり、下まで落ちる事はなくなったわけだが、それでも屋上から1m強ほどよじのぼる事になるその作業は充分危険で…

「姫~…これ禁止って言ったよな?!」
「だってぇ」
「だってじゃないっ!なんでも願い叶えてやるから、危ない真似はって…」
「だって、コウさんに代わりに試験受けてもらうわけにいかないじゃないですか~」
フロウの言葉に脱力して座り込むコウ。

「勉強…教えてるだろ?」
「うん…だから赤点取りたくないかなぁって…」
「取ったら取ったでまた追試までに教えてやるからやめろ…」
いくら外敵を排除しても自滅されたら全然意味がない。

「でもぉ…」
「でもじゃないっ!約束っ!最悪留年してもいい!
どうせ姫は短大で2年なんだから俺が4年で東大卒業するまでに卒業できれば問題ないっ!」
珍しく強い口調で言って立ち上がるコウをフロウはジ~っと見あげた。

「…じゃあ…ゆびきり?」
フロウが差し出す小指にコウが指を絡ませると、フロウがいつものように歌いだす。

「ゆ~びきりげんまん、嘘ついたら針千本…」
と、そこまで歌った時に、コウが慌てて手をひっこめた。

フロウはそんなコウを不思議そうに見上げる。
ちょこんと首をかしげるフロウにコウが考え込んだ。

そして結論。
「俺が飲むから」
「…コウさん?」
「俺が針千本飲むからなっ!姫がもう俺が死んでも良いって思わないうちは、やるな」
「…何か違いません?」
「違わないっ。姫に危ない真似されるのも嫌だが針千本飲まれるのはもっと嫌だっ」
まあ…確かにそうだ…。本末転倒である。

「相変わらずだねぇ…」
ぼ~っとそんなやりとりをユートと並んで眺めてアオイがつぶやいた。
自分が発端だという自覚など当然ない。

「私さ、思ったんだけど…」
「なに?」
「恋愛ってさ…病気だよね」
「はあ?」
アオイは相変わらず唐突だ。悩むユート。

「コウみたいにさ、道徳心強いはずの人間でも相手犯罪者とは言っても殺してやりたいとか言っちゃったりとかさ…私だってこの年になって新宿の中央線のホームなんて人いっぱいの場所で泣き出したりしてたし…上から目線で絶対に冷静さを崩さないはずの和馬さんでさえ前回の藤さんに対する成田さんの態度でぶちキレたしねぇ。
その瞬間の行動だけ見てると、おかしいよね…。
コウじゃないけど…ユートくらいじゃない?自分なくさないのって…」

本当に…そういうところに惹かれてもいるのだが、同時にアオイはその冷静さに不安になる。

春休みに一緒に旅行に行った時ずっとユートの彼女になるのが夢だったと言っていた真由、今回の有栖…確かにユートはモテるのだと思う。
アオイはため息をついた。

彼の方がモテてもコウのようにもう他は女と見なさないくらいに思っているのがわかるくらいならまだいいのだが、ユートは万人に優しい…そう、そこに自分は惹かれたのだが、自分が惹かれるという事は他も惹かれるということなのだろう…。

それでもまだフロウ並みに他がもう絶対的に敵わないと思うくらいの超絶美少女だったら良かったのだが…自分の場合、自分よりも可愛い子など世の中にいっぱいいて、そういう子がユートに次々言いよってくる事を考えると、泣き出したくなる。

「何をまたグルグル頭ん中回ってるのかね、このお馬鹿さんは」
そんなアオイの心のうちを読んだかのようにユートはアオイを抱きしめて、その頭にあごをのせた。

「俺なんてね、さっき法律無視で警察騙せないかなぁとか考えてたくらい病気よ?」
「騙す?」
アオイは少し体を離して自分よりかなり背が高いユートを見上げる。

「そそ。あのままアオイが捕まる様な事あったら、俺自首しちゃおうかなぁとか考えてましたよ?」
「…ユート///」
真っ赤になるアオイにユートは苦い笑みをみせる。

「コウみたいにさ、華麗に解決とかしてあげられないからね。
最初にアオイに携番聞いた時にも言ったっしょ?俺は所詮普通の高校生だからさ、守りきるとか無理だけどさ、やる気がないわけじゃないからね、一応。
まあ…捨て身でもやってあげられる事なんてたかだか知れてるわけなんだけどね」

ああ…そうだった。
最初の殺人事件の時、犯人に自分が拉致された時に危険な現場に真っ先にかけつけてくれたのはユートだった。

犯人を倒したのはコウだったが、自分が心細い思いをするだろうからと真っ先にかけつけてくれたのはユートだったんだ…。

アオイは今更のように思い出した。

確かにユートも自分のために普通じゃありえない行動をしてくれているのか…。
それこそ命がけで…。

「ま、アオイが考えてる事なんとなくわかるけどな…、ユートは俺と違って頭いいだけ。
なんでもかんでも暴走するんじゃなくて、本当に取り返しのつかない事になる時だけ全力だしてる」
アオイの考えをまとめるように、いつのまにか側にいたコウがそう言ってアオイの頭を軽くなでた。

まあ…基本スペックが違うから出来る範囲の事が違うだけなんだけど…そう見えてるなら成功だな、と、ユートはそのコウの言葉に、まるで常に上から目線で他人を見ている某皮肉屋な人物のように思った訳だが…。

自分から見るとスペックは別にしてもコウの方がよほどすごい、と、ユートは横に立つ親友に視線をむけた。

理屈と言うか裏がありすぎる実姉の遥も怖いが、もう…裏がないどころか空間感覚すらない電波はマジ怖い。
あれに比べれば本当にアオイの訳のわからなさなんて可愛い方だ。
初めて日本語が通じない相手と一対一で対峙するなんて怖さを経験をしてみると、そういう人種と一生を共にしようなどと考えているコウは、それだけで本当に偉人だと思う。

始めは裏表がありすぎる実姉や女友達のおかげで女性不信気味でアオイの素朴な素直さに惹かれたのだが、今回の事でその対極の人種の恐ろしさも実感し、ますますアオイへの気持ちを深めたユートだった。

【完】

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