やがて同じく相田が息を切らせてかけこんでくる。
「遅い!10分で探せと言ったはずだっ!」
それにまた容赦ない言葉をかける和馬。
「10分て…もう絶対に無理ですよ~。無理だってわかってて言ってますよね?和馬さん」
情けない表情で脱力する相田に和馬は表情を変えずに淡々と
「追いつめられた短絡的な人間が凶器を隠す場所のに思いつく場所なんてそう多くはないだろうがっ。
馬鹿の気持ちになって考えろっ!
貴様みたいな馬鹿なら馬鹿の気持ちなんてすぐわかるだろうがっ!」
言い放つ。
「そんなムチャな…」
ため息をつく相田。
生徒会長になろうと上下関係は健在らしい。
というか…絶対に和馬は相田をいびる事を楽しんでいる、と、ユートは思った。
そんなやりとりをしつつも、相田は焼却炉に放り込んであったと言うスタンガンを警察に提出した。
何のかんの言って根性でみつけてきたらしい。
そうこうしているうちにコウ到着。
赤井はホッとした顔で出迎えた。
「被疑者は確保できそうですか?」
という赤井にコウは
「これ、指紋お願いします」
とビニールにいれた短剣を渡す。
赤井がそれを鑑識に渡すのを確認して、コウは
「とりあえず…あと一人待ちで、たぶんそれで終わります」
と赤井に声をかけた。
やがて指紋を採取した結果が出ると、コウはうなづく。
「これで王手だな…」
コウがつぶやいた時、白鳥姫乃が屋上へと上がって来た。
封鎖していた警官に声をかけて伴われて殺人現場まできた姫乃は、有栖の遺体を見て小さく悲鳴をあげ、
「これは…どういう事ですか?」
と、周りに問いかけた。
そこで赤井がフロウがスタンガンで気絶させられた事で傷害事件として警察が呼ばれた事、調査しようと屋上へ来た警察が気を失っているユートに折り重なって殺されている有栖を発見した事、その首に同じく気を失っているアオイの手がかかっていた事などを説明する。
「ようは…その近藤さんに迫った義妹が、その恋人の女性に絞め殺されたという事ですか?」
姫乃の言葉でアオイの顔から血の気が引いた。
そのアオイの肩をユートがしっかり抱いている。
そこで赤井を制してコウが一歩前に出た。
「いえ、知能の足りない下劣な殺人者がそう見せかけようとしただけです」
冷ややかに言い放つコウに、その場にいる全員が凍り付く。
誰よりも無実をはらされようとしているアオイが一番、そのコウらしくない言い方に驚いて硬直した。
コウと知り合ってから今までに6件もの殺人事件を暴くコウを見て来たが、そのいずれも加害者に対しても感情的にならず、むしろ時には加害者の心情にも理解を示しながらという感じで事件の真相について語っていた。
が、今回はすでに加害者への嫌悪と侮蔑を隠すどころか思い切り前面に出している気がする。
今回の犯人はどうやら触れてはいけない龍の逆鱗にふれてしまったらしい…。
そんなシン…と静まり返る中、コウは始める。
「最初に…今回の殺人について、動機は金です。
品性のかけらもない卑しい最低の人間が金欲しさに起こした、情状酌量の余地など何もない軽蔑すべき殺人です。
まず…今回の唾棄すべき殺人者は白鳥有栖がネットゲームで近藤悠人に好意を持ち、その友人にある程度のリアル情報を聞き出した事を知り、ユートを利用しての有栖殺害を計画します。
有栖は有名な女流画家ですが、芸術家にありがちな、やや思い込みが激しく情緒不安定気味な所がある女性でした。
なので、とにかく有栖に彼女とユートが前世で恋人同士だったと吹き込み、ユートを追いかける様にそそのかして、”常軌を逸した迷惑なレベルで”好意を示される事によって、ユートが有栖に対して悪意を抱くようにしむけます。
その上でこの流星祭の間に有栖を殺害をするため、犯人は自分の聖星女学院の制服を有栖に貸し与える事によって有栖がこの学院の生徒であるように思わせ、その二日前から有栖をそそのかし、業をにやしたユートが彼女の学校関係から注意してもらうために流星祭にくるようにしむけました。
そして流星祭に訪れたユートが有栖が実はこの学校の生徒ではなく、この学校の白鳥姫乃の父の再婚相手の娘だと知って姫乃を尋ねて体育館に来たところで、有栖にユートの居場所を知らせて接触を持たせます。
そして有栖をそそのかしてユートを騙して屋上に連れて来させると、スタンガンでユートを気絶させ、この階段裏まで有栖と共に運び、おそらく既成事実をとでもそそのかして有栖が倒れているユートの方にのしかかったところに後ろからスタンガンで気絶させました。
これは…二人とも調べてもらえればわかりますが、その痕跡が残っています。
本来ならこれで有栖を殺害し、その罪をユートにと思っていたのでしょうが、そこでユートの携帯に彼女のアオイから今聖星に来ているので合流しようと電話がかかってきます。
そこでどうせなら嫉妬に狂った彼女が…という方が信憑性があるとでも思ったのでしょう。
アオイに屋上にくるようにユートを装ってメールを返し、屋上に来たアオイを同じく気絶させ、有栖のすぐ後ろまで運びました。
ここで少し話が戻りますが、犯人は最初殺害方法を有栖に殺されかかったユートが誤って逆に有栖をとでも考えていたのだと思いますが刺殺にしようと計画し、ここ数日”綺麗だから”という理由で流星祭で毎年演じるロミオとジュリエットに使用する模造品の短剣にそっくりの、本物の短剣を作らせ有栖に渡していました。
元々美しい物が好きな有栖はなんの疑いもなく、単なるアクセサリー感覚で喜んでそれを持ち歩いていたのだと思います。
そうやって有栖が普通に短剣を持ち歩いているという状況を作っておいて、今回の犯行にその短剣を使用しようと計画をしていたのですが、ここでアクシデントが起こりました。
有栖が学院についたばかりの時にアオイに絡んで思い切り突き飛ばした拍子に、有栖のバッグの口があいてしまい、そのままの状態で学院内を歩き回っていたために、凶器である短剣を人ごみで落としてしまったのです。
それを善意の第三者である聖星の生徒が拾い、その外見からロミオとジュリエットの小道具と思って演劇部の部室に戻します。
それをちょうど有栖をユートに引き合わせて屋上に急ぐ犯人はみかけ、すぐ取りに行こうとしました。
しかし丁度その時、以前演じた時に好評をはくしてジュリエットの衣装で写真を撮らせて欲しいと頼まれた一条優波が演劇部の部室に衣装を借りに入ったので、犯人は有栖が屋上についてしまう時間を気にしてジリジリとしながらも優波が出て行くのを待たざるを得なくなりました。
一方優波は小道具に短剣が2本あるのを発見して、一本を予備と勘違いして、本物の短剣の方を衣装と共に借りていき、部室には模造品の短剣の方が残されます。
優波が部屋を出ると、犯人は短剣が一本しかないのに気付きますが時間がなく焦っていたので、写真を撮るためという事で優波は当然模造品の方を持っていったものと思って、残った短剣を持って屋上へとむかいました。
ということで、3人を気絶させたあと、犯人はアオイの手に短剣を握らせ、その上から手を添えて有栖の頸動脈を切り裂こうとしましたが、演劇用の模造品なので当然切れません。
それどころかその衝撃で有栖が意識を取り戻したので、とりあえずまたスタンガンで眠らせます。
ここで犯人は焦ります。
短剣で刺殺する予定だったので他に殺害できる物をもってきていなかったからです。
あくまでカッとしてというシチュエーションだったので、下手な殺害方法も取れず、しかたなしに犯人は絞殺する事にして有栖を絞殺して、アオイの手を有栖の首に添えると言う馬鹿馬鹿しくも不自然な細工をする事にしました。
そこでようやくそこまで終わったところに、何故か優波が屋上に現れます。
犯人はそこでアオイが自分一人ではなく、他の人間にも屋上でユートと合流するように声をかけたものと思い焦ります。
犯人は見つからない様に後ろから優波をまたスタンガンで気絶させ、しかし屋上入り口で襲われたように放置すると、屋上に”3人以外の誰かがいて”屋上から去ったのではと怪しまれると思い、マリア像の下まで運んで寝かせると言った工作をしてその場から逃走しました。
その後犯人は何食わぬ顔で自分が持ち出した模造品を稽古に使っていたといって持ち込んで舞台に立ったというわけです」
コウがそこまで言うと白鳥が
「冗談じゃないわっ!!」
と声をあらげた。
「違いますか?」
それに対してコウがキツい目を向けると、その視線に少したじろいで、それでも
「違うわよっ!」
と答える。
「しかし…そちらに来て頂いている劇の小道具の係の方が、模造品の短剣の方は白鳥さんが確かに稽古に使っていたと言って劇直前に持って来たと証言していますが?」
「それはそうよっ!悪い?!私はロミオ役ですものっ。
仮死状態になったジュリエットを見てロミオが短剣で自殺するシーンがあるのよっ!
稽古に使っていても不自然じゃないでしょっ!
でもそれが殺人現場で使われたなんて証拠はどこにもないじゃない!全部でたらめよっ」
ワ~っとまくしたてる白鳥姫乃に、コウは冷ややかな視線を向けた。
「立証ですね、いいでしょう。
まずユート、アオイ、有栖がそれぞれスタンガンで気絶させられた後はそれぞれの体に残っています。
犯人が短剣で大動脈を切ろうとしていた証拠は有栖の首にある擦ったような傷。
その後有栖が意識を取り戻してもう一度気絶させられたのは、他と違ってスタンガンの跡が2カ所残ってている事でわかります」
「でも…あの短剣を使ったなんて証拠はないわっ!」
その言葉にコウは指紋採取を終えてビニールに入った短剣を手に取った。
「指紋がついてます」
「それがなに?演劇部全員くらいのはついてるでしょうし、私を始めとして劇の参加者のも全員ついてるわよっ!当たり前じゃないっ!練習でも使ってるんだからっ!」
その言葉にコウは氷のような冷ややかな口調で言った。
「誰があなたのだと言いました?犯人だったらよほどの低能じゃない限り、犯行時には指紋がつかないように手袋くらいするのが普通ですよ。
問題は…”演劇部でもなければ学校の生徒ですらない”アオイの指紋がこれにべったりとね…ついてることなんですよ。犯人が握らせたんでもなければつきませんよ。
ま、これをきちんと鑑定すればこすった時についた有栖の首の皮膚も付着していることが判明すると思いますが」
コウの言葉に白鳥姫乃は真っ青になってぺたりとその場に座り込んだ。
言葉もなく茫然自失の白鳥姫乃にコウは容赦なく追い打ちをかける。
「さらに言うなら…人は首を絞められれば苦しさから再度目を覚ますでしょうし、当然首を絞めている手を外そうとするのが普通です。
アオイが首に触れていたのは素手なので、もし有栖が生きている状態で絞め殺したならアオイの手には有栖の指の跡が残っているはずなのに、ないんですよ、これが。
でもってですね…」
そこまで言ってコウはロミオを演じた時のまま手袋をつけている姫乃の手首をつかんで強引にその手袋をはずした。
「その有栖がかきむしった跡が、何故かここにあるわけです」
そこにはくっきりと赤いミミズ腫れが残っている。
「どうせ…白鳥有栖が亡くなれば、もう二度と描かれなくなる彼女の作品の価値があがって金になるとかそんな下らない理由ですか」
コウはそう言い捨てて、くるりと赤井を振り返った。
「個人的にはこういう愚劣な馬鹿は八つ裂きにしたいところですが、真相を突き止めた後は法の手に委ねるというのが今回ご協力願った加藤警視との約束なので。警察の方で煮るなり焼くなり好きにして下さい」
と、ここまでは厳しい表情で言った後、コウは少し苦笑して
「できれば…事件暴いたのは赤井さんということにして、俺の名を出さないで頂けるとさらにありがたいんですが…」
と、付け足す。
「いえ…そんな。前回に続いて本当に一瞬でここまでの状況認識力は脱帽致します。
私がといってもおそらく信じてもらえませんよ。嘘をつくなと加藤警視に怒られます」
コウの言葉に赤井もそう言って苦笑した。
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