ずっと同じクラスだった仲良しの恵理が帰り支度をしていたアオイの肩をポンと叩いた。
「私?誰だろ~」
「ん~なんだか聖星の制服着たちょっと可愛い感じの子」
「聖星の可愛い子?フロウちゃん?」
「あ、ううん。あそこまで可愛くはないっ。
あんな子校門に待ってたら人だかりだよ、たぶん。」
以前チラッとフロウを見た事のある恵理が即否定する。
確かに…。普通に歩いているだけで周りが振り返って行くほどの美少女だ。
そんな子があの有名ミッション系名門女子校の制服を着てこんな一般人の集まりの都立校で待ってたらえらい騒ぎだろう。
春休みにユートの、5月の学祭関係でコウの学校の交友関係とは少しだけ顔見知りになったが、フロウの学校の交友関係とは接触がまだない。
誰だろうな、と、思いつつも、丁度帰るところではあったし、アオイは鞄を手に校門へと急いだ。
「ふ~ん…あなたが佐々木葵」
人だかりとまでは行かないまでも2~3人の男子が声をかけていた少女は、それを完全に無視するとアオイの前に立った。
背はアオイより若干低いがそう変わらない。
ウェーブのかかった髪をカチューシャでまとめ、その上から聖星の制服であるベレー帽。
お嬢さんぽい制服に身を包んだそのちょっときつい猫っぽい印象を与える少女は、アオイを見るなりいきなり
「たいした事ないですねぇ」
と言い放った。
ぽか~んとするアオイ。
本当にぽか~んである。
初対面…のはずの人間にいきなりこれである。
アオイじゃなくても唖然とするだろう。
そんなアオイに構わず、少女はまたいきなり、さらに衝撃的な言葉を吐き出す。
「こんな都立の冴えない子がホント身の程知らず~。
ユートさまにつきまとわないでくれます?」
あ~!アオイは思い出した。
昨日は遠目な上後ろ姿だったのでわからなかったが、ユートにいきなり結婚を申し込んだと言う電波少女か…。
”ただの変な電波な少女”と聞いていたからもっと変なのを想像していたが、目の前の少女はまあ結構可愛い容姿をしている。
少なくとも自分よりは可愛いなと、アオイは思った。
こんな子に一目惚れされるということは、やっぱりユートはカッコいいんだなぁなんてしみじみ思っていると、目の前の少女はイライラしたように続ける。
「あなたねぇ、聞いてますっ?!ブスな上に鈍いですねっ!」
ブスっ?!
自分では十人並み程度と思ってて…ユートは可愛いと言ってくれるが、第三者から見るとやっぱりそうなのか…。
が~ん…と言う擬音語がアオイの頭をクルクル回った。
「ユートさまはね、アリスの彼なんですぅっ!
しつこいブスにつきまとわれて迷惑だって言ってるのっ!
わかる?!つきまとうのやめてください!」
両手を腰にあててそう言い放つ少女。
まさかユートに限って…と思うものの、また揺れるアオイ。
なんと返していいかわからず、そのまま校門を通り過ぎる。
「あ、ちょっと待ちなさいよっ!逃げるんですかっ?!」
少女は慌ててアオイを追ってきた。
アオイは黙って足を速め、さらに少女が追ってくると最終的には走り出す。
「ちょっと!逃げないで下さいっ!
ちゃんと約束して下さいっ!ユートさまにつきまとわないって!」
「つきまとってないですっ!」
「つきまとってますっ!ユートさま迷惑してるんだからっ!
ブスのくせに身の程知って下さいっ!」
まるで本当に自分の方がつきまとっているような言い方に、アオイは恥ずかしさと悲しさで泣きそうになって必死に逃げるが、相手はひたすら追ってくる。
女子高生二人が叫びながら追いかけっこをする図を道行く人達は物珍しげに振り返ってみている。
アオイは本当に半泣きだ。
ようやく駅についたが、やっぱり追ってくる。
もうアオイは半泣きを通り越してしゃくりを上げ始めた。
涙でかすんだ駅を走り抜けると、いきなり横から腕をグイっとひかれる。
そのまま大きな影の後ろに引っ張られ、少女アリスはその影を前に立ち止まった。
「いい加減にしとけよ。ユートにちょっかいかけるのは勝手だがアオイを巻き込むな!」
スチャッと手にしてた単語帳を制服のブレザーのポケットにしまうとそう言う、聞き慣れた頼もしい声に、アオイはホッとして息を吐き出す。
整いすぎるほど整った顔だけに怒ると迫力のあるその人物に少し引きながらも、そこはさすがに電波
「だ、誰?まさか…魔王?!」
とアリスはコウを見上げた。
「ユートさまと私を引き裂こうとしてるんですねっ!」
「俺が魔王だとしたらな…自分の目的を達成するのにコソコソ他の奴使ったりしないぞ。
ちゃんと正々堂々自分で動く。
お前みたいに自分が好きな相手の彼女にちょっかいかけるような卑怯な真似はせん!
お前がユートにちょっかいかけるのを邪魔しようとは思わんし、それはユートがどうにかすると思うが、今後アオイに手出ししたら俺は法的手段に訴えるぞ」
そう言い放つと、コウはアオイを振り向いた。
「お前も…泣くなよ。とりあえず涙ふけ」
そう言ってハンカチを渡す。
アオイはそれを受けとると、礼を言って涙を拭いた。
「な…なによっ。他の男いるんじゃないですかっ」
アリスが言うのに、コウは背を向けたまま
「俺は兄貴」
と短く言う。
単に男としてではないという意味だったのだが、アリスの目がキラリと光った。
「お…お兄ちゃん?」
電波には禁物な一言である。
その目の輝きに、背を向けているコウは当然気付かない。
ただアオイは心配そうにコウを見上げた。
「とりあえず…アオイ、帰るぞ」
アオイの腕をつかんだまま改札をくぐろうとするコウの腕にアリスがしがみついた。
「待ってっ!お兄ちゃん騙されてるっ!お兄ちゃんの本当の妹は私なのっ!」
「はあ???」
唖然とするコウ。
もう…電波が入り乱れている…。
「魔王に魔法かけられてそいつが妹だって思い込まされてるのよっお兄ちゃん!」
「さっきまで俺の事魔王って言ってなかったか?」
ため息まじりに言うコウにアリスはきっぱり
「私も魔王に魔法でそう思い込まされてたのっ!今魔法が解けたわっ」
と断言。
なかなか強者である。
「ね、考えてみて?そんな女より私の方がお兄ちゃんの妹に見えるでしょっ?」
「見えん。誰がどう見ても見えないから安心しろ。行くぞ、アオイ」
コウはきっぱり言って歩を進める。
「お兄ちゃん、行っちゃだめっ!魔王の手先に騙されないでっ!」
「あ~、安心しろ、手先も何も俺が魔王だ。危ないから離れておけっ」
もう相手にしない事に決めたらしい。
スタスタとアオイの手を引いて歩いて行く。
「ちょっと道中痛いけど俺もつきあってやるから、少し寄り道してくぞ」
どう言ってもついてきそうなアリスに諦めてコウはアオイに言った。
「どこ行くの?」
「聖星。学校に置いて来よう、こいつ」
どうせついてくるならそのまま学校まで連れて行って教師に任せようということらしい。
なかなか賢明な判断だ。
「ね、…もしかして待っててくれたの?」
アリスは隣でキーキー言っているが落ち着いたコウの態度に少し安心して聞くアオイ。
それに対してコウは単語帳に視線を落としたまま答えた。
「ああ。万が一アオイに飛び火したらと思ってな。
ま、ちょっと寄ってみて1時間くらいして来なかったら普通に帰ろうと思ってた」
「…あのさ…今までよく誤解するような子でなかったよね…」
「…?」
「不覚にもちょっと優しさに感動したんだけど…」
「…?」
「普通さ…心配になったとしてもそこまでやってくれないもん」
「そうか?心配して気にするより動いた方が早いだろ。何かあってもすぐ介入できるし。
勉強なんてどこでも何かしらできるしな」
コウは基本的に行動的なフットワークが軽い男で、本人的にはジッと待っているのは性に合わないのだ。
故に他人に求める以上に自分も良く動く。
なので学校でも元生徒会長でなかば神格化されながらも、頼れる支配者としてカイザーと呼ばれて慕われていた。
相手が男でも女でもその辺りは変わらないが、彼女のフロウとつきあうまでは男子校育ちで身近に同年代の女の子というものがいなかったから、誤解も何もない。
コウはそのままアオイを連れて聖星の最寄り駅で降りる。
「お兄ちゃん、どこに行くの?」
アリスも一緒に降りて聞いた。
コウはそれスルー。
そのままフロウの送り迎えをしていたため通い慣れた道を進む。
見慣れた校舎が目に入ってきたところで、ふとアオイが気付いて言った。
「コウ、彼女いなくなってるよ」
その声に振り返ると、確かにアリスが消えている。
「…やっぱり学校関係にバレるのは嫌なのか…。
理性あるあたりが電波というより確信犯のなりきりかもしれないな…」
コウは少し考え込んだ。
学校にバレるのが怖いと思っているなら、対処する事はできそうだ。
ユートに関しては…もう熱が冷めるまで待つしかないだろうが、アオイにはちょっかいだすなら学校に言う…で、なんとかならないだろうか。
とすると…学校に言うという手は切り札として取っておいた方がいい。
相手がそれで処分されるなりなんなりして自棄になったらことだ。
コウは念のため辺りを見回してアリスがいない事を確認すると踵を返す。
「今日は家まで送って行くから。
今度あいつが現れたら俺に電話しろ。電話で交渉してやるから」
「交渉?」
「ああ。アオイにちょっかいかけるなら学校に言うぞってことで。
それでアオイへの攻撃はやむと思う。
でも万が一相手が逆上した場合に矛先がお前に向くと危ないから、必ず俺を通せよ?」
コウは本当にお兄ちゃんみたいだ…とアオイは思った。
「コウみたいなお兄ちゃんいたら、楽しかっただろうな」
思わず笑みをこぼすと、コウも少し目を細める。
「俺も兄弟姉妹は欲しかったな…。
まあ…もう生徒会の任期切れて自分の事と…せいぜい姫の事くらいしかやる事なくて時間は取れるし、何かあったら遠慮せずに頼って来いよ」
コウの言葉に、アオイは
「ありがと。そうする」
とうなづいた。
夕方…恐る恐る自宅に辿り着いたユートに、コウから電話がかかってきた。
それでユートは初めてアリスの矛先がアオイに向いた事を知った。
なさけない…。
とりあえずは動いてくれた事への礼を言って電話を切ったわけだが、切ってからユートは猛烈な自己嫌悪に陥った。
自分が逃げ回るのに必死でアオイの事まで気が回らなかった。
ユートの事をばらした一緒にネットゲーをやっていたリアフレは同級生で…当然由衣とかにアオイの事で日常的にからかわれているユートの姿は見ている訳だから、アオイの学校くらいまでは知っていてもおかしくなかったのに…。
これは…やっぱりコウ任せにするより自分で動いて名誉挽回しておかないと…と、ユートは翌日、聖星の学祭に行く決意を固めた。
偽名らしいので本人を探して本名を調べないと学校へ訴えるにも訴えられない。
そう決めると同時にとりあえずと、アオイに謝罪の電話をかけた。
「もしもし…アオイ?」
『あ、ユート、大変だったね』
「いや、俺はいいんだけど、例の電波アオイのとこ行っちゃったんだって?
コウから聞いた。ごめん」
『あ、ううん。コウが来てくれたから全然平気だったよ』
本当の事で…実際助かっていて…もちろんコウとアオイが男女としてどうのというのも全くありえないのはわかっているのだが、なんとなく傷つくプライド。
他はとにかく、アオイの事だけは自分がなんとかしたかった。
「あのさ、今日姫に電話して確認してみたんだけど、白鳥有栖って偽名らしくてさ、俺明日聖星祭行って身元確認してくるから。
で、学校の方に行って注意してもらえばおさまるんじゃないかなと」
『え~、でも今度なんか言ってきたらコウがちゃんとなんとかしてくれるらしいから大丈夫ぽいよ?』
空気を読まないアオイの一言がユートを硬化させる。
「コウはいいからさ。アオイや俺の事は俺が”自分で”なんとかするから」
『でも…』
「大丈夫だからっ」
『あ、じゃあ私も行くねっ』
「いや、アオイは危ないから来ないで」
『え、でもっ…』
「大丈夫だからっ。俺が信用できない?」
そうまで言われるとさすがにアオイもそれ以上は言えずに黙る。
物理的にユートに危険が…というより、自分に自信がないためユートとアリスが二人きりというのがアオイは怖い。
かといって…ここで無理について行くというのも信用してないように思われそうだ。
ユートとの通話を終えると、アオイはフロウに電話をする。
”お友達のフロウの学祭に行く”だったら許されるだろう。
一応コウもくるらしいとのことで、一緒に回らせてもらう約束をして、アオイはその日は電話を切った。
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