今まで何度も殺人事件に巻き込まれて来たが、死体に触れたのは初めてだ。
しかも…まるで自分が殺したかのように絞殺体の首にかかっていた自分の手…。
死体も死体に触れた事も今の自分の状況も全てが恐ろしすぎて、アオイはパニックを起こしていた。
動機は…ある気がする。
アリスには随分酷い事を言われているし、本人身に覚えがないとは言ってもユートのシャツがはだけていて、それにアリスが覆いかぶさるようにしてたわけで…。
コウもああは言っていたが、いつもよりもその表情は厳しかった。
疑われていたらどうしよう…。
不安な気持ちがグルグル回る。
空気になりたい、消えたいと…本気で思う。
自分で自分を抱える様にうずくまっていると、それをユートが抱え込むように抱きしめてくれる。
「大丈夫…。アオイは何もやってないから。巻き込んでごめんな」
そう言ってアオイの髪に顔を埋め抱え込む手に力を込めるユート。
そういうユートも少し震えてる。
「ユート…」
「…ん?」
「もしさ…私が捕まっちゃったとしても…また会ってくれる?」
心細さで涙がポロポロこぼれた。
「馬鹿な事言ってないの。何にもしてないんだから捕まるわけないでしょ」
「だって…私の手が首にかかってたんだよっ。動機だってあるしっ」
しゃくりをあげるアオイ。
「そのくらいで有罪認定するほど日本の警察も馬鹿じゃないから平気」
アオイにはそう言ったものの、状況すらまだよくわからないしユートも自信がない。
何が間違ってこんな事になったのか…。
一つだけわかるのは自分のポカのせいだと言う事だ。
自分のくだらないプライドのせいで、アオイに殺人容疑をかけさせた。
もしこれでアオイが殺人犯として捕まるような事になったら…自分がやったとか言って自主したら身代わりになれないかなぁ…と、ユートがそんな事を考えていると、
「なんだ、凡人も女子高生も何そんな陰気くさい面してるんだっ」
と上から声が降ってきた。
普段はイラっとくるその皮肉屋の声も、今はなんだか心強い。
「この状況でさ…にこやかにしてたらアホじゃない?」
アオイを抱え込んだままユートが青い顔で見上げると、和馬は相変わらず皮肉っぽい笑みを浮かべ
「ほ~、カイザー率いる日本随一のエリート高校生集団が集まって事件の解決にあたってるというのに、事件が解決しないかもなどと不安かかえてるなんて方が充分アホだと思うがなっ」
とユートを見下ろしてくる。
「集団??」
「去年と今年の海陽の生徒会役員総動員だ」
「…仮装して?」
ユートはちらりと和馬が身にまとった副会長用の儀礼服のレプリカに目を向けた。
「仮装とは失礼なっ。海陽の開校当時の生徒会副会長の儀礼服のレプリカだぞ。
凡人には価値もわからんか…」
「女子高生が喜びそうという意味での価値ならわかるけど…」
「情報を集めたり協力を求めるにはそれは重要な要素だ。
おかげで…いくつかの重要な証言と物証を獲得したぞ」
その和馬の言葉にアオイが顔をあげた。
「もしかして…私の殺人疑惑晴れたんですか?」
そのアオイにも和馬は”こいつ馬鹿か”とでも言いたげな視線を送る。
「んな疑惑元々存在せん」
「だって…私の手が首にかかってたし…」
「コウでなくとも…貴様が浮気相手に攻撃しかけるような根性ある女じゃない事はわかる。
そんな根性あったらもう少しマシな人間になってるだろう。
貴様は浮気現場なんて目撃してもせいぜい涙垂れ流しながら逃げる程度の根性のない人間だ」
きっぱりと断言する和馬。
愛を持ってしてもその見解は否定できない…。
まあそれを否定しても良い事はないわけだが…。
ユートは若干余裕が出て来た頭でそう考えた。
「まあ安心しろ。最初にここに来て調べた時点でコウは少なくともそこの馬鹿な女子高生が犯人じゃないという証拠はある程度みつけて、今確実な物証確保してこちらに向かってる最中だ。
あとは真犯人をいたぶるだけだ」
壁にもたれかかって腕組みをしながら和馬がにやりと言う。
そこで
「カイザーはもう着いてます?」
と、聖星の学生を伴って和馬の物よりは若干飾りの少ない一般生徒用の儀礼服のレプリカを身にまとった今年の海陽の生徒会役員の一人が姿を現して和馬に声をかけた。
「いや、まだだ。でもじき来る。待ってろ」
和馬の言葉に、声をかけた役員は儀礼服の上着を脱いでそれを惜しげもなくバサッと床に敷いて
「申し分けない。こちらに腰をかけてお待ち下さい」
と、同伴した演劇部の女生徒に勧める。
女生徒はその態度に少し赤くなって
「ありがとうございます」
と、そこに腰をかけた。
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