「はいぃ??」
いきなり…本当にいきなりだった。
帰宅する学生でにぎわう駅のど真ん中。
ユートこと近藤悠人はいきなり後ろから腕を掴まれた。
振り向いてみると女子高生。
見覚えのあるその制服は、いつも4人一緒にいる仲間のフロウこと一条優波の通う有名ミッション系お嬢様学校である聖星女学院のもの。
もちろん当然の事ながら相手はフロウではないわけで…見覚えのない少女。
ふわふわウェーブのかかった髪をカチューシャでまとめ、背はユートの彼女のアオイより若干低いだろうか…。目はぱっちりとしてて、まあ可愛い。
というか…普通の男子高生ならこのレベルの容姿の聖星の女子高生に声をかけられたら舞い上がるかもしれない。
しかしユートの口から出てきた言葉は…
「人間違いですよね?じゃ、」
言ってくるりとまた彼女に背を向けて歩き出した。
そう、ユートは姉と妹そして数多い女友達に囲まれた、ある意味醒めた男なのである。
しかしながらそこで
「待って下さいっ!!人違いじゃありませんっ!近藤悠人さまっ!!ちゃんと結婚して下さいっ!!」
と、いきなり駅で絶叫されて、さすがのユートも慌てて引き返した。
「あのっ!ちょっとそういう事大声で言わないでくれます?つか、俺ら初対面だよね?」
周りが何事かと振り返って見ている。
当然だ、いきなり公衆の面前で結婚を迫る女子高生。
下手すると”責任をとらないといけない様な事”をしておいて逃げた不埒な輩と取られかねない自らの立場を思って、ユートは青くなった。
「なんで君初対面の男にいきなりわけわからない事言ってるの?」
「初対面じゃありませんっ。ユートさま、私を命がけで助けてくれたじゃないですかっ!あの夜はあんなに優しかったのにっ…私の事忘れちゃったんですか?」
うっああ~~~有罪確定認定されちゃうじゃん、俺っ!
ますます焦るユート。
周りの人非人でもみるような視線が突き刺さる。
「あ、あの…真面目に人違いじゃ??」
彼女のアオイとさえまだ何もできてないのに、浮気なんてするはずもない。
そのやりとりを…実は遠くで見ている人影が…。
もちろん、当の彼女のアオイだったりする。
(あの夜…?…夜っ?!)
もう茫然自失で”夜”という単語だけがクルクルと回っている。
今日はデートで…これから一緒にマック行って…カラオケ行って…のはずだったのだ。
待ち合わせの場所に向かおうとしていたアオイは女子高生の”近藤悠人さん”の声で足を止めたわけだが…その後に続く言葉が衝撃的すぎて、もう足が凍り付いた様に動かない。
その場で凍り付く足とは裏腹に、涙は止まる事なく流れた。
頭がもうグチャグチャでどうしていいかわからない。
しかしとにかくそこでユートに詰め寄って問いつめると言う発想がわかないのがアオイだ。
重い足を引きずる様に反転して、アオイはそのまま改札をくぐってホームへ辿り着く。
そして携帯をかけた先は…
「もしもし」
着メロ…などという機能は使っていない。
コウの携帯は無機質な初期設定の着信音のままだ。
それでもいくつか使い分けている携帯の中でも、極々プライペートな相手用の携帯は、気分的に他よりも明るい音色な気がする。
いつもなら話題も明るいはずなのだが、今日は違ってた。
いつものように出たコウの電話の向こうで聞こえるのはひたすら泣き声。
「アオイ?どうしたっ?!何かあったのか?」
いつも一緒の4人。
親友のユート、彼女のフロウはそれぞれ自分とかけ離れた所に惹かれて一緒にいるのだが、もう一人のアオイはコウにとっては不器用な所が自分に少し似ていて妹のような存在だ。
コウの言葉にもひたすら嗚咽をもらしているアオイに、コウはもう少し答えやすそうな質問をしてみた。
「今どこにいる?どこかの駅か?」
「…新宿…」
「…のどこだ?」
「…中央線の…ホーム。」
「すぐ行くから下り方面進行方向一番前あたりで待ってろ」
コウは言って即電話を切ると、丁度来た電車に飛び乗った。
そのまま新宿まで出るとホームを駆け抜け階段を駆け上がり、中央線のホームへと急ぐ。
ホームの端にアオイはいた。
携帯を握りしめたまましゃくりをあげているアオイを何人かの乗客が心配そうに遠巻きに見ている。
そこへ駆け寄ってきたコウを見てホッとして、善良な乗客達は安心したように各々の目的地へと歩を進め始めた。
コウは涙でグシャグシャのアオイの顔をハンカチで拭いてやると、その腕を取る。
「とりあえず、送ってくから。」
と電車に向かおうとするコウに、アオイはイヤイヤというように首を横に振った。
「約束…すっぽかしちゃったから。携帯出なかったら家きちゃうかもだし…」
誰が…とは、鈍いコウでもさすがに聞かないでもわかる気がした。
察するに…ユートとの喧嘩か…。
珍しいな、と、思うと同時に、さてどうしよう?という悩みが頭をよぎる。
どうやっても涙が止まらないアオイと公共の場所でというのは視線が痛い。
さらに言うなら言われのない疑いもかけられそうな気がする。
一条家に…という考えが一瞬よぎるが、こんな時に限ってフロウは学祭の準備期間のため遅い。
自分だけならとにかく、本人不在の所にアオイまで連れて行くのも変な話だ。
気は進まないが仕方ない。
一通りの可能性が潰れて、コウは小さく息をついた。
「とりあえず家いくぞ。」
と言って、今度は乗り換えのために駅の階段を上がる。
「家?」
まだしゃくりをあげながら聞いてくるアオイの腕を掴んだまま、コウは短く
「俺ん家。ただし姫が学校終わったら一条家に移動な。」
と答えた。
そのまま小田急線に乗り換えて某高級住宅街へ。
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