ギルベルトさんの船の航海事情_38

ウッディーンは思いがけず若い男だった。
案内されて足を運んだ屋敷の部屋で3人の美女を侍らせてソファに座っている。

その姿にギルベルトはすでに表情を厳しくして眉を寄せた。

「わざわざご足労頂いて申し訳ない」
と、にこやかに座を勧められるも、立ったままでまず口を開いた。

「先に一点確認をしたい」
と、仮面をつけさせてアントーニョと挟むようにしているアーサーを手でかばうようにわずかに手を後方にやって、相手に刺すような視線をむける。

そんな明らかに好意的とは言い難いギルベルトに、居並ぶおそらく護衛も兼ねているのであろう使用人たちも緊張の色を見せた。

「なんだろうか?何かハシムが失礼でも?」
と、そんな状況であるにも関わらず、ウッディーンの方は飽くまで表情1つ変えない。
そのあたり色々な修羅場も切り抜けてきた人物のようだ。

「アフリカの奴隷商人のエスピノサを知っているか?」
との言葉にも全く動じることなく

「ああ、名前と所業くらいは」
と、淡々と答える。

「彼と取引をしたことは?」
「ないね。ああ、そういうことか」

と、ずいぶんと察しの良い人物らしい。
小さく笑って言った。

「この3人の娘達は、私の乳兄弟で召使いで護衛だ。
私はこう見えても王族の血を引いていてね、戯れにでも身元不確かな者を寝室に入れたりすることはしないし、ましてや金で買った、かどわかされて怯えた娘をわざわざ抱く趣味もないよ。
ということで、君の質問の答えにはなったかな?」

表情が読めない人物でその言葉の真偽は必ずしもわからないが、後ろに居た娘の1人が

「ウッディーン様になんて失礼な事を!」
と憤慨しているのは、演技には見えない。

「ああ、ドニア、仕方のないことなんだよ。
実際にアフリカの奴隷商人を贔屓にしている輩がいるのは確かだからね」
と、ウッディーンはそこで初めて温度を感じる笑みを見せた。

それにギルベルトは少なくとも彼の言っている事が真実らしいと判断する。

「突然失礼を言って申し訳なかった。
心から謝罪する。
我々がインド洋に足を伸ばした目的の1つが、仲介している奴隷商人を潰すことだったので」

「ふむそれでは我々は良い盟友になれそうだよ。
みな、下がっていい」
と、ウッディーンが頷いて手を振ると、左右に居並んでいた使用人達はうやうやしく頭をさげたあと、部屋をあとにした。

そうして残ったのはウッディーンと3人の娘たち。


「誤解が解けたところで座って頂けるかな」
と座を勧められてようやくギルベルトがアーサーを促して座らせて自分もその隣に座る。

そうして彼はただ1人立ったままのアントーニョに視線を向けるが、空気を読むとか気遣うとかそういう意識のないアントーニョは

「親分はなにかあったらすぐあーちゃんを守るために動かなならんねん」
とバカ正直に言うので、ギルベルトは頭を抱えた。

「あ~申し訳ない。
最近本当に最近、連れがさきほど話したエスピノサに誘拐されてあやうくそのまま売り飛ばされるところだったので、彼はとても神経質になっている。
危害を加えられない限り暴れたりはしないので、放置してもらえないだろうか」

と、せっかく良好になりつつある空気を壊さなければいいがと思いつつギルベルトが言うと、意外にもウッディーンだけではなく、さきほどからあまりこちらに良い感情をもっていなかったように思えた娘たちがこぞって

「まあそちらのお嬢さん?」
「可哀想に
「怖い思いされたわね。
でも大丈夫。ウッディーン様の勢力圏内に居る限りはそんな輩をのさばらせたりはさせていないから、安心してちょうだいね」
など、アーサーに声をかけている。

その中の1人、一番若そうな娘はさらにアーサーの身につけている各種金細工のアクセサリに興味津々といった風に目を向けた。

「欧州ではそういう飾りが流行っているのかしら。
ブレスレットもネックレスもすごく繊細な細工ね。
仮面の金細工の飾りも素敵」
と、身を乗り出してきて、他の娘に

「ファーティマ、おやめなさい。ウッディーン様のお話のお邪魔をするものじゃないわ」
と、たしなめられる。

「いえ…これもできればお仕事にと思って用意してきているものでもあるので…」
と、そこでアーサーは初めて口を開いて、

ギルベルトさんだめです?」
と、仮面に手をやりながらギルベルトをみあげた。



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