会議の開催時刻1時間も前だった。
確かに早めに会議室入りする国もいるが、だいたいは会議場の直ぐ側のホテルを用意している事もあってそれほど交通機関を考慮する必要もないので早い国でも30分前くらいなのだが、珍しいこともあるものだ…と、プロイセンはのんびり返す。
が、それに返ってきた弟の声は深刻そのものの様子だ。
『慣れない事をしたせいなのかもしれんが、早く会議室入りしたフランスがいきなり滑って頭を打った。
医務室に運び込んだから様子を見てもらえないだろうか…』
なるほど。丈夫な国体と言えど頭が急所であるのには変わりない。
「あ~、あいつならこれ以上頭がおかしくなる事はねえとは思うけど、一応見に行っておくわ」
と、それを聞いたプロイセンは、手にした今日の会議資料を部下に渡して、スタッフルームをあとにした。
会議室やスタッフルームと同じ階にある医務室。
そのドアの前でプロイセンは
(もしかして、あれだけ止めたのに性懲りもなく早くついて何か仕掛けようとかして失敗したかぁ…?)
などと思いながら、やれやれとため息をついた。
ノックをすると、
──どうぞ~
と、頭を打ったというわりに意外に元気そうなフランス本人の返事が返ってきたので、ドアを開けて中に入る。
フランスはベッドの上に半身を起こして、プロイセンに向かってひらひらと手を振った。
頭には包帯。
「切ったのか?」
と、聞けば、
「ん~ん。たんこぶできちゃったから湿布はって、それが落ちないようにね」
と、ぱちこーんとウィンク。
その脳天気な様子にたいしたことなかったんだな、と、思うと同時に、ふと一つの可能性がプロイセンの脳裏を横切った。
もしかして…昨日のアレは怪我をしたということで心配をさせて同情を買おうとかそういうことだったのか…?
そう思って考えてみれば、態度を見る限り大したことはなさそうなのに、頭に包帯を巻いているというだけで、ずいぶんと重傷に見える。
しかしまあ…姑息は姑息だが、許容の範囲か。
確かにイギリスは強者には強いが弱っている相手には意外に弱いところがある。
それが憎からず思っている相手ならなおさらだろう。
こんな小細工をしなくても、どうせくっついてしまうのだ。
腹は立つが、まあ少しは優しくされたいというフランスがそれで気がすむなら、死にそうな演技とかをするわけじゃなし、少し怪我人扱いで優しくされるくらいは良いのだろう。
「ヴェストに言われて様子見に来たんだけど元気そうだな。
俺様、まだ仕事が山程残ってるから退散するぜー!」
「えー?!もうちょっと相手してよおー!」
と言うフランスを放置で即医務室をあとにしたのは、言葉通りの理由だけではない。
確かに会議前の主催国スタッフとしては暇ではないが、プロイセン以外にも当然優秀なスタッフが揃っているので、別に一人抜けたからといって立ち行かなくなるわけではない。
単にプロイセンがこの場にいたくないだけだ。
そう…怪我をしたフランスを心配して駆けつけるイギリスの姿を見るのは、やっぱりまだ辛い。
「さ~!!仕事すっぞおぉーー!!」
と、滅入ってへたりこみたくなる自分を叱咤するために声をあげ、プロイセンはブンブンと腕を振り回しながら、スタッフルームへと戻っていった。
そして落ち込む…
おそらく今日、自分が数百年もの長い間片思いしていた相手が別の男と両思いになるのだと思えば、さすがに打たれ強いと評判のプロイセンだって落ち込まずにはいられない。
だがここは職場であり、落ち込んで泣くわけには絶対に行かない。
そんなプロイセンにできることは、せめて仕事が終わって他人の目がなくなるまでは、今日、外で起こりうる情報を全てシャットしてしまうことくらいだ。
だから、弟に
「今フランスの様子見てきたけど、大げさに包帯巻いてる割にずいぶんと元気そうだったから心配はいらなさそうだぜ。
それより俺様、今日はちと真面目に集中して資料作成したいんで、これからスマホの電源切って第2会議室に缶詰になるから、なんかあったらハンスにでも言いつけて置いてくれ。
後日対応する」
と報告したあと、スマホの電源を切ってノートPCを手にスタッフルームと通路を挟んで反対側の個室へこもった。
もちろん仕事をサボるわけではない。
そちらにはモニターがあって、会議室の様子が映し出されている。
プロイセンの仕事は会議の進行に合わせて必要なデータを送ったり、会議の内容を記録したり、会議での結果を踏まえた資料を作ったりすることだ。
さすがに会議中にいきなりいちゃつき始めたり告白タイムが始まったりはしないだろうから、会議開始ギリギリにモニターをつけて、休み時間にきっちりとモニターの電源を切ることにした。
もちろん、普段は悪友たちと誘い合ってランチに行ったりするところだが今日はこの部屋でパンをかじることにする。
万が一…万が一にも感情が高ぶって涙がこらえきれなくなっても、ここならひとりきりだ。
誰に見られることもない。
もちろん仕事中なのだから、そんな個人的な感情を露出するというのはプロイセンの主義に反するが、今回ばかりは感情のコントロールができない可能性も否定できない気がした。
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