生贄の祈りver.普英_10_6

西の塔の事件以来、ひどく体調を崩す事もなかったので正直油断していた。
朝からワタワタとしていて全く気に留めていなかったので気付かなかったが、元の自室に物を取りに行ったアーサーは部屋に戻った時には、もう具合が悪そうにため息をついていた。


滅多に自分から何かを頼んだりせず、自分でやろうとするアーサーが、冷たい水を一杯入れて欲しいなどと頼んでくる事自体が稀で、それでも急いで冷たい水を手に戻った時には、もう真っ青に血の気を失っていた。

慌ててベッドに寝かせた時にタイミング良く医者が到着。
どうやら風邪らしいが、早い段階で気づいて対処していたら、ここまで悪化させなかったのではないだろうか…と、ルートは肩を落とした。


「アーサー、つらいか?全く気付けなくてすまない」

少し熱がでてきたらしく体は熱いのだが、何故か顔は血の気を失って真っ青だ。
人を呼んでタオルを冷やすための冷たい水を桶に持って来させて、濡れタオルを額においてやると、アーサーは

「ごめん…別に眠いだけだから、ほっといてくれていい…」
と申し訳なさそうに眉を寄せて言う。

「ほっとけるわけないだろう。ずっとついているから気にせず寝ておけ」
泣きそうになってルートが言うと、アーサーはもう一度
「ごめん、ルート」
と謝って、目を閉じた。


その瞬間、バン!とドアの開く音。
その音にアーサーも一度閉じた目を開ける。

「「アーサー、大丈夫(か)?!!」」
と音声多重でギルベルトとフェリシアーノ。

そこで一気に殺気立つギルベルトに気付いて、エリザがフェリシアーノの口をふさぐと、そのままずるずる抱えて部屋を出て行った。

「あ……ぎ…る…」
声がかすれる。

エリザが連れて部屋を出て行ったが、視界の端に映ったフェリシアーノの姿に、
(ああ…フェリといたんだ……)
と、アーサーはずきりと心臓が痛むのを感じて、胸に手をやって顔を少ししかめた。

「胸?胸苦しいのか?!どっか痛いのか?!」
ギルベルトが駆け寄ってきて顔を覗き込むが、今ギルベルトの姿を見ていると余計に胸の痛みが強くなってくる気がして、アーサーは
「平気…痛くない…から」
と、顔をそむけた。

嘘だ……痛くないわけがない……アーサーの言葉にギルベルトは自分の方が胸が痛くなってくる。

せめて痛い、苦しいとすがってくれれば良いのに、アーサーはつらい時ほど離れようとする。そして…一人で逝きかけるのだ…。


ギルベルトはルートからタオルを受け取ると、おそらく痛みのために浮かんでいるのであろうアーサーの額に浮かんだ脂汗をぬぐってやる。

「痛みどめとか…苦しくないようにしてやる薬はないのか?」
というギルベルトの言葉に、ルートがチラリと医者に目を向けた。

「風邪…言う事なんだ」
ルートの言葉にギルベルトが医者の襟首をつかんで噛みついた。

「ふざけんなっ!アルトはこんなに痛がってるじゃねえかっ!!
お前の目は節穴かいなっ!!」
ギルベルトの言葉に医者がひぃっとすくみあがる。

「陛下落ち着いて下さい」
ルートが慌てて間に入った。

「…ぎ…る…」
と、アーサーも小さく呼びかけ、手を伸ばしてギルベルトの服の端をひっぱる。

「なんだ?!どうした?!」
その瞬間ギルベルトは医者を放り出し、ベッドの横に膝をついてアーサーの顔を覗き込んだ。

「…痛いわけじゃない…から。少し…眠いだけ…。」
そう…心の痛みまで自分のせいにされては医者も迷惑だろう…。
…というか…風邪を理由に眠ろうと思っていたのに、これでは眠れない。

「…少し寝る…から…」
放っておいてくれという気持ちを込めてそう言って目をつぶった瞬間

「だめだっ!目を開けてくれっ!!」
といきなりギルベルトの悲鳴のような声が聞こえて、アーサーは重い瞼を開いた。

「…ぎ…る?」
不思議そうな視線を送ると、ギルベルトは自分でも驚いたようにハッとした顔をする。
そして
「わるい…。つい…な。…怖いんだ。またアルトが目覚まさないんじゃねえかと思ったら…目つぶられるの怖いんだよ…」
と、泣き笑いのような表情を浮かべた。

ああ、まだ自分はギルベルトに気にされているらしい…。
ギルベルトの言葉と表情に、少し胸の痛みが引いて行く。

この痛みがもう一度襲ってくる前に、眠りにつければいいな…とアーサーは思った。

この少しの甘い喜びが残っているうちに時を止めてしまえればいいのに…
ギルベルトの視線が完全に自分に向かなくなるその前に…。

人質となって胸の痛みと共に生きるなら、生贄となって天に召される方が案外幸せなのかもしれないな…と、ふと、そんな考えが頭をよぎった。


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