ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん原作_3

「ユートさま♪オハヨです♪」

翌朝…学校に行こうと駅の改札をくぐった瞬間、もう二度と聞きたくない…昨日逃げてきた相手の声がユートを出迎えた。


もう…見なかったふりをしよう…。

ユートは他人のふりで改札を駆け抜けるが、
「ユートさまっ、アリス置いて行っちゃ嫌ですよ~」
と言う声と共にパタパタと足音が追ってくる。


聞かないふり、聞かないふり…と、さらにダッシュするユートの後ろから
「近藤悠人さまっ!結婚してくれるって言ったくせに逃げないで下さいっ!!」
と絶叫。

うっあああ~~~~

「いつ言ったんだよ?!そんな事っ!!!」
思わず振り返って叫んでしまってから、ハッと気付くが後の祭り。
思いっきり周りの注目を浴びながら、ご機嫌な様子で白鳥有栖が駆け寄ってきた。

ああ…しまった…と思った瞬間、ついでに電車のドアも目の前で無情に閉まる。

がっくりと息を吐き出すユートの前まで来て自分よりかなり背の高いユートを見上げると、アリスはにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべて言った。

「えとね…前世で♪
生まれ変わったら結婚しようねって森の泉の前で誓い合ったじゃないですか♪」

ないですかって…そんなもん知りません…と、心の中でつぶやくユート。
誰か…助けてくれ…。


「もう…前世はとにかく…君も学校でしょ?高校生なんだから学校行こうよ…」
とにかく逃げたい一心で言うユートにもアリスは

「今、学校は流星祭の準備で自由登校なのです♪
だからユートさまの学校まで一緒に行けます♪

や、やめてくれ~!!!心の中で絶叫するユート。



「だめっ!絶対にだめっ!」
「どうしてです?アリス、ユートさまのお友達とかにもちゃんと挨拶したいですし…」
「なんで挨拶?!赤の他人でしょっ!!」
「だって恋人同士ですしぃ」
「だ~か~ら~!俺にはちゃんと超可愛い恋人がいるのっ!
君に言いよられても困るし迷惑なのっ!」

日本語通じないのがこんなに怖いものだとは思わなかった…。
もう10月だというのに汗だくになるユート。

「ユートさまっ、騙されてますっ!
その女はアリスとユートさまの仲を引き裂くために魔王が送り込んだ魔王の手先なんですっ!そんな女といたらユートさま呪われて死んじゃいますよっ」

これ…今日学校行くのあきらめるしか…。
間違ってもこんなのを連れて学校には行けない…。

しかし…これにつきまとわれたまま家に帰る事もできないわけで…。
ユートは迷わず次の上り電車に飛び乗った。

目的地は新宿。
人ごみで撒こうと言う作戦だ。

そして新宿に着くとユートは猛ダッシュ。
人生でこれほど真剣に走った事はなかったのではないだろうか…。

「ユートさまっ!!私から離れちゃだめぇ!!
魔王の手先に殺されちゃいますぅ!!!」

もう…後ろから追ってくる絶叫も無視っ!

周りの視線もこの際見ないふり。見事な手の振りでオリンピック選手も真っ青な走りを見せるユート。

もう…ネットゲーは二度とやらないっ!と心に固く、この一瞬だけは真剣に誓っている。
電波怖い、電波怖い、電波怖いっ!!!


とりあえず撒いたっ!

ゼーゼー荒い息を吐いてユートは携帯を取り出し、ガチャガチャとアドレス帳をひたすらめくる。

これを打開できそうな人材…。
誰でもいいっ!助けてくれる奴なら誰でもっ!

いつもなら真っ先にかけるコウは、この件については誰より無理そうだ。

考えてみれば…フロウとコウの出会いは、たまたまコウの方がストンと恋に落ちてしまったからハッピーエンドなわけだが、もしコウの方に全くその気がなければこれに近い状態で始まっている気がする。
そして…ちょっと電波な彼女に頭が上がらないわけだから…本気で無理だ。
アオイはもちろん電波に対抗できる人間ではない。

ああ、あとは…男友達は全滅。
下手すると丸め込まれかねない。
あれに対抗できる人間なんて本当にいるんだろうか…。
理屈が通じないわけで…どうすればいいんだ…。

その時、携帯が鳴る。

『もしもし~ユート?あんたさ~、私のノート!
借りっ放しで学校休むってどういう了見?!』

音がするのが怖くて慌てて電話に出ると、電話の向こうからは小学校からの悪友由衣の不機嫌な声。
その声に若干焦るユート。

そうだったっ。ノート返さないと…とは思うものの、学校の前に待ち構えていたらと思うと怖くていけない。

「悪いっ!マジ悪いけど、本気で今無理っ!」
電話だから見える訳ではないのだが、手を合わせるユート。

その瞬間…近くに人の気配と荒い息。

「その電話…魔王の手下じゃないですよねっ…ユートさま…」


「うっあああ~~~~!!!!!」

体を折り曲げて膝に手を当てて呼吸も整わない状態でそう言うアリスの声に、ユートは悲鳴をあげて逃げ出した。

「あ、ユートさまっ!!!」
電話を切って、追ってくるアリスをもちろん振りきって、ユートは新宿中を駆け回る。
本気で…ホラー映画の主人公にでもなった気分だ…。

そして高層ビル街まで逃げて駆け込んだ男子トイレ。
ここまではさすがに追って来ないだろう。

一応個室に入って携帯の着信履歴から由衣に電話をかけ直す。

『もしもし?ユート、あんた大丈夫?!何があったの?』
もう学校には行けないと、ユートは由衣に事のあらましを告げた。

「…というわけでさ…学校行くの無理すぎて…。
今日は諦めて放課後にでも場所指定して?返しに行くから…」

『あんたねぇ…まさかずっと学校休むつもり?』
電話の向こうから由衣の呆れた声。

「いや、その子聖星でさ…もうすぐ学祭でその準備期間で暇らしいのね。
だから学祭終わったらとりあえず平日は向こうも学校あるだろうから大丈夫だと思うんだけど…」

『終わるのいつよ?』
「知らん…」

電話の向こうから由衣のため息。

『碓井君の彼女さん聖星なんでしょ?聞きなさいよっ。
授業ないなら電話かけても平気でしょ?
上手くすれば引き取ってもらえるかもよ?』

「あ~、その手があったか…」
ポン!と手を叩くユート。

『じゃ、とりあえずノートは面倒だから家のポストにいれておいて。じゃねっ』
由衣は言って電話を切った。
小学生からの同級生なので、自宅は近所なのだ。


ユートはそれからすぐ、実は知り合って1年間一度もかけた事のない番号にかけてみる。

コール音3回で電話がつながると、

『はい♪優波です♪』
と、何度聞いても思わず聞き惚れるようなヒロイン役の声優のように可愛らしい声が聞こえてきた。
いつも一緒の4人組の仲間の一人でコウの最愛の彼女、フロウだ。

『ごきげんよう♪私の所にお電話なんて珍しいですねぇ♪』
電話越しなのになんとなく感じるお姫様オーラ。

その周りではかすかに
「優波姫、もしかして閣下?」
「愛ですよねぇ…愛。」
などときゃぴきゃぴと可愛らしいおしゃべりが聞こえるわけだが…その優雅にして可憐な空間を気にする余裕もなく、ユートは話を進めた。

「姫…流星祭っていつ?」
そのユートの言葉にフロウは
『突然ですねぇ…』
と少し不思議そうに言ったあと、それでも
「明日からですよぉ。土日の二日間ですけど、アオイちゃんと一緒にお見えになります?」
と聞いてくる。

「いや…あのね…実はそれどころじゃなくて…コウから何か聞いてない?」
『コウさんに?いえ、何も聞いてませんけど…』

コウ的には完全に他人事なのでわざわざ楽しくない事をお姫様の耳に入れようとは思わなかったらしい。

「んじゃ、いいや。姫、白鳥有栖って子知ってる?」
『白鳥さん…ですか…』
考え込むところを見ると知らないらしい。

『ちょっと待って下さいね。聞いてみますね』
と、それでも”仲良しのお友達の知りたい事”を調べてくれる気になったらしく、
「皆さん、白鳥有栖さんてご存知?」
と聞いてくれている。

「白鳥さん?清香さんと姫乃さんなら知ってますけど…何年のです?」
との声にフロウはまたユートに
『えと、何年生です?』
と聞いてくる。

そこまでは見ていなかった…。

「ごめん、そこまでわかんない」
ユートが言うと、フロウは
『そうですか…』
と少し考え込んだ。

『胸の百合の模様の横の学校のイニシャルは何色でした?青?赤?』
フロウの言葉にユートは必死に記憶を探る。

「青…だったな」
『じゃあ高等部のはずですねぇ…私が知らないという事は3年ではありませんし…』
「姫…そんなに同学年詳しいの?」
『ああ…聖星は一学年100人しかいない上にほとんどが幼稚舎からなので同学年はほぼ顔見知りなんです。
ちょっと待って下さいね。2年の子は知らないそうなので1年の子にも聞いてみますので』
そう言ってまたフロウは聞いて回っている。

そして数分後…
『ユートさん…そういうお名前の方はいらっしゃらないみたいなんですけど…一応白鳥さんという方は3年に姫乃さん、1年に清香さんがいらっしゃいますけど…』

本名じゃ…なかったのか…。
そのどちらかなのか、もしくは全く偽名なのか…。
身元がわかれば学校に言えばなんとかしてもらえるかと淡い期待を抱いてみたのが…ユートはがっくり肩を落として電話を切った。


あ~あ、家に帰ったら親にどやされるなぁ…。

今から学校行ったらそれはそれで教師にどやされそうだが…教師には放っておいても明日どやされるのだから、今日どやされておこうか。
で、電波が待ち伏せしてたら写真とってフロウに送って身元洗ってもらうか…。
ユートは覚悟を決めて学校に行った。

幸い…学校には行きも帰りも待ち伏せはなく、なんだか拍子抜けするユート。
しかし…嵐は去ったわけではなく…進路変更しただけだと言うのをユートが知るのはもう少し後の事だ。


その頃ユートがなんとか回避した嵐は、彼が一番向かって欲しくないであろうあたりへと進路を向けていた。


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