ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん原作_2

そう言えば…コウの自宅は初めてだ。
徒歩数分で着いたのは豪奢な白い洋館の一条家とは対照的な純和風家屋。



「…こんな…広い家に一人で住んでるの?」

一条家に負けず劣らず立派な家。
一条家にしても碓井家にしても、自分達くらいの人間なら何人住めるんだろう…とアオイは感心する。

「正確には…~2ヶ月に1度くらいは父親が帰ってくる。
ま、夜中に帰って朝出て行く感じだが」
と、コウは当たり前に門の鍵を開け、アオイを中にうながして自分も入る。

見かけは和風だがその辺りは指紋認証になっていて、近代的だ。
家のドアも同じく指紋認証。
中に入ると旅館の様に広い玄関。
コウは靴箱の横のスリッパラックから、無造作にスリッパをつかむと床に置く。

「お邪魔しま~す…」

誰もいないのはわかっているが、一応声をかけてアオイは恐る恐るスリッパに足を通すと先を歩くコウの跡を追う。


「和室と洋室、どっちの方が落ち着く?俺はどっちでも同じだから落ち着く方選べ」

実も蓋もない聞き方。

昔だったら引いてしまっていたところだが、つきあいも1年を越え、アオイにもいい加減わかってきた。

コウは別に裏はないのだ。
単純に言葉通りで…自分では相手の気持ちを推し量るのが苦手だから相手の方に主張して欲しいだけだ。

「どうせ椅子とかあっても床に座っちゃうから…和室かな」
アオイの言葉にコウは
「わかった」
と言うと、襖を開ける。

「適当に座っておけ。お茶いれてくるから」
言って自分は廊下に消えて行った。



通された部屋は和室というからには畳敷きなのだが…ちゃんと床の間があって、そこにはなんだか高級そうな掛け軸がかけてある。
旅館みたいだ…とアオイは思った。

色々が珍しすぎて、もうすっかり涙もかわいてしまっている。

アオイが好奇心からあちこちキョロキョロ見回していると、コウがお茶の乗った盆を片手に戻ってきた。

コトリとテーブルの上に置かれたのは、茶托に乗った高級そうな湯のみ。

(これ…割ったり欠けさせたりしたらすごい大変なんだよね…きっと…)
それを凝視するアオイにコウは不思議そうな目を向けた。

「和室だから煎茶いれたが…もしかして紅茶とかの方が良かったか?」
「あ、ううんっ、違うのっ。もしかしてものっすごい高級品?とか思ってっ」
慌てて否定するアオイにますますわからない顔のコウ。

「別に…極々普通の湯のみに、極々普通の煎茶だが?どこからそういう発想が…」

まあ…コウやフロウにそういう質問をするだけ無駄だ。

自分達とはお育ちが違う…と、アオイは気を取り直して、
「じゃ、頂きま~す♪」
とお茶をすすった。

「なんかさ、すごいお屋敷だよねっ。座敷童とかいそうっ」
いきなりかますアオイにコウはまたぽか~んだ。

「それ…褒めてるのか貶してるのか正直わからんが…少なくとも俺は見た事ないぞ」
「あ、褒めてるんだよ~。座敷童はね、いたずら好きだけど、その家に幸運をもたらすんだよっ」

いきなり力説を始めるアオイにどう返していいやらわからず、コウはため息をつく。

「ああ、わかった。”姫”みたいなもんだな」
「あ~そうかもっ!」

「で、座敷童はいいから。いきなり泣いてた理由を聞かせろ」
このままだと茶を飲みつつ妖怪の話で満足して帰りそうな勢いのアオイに、コウはしかたなくうながした。

ちなみに”姫”というのはコウの最愛の彼女のフロウの愛称の一つである。


そのコウの言葉で、アオイは一気に現実に引き戻されたようだ。
ジワっとその目に涙が溢れる。

「ユートが浮気~?!」
話を聞いて思わず叫ぶコウ。

「ありえんだろ、それ」

あれだけアオイにベタ惚れで、アオイとのお泊まり旅行に命をかけている男だ。
確かに女友達は多いが、そんな環境でも全くよそ見をしなかったわけだから、今更それはあり得ないと思う。

「だってね、女の子がユートにね、あの夜はあんなに優しかったのにとか言ってたんだよ?」

マジか…。
コウは頭を抱えた。

まさかとは思うが…あまりに”できない”状況が続いたためとかか?
精神的にはありえないし別れる気とかもないのは明白だが…そっちの方はありえないとは言いきれない。
旅行のたび話がそっちの方向に行ってたしなぁ…とコウはため息をついた。

「コウは…浮気とかしたことある?」
アオイが涙目でコウを見上げた。

「できるように…見えるか?」
コウはまたため息。

「コウは…絶対にしないよね…」
「姫以外は真面目にそういう意味では興味ないから。良い悪いじゃなくて。
しないんじゃなくて…できないが正しいな」

「そうなんだぁ…いいなぁ」
「そうか?」
「うん…。ユートもコウみたいだったら良かったな…」
「いや…ユートが俺みたいだったらアオイはユートとつき合ってないと思うぞ。
結局ユートを選んでるんだからな、アオイは」

「う~ん…でもさ…他の子見られちゃうとさ…もうダメな気がしてきて…。
周りみんな可愛いもん」
「あ~、もうそれ言うなよ。こっちまで不安になってくるから…」

ズ~ン…と沈み込むコウとアオイ。


「いいじゃん、コウは。フロウちゃんもそういう意味で異性に興味なさそうだし…」

「…姫はな…俺を含めてなのが問題だ。
…他にも異性として興味あるけど自分にもあるのと、他にも自分にも異性として興味なさそうなのとどっちがいいんだ?」

「なかなか…究極の選択だね…」
「だろ?」
そして二人してため息。

「でもさ、これ」
アオイは言ってコウの胸元のチェーンを引っ張る。

そこには薄いロケットと、その隣に小さな5mm×2cmくらいの金の板状のペンダントヘッド。

ロケットはアオイも身につけているフロウが4人全員で一緒につけていようと全員に送った四葉のクローバーの押し花入りで、ペンダントヘッドの方は”Yunami♪"の文字が彫ってある。

「フロウちゃんのネームプレート、結局つけてもらったんじゃん。
それってさ、特別って事でしょ。私の物って事で…」

「欲しいって言えばユートだってくれるんじゃないか?」

「え~でもさ、フロウちゃんは自主的に”コウさんは私のだから♪”ってつけてくれたわけじゃない。自分で言っちゃだめなんだよ…」

「ようは…向こうから自主的に束縛されたいと…」
「…うん。」

二人して鬱鬱とそんな悲しくも馬鹿馬鹿しい会話を交わしているとコウの携帯が鳴った。

「あ…噂の旦那からだぞ。」
コウは言って電話を取る。

『もしもし、コウっ。アオイ知らないっ?!
俺ちょっと色々あって待ち合わせしてた時間に遅れちゃったらさ、アオイ帰っちゃったみたいでっ。携帯かけても留守電だし、自宅にも帰ってないからさっ。
まさかなんか事故とかでもないと思うんだけど…』

焦った…心配そうなユートの声。

「浮気じゃ…なさそうだぞ?」
と、コウは電話を塞いで隣のアオイにコッソリ言った。

「でも…」
「ま、聞いてやるから、大人しくしてろ」
とアオイに言って、コウはまた電話に向かった。

「ユート、お前…浮気疑惑上がってるんだけど、身に覚えは?」

『うあ…もしかしてアオイもあの場にいたりしたのかっ。
あれ、マジ違うからっ!釈明させてっ!』

「とりあえず…先にある程度俺に説明しろ。いきなり直接だとアオイ動揺するから」

ユートを信じていないわけではないが…こういう場合はアオイ優先だ。

『あのさ、今日俺いきなり知らない女子高生に結婚してくれって言われたんよ。
でさ、全然知らない子なわけで…人違いですか?って聞いたら、実名だされてさっ。
いきなり叫ばれたからやばいじゃん。
で、しかたなしに話聞く事にして、俺ら初対面なのになんでいきなりそんな話になるの?ってきいたらさ、初対面じゃない。あの夜はあんなに優しかったのにとか言われて…。
でもマジ覚えないんよ。夜遊びも近頃アオイ以外とはしてないし。
そしたらさ、私アリスですって言われて…どこのアリスさん?って聞いたらどうやら前にちょっとやったネットゲーでさ、たまたま通りがかったLv低いキャラ助けた事あって、その子だったらしくてさ』

「お前…いまだにネットゲーなんてやってたのか…受験生だろうが…」
呆れるコウ。

『いや…ちょっとした気晴らしで…。』
「まあそれはいい。で?それでなんで結婚?」
『それ俺が聞きたいんだけど…。
なんだか実は自分と俺は前世では魔王に引き裂かれた恋人同士で来世で結ばれようと誓った仲だとか言われましたよ?』

ユートの言葉にコウは軽い目眩を覚えた。
電波…なのか…。

『でさ、彼女いるし無理って言っても聞いてくれない訳よ。
挙げ句が、その女は自分達を引き裂こうとしている魔王の手先だって』

「その前に素朴な疑問だが…ユート、お前まさかネット上でリアルペラペラ話したりとかしてたのか?」
『いや…一緒にやってたリアフレがばらしやがったらしい』
「友人は…選べよ?」
『今そう思ってるよ、マジ…。
もう何言っても聞いてもらえないから仕方なく物理的に逃亡したんだけど…』

「相手の身元は?」
『なんと…聖星の子なんすけど…』

「マジか…」
やっぱりあそこは全自動電波製造所なのか…コウはがっくり肩を落とした。

物理的に凶器を振り上げてくる敵の相手は得意でも、精神攻撃は本当に苦手だ。
これはもう…アオイの誤解だけ解いてユート本人になんとかさせるか…。

コウはいったんユートとの電話を切って、アオイに事情を説明する。

あまりに奇想天外な話にアオイは
「ホント…かな?」
と眉をひそめるが、コウが
「嘘つくならな…もうちょっとマトモな嘘考えるぞ、ユートなら」
と言うと、納得した。

良くも悪くも現実主義者のユートの考える嘘にしては突飛すぎるというのがコウの意見だ。
とりあえずアオイが納得したところで、コウはアオイを家まで送って行く。


「コウ…お騒がせでごめんね?」
とりあえず誤解とわかったところで、アオイはホッとして頼りになる兄のような友人の顔を見上げた。

異性として好きなのはもちろん彼氏のユートだけなのだが、心情的に自分を理解してくれるのはいつでもコウだとアオイは思う。

現実主義者で要領の良いユート…そんな自分にはないところを持った彼に惹かれているのだが、当たり前に色々を要領よくこなして行くユートにはしばしばそれができない自分を心情的にわかってもらえない。

そんな時に不器用ながらも温かいフォローをいれてくれるのがコウだ。
共感から来る親和性…それは家族のそれにも似ている。
ゆえに”兄のような”存在なわけだ。

「ま…いきなりそんな場面に出くわしたら直接聞くのは怖いよな、やっぱり。
俺でも怖い。
そういう時は遠慮せず連絡寄越せよ。俺が聞いてやるから」
コウはそのアオイの言葉にちょっと目を細めて、アオイの頭を軽く撫でた。

”アオイちゃんは頼れる仲間がいるから大丈夫”

前回の旅行で頼れる相手もいなくて心細い思いをしたまま殺された気の弱い女子大生水野に自分を重ねて少し滅入っていた時にフロウが言った言葉をふと思い出して、本当にそうだなと思う。

しかしこの時…アオイは一つの事実を失念していて全てが解決したつもりになっていた。
そう…ユートが言っていた”言っても聞いてくれないから逃げてきた”という事実を…。

全てが解決どころか、これが全ての始まりだったとアオイが知るのはそう遠い未来ではない…。


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