お兄さんは頭を打ったことにしました_1


──お兄さんそろそろ限界だなぁ


それは欧州会議2日めの夜のことだった。

ドイツに付き従ってスタッフとして同行していたプロイセンに、会議後フランスが声をかけてきた。

いわく
「お兄さんおごっちゃうからプーちゃん一緒に飲みに行かない?」


プロイセンは国体でなくなって久しいがドイツの補佐として国体の会議に同行することも多く、こうやって誘われるのも珍しいことではない。

が、今日は少し様子が違うようだ。
いつもなら一緒のスペインがいない。

会議終了後に誘いを了承してちらりと様子を見てみるが、スペインはいつもの通りゆっくりと内職の道具を片付けているし、このあと予定があるようには見えない。

それでも自分だけを誘うのは何故なのだろうか……

そんなことを思っては見たが、おそらく意図的なものなのだとしたらフランスも完全に2人になったところで説明するのだろうと、黙ってついていくことにした。


とりあえず欧州会議は明日が最終日であと1日残っているということで、まだ完全にハメを外すわけにもいかないので、食事がメイン。

今回の開催国はドイツなのでプロイセンが地元のレストランに案内して、美味しい料理をつまみながら程よく酒が入ったところで、フランスが本題に入った。

それが冒頭の限界発言である。

それに対しては、なんとなく予想がついてしまって
「限界って…イギリスのことか?」
と、ビールのジョッキに顔をうずめながら視線だけチラリと向けるプロイセンに、

「え?なんでわかるの?」
とフランスは案の定、目を丸くする。

そりゃあわかるに決まっている。
だってフランスどころか誰も知らないと思うが、プロイセンはこの数百年というものいつも、フランスとじゃれあうように喧嘩をしているイギリスを見つめ続けているのだから。



グレートブリテン及び北アイルランド連合王国

それは欧州の西の端に浮かぶ島国で、かつては7つの海を支配する覇権国家だったことすらあるが、その国体はその国土を象徴するように細っこくてとてもじゃないが1000年を軽く超す老大国には見えない。

したたかな海賊国家として名高いその国の国体はいつも実に巧みに自国の利を図っていくが、一旦国としての立場を離れてプライベートになると、痛々しいほど一途で不器用な性格をのぞかせる。

趣味は刺繍やレース編みなどを始めとする手芸、そしてガーデニング。
妖精と心を通わせる一方で、国体を含む人間との関係を築くのが苦手。

容姿だってずいぶんと愛らしい。
まるで秋風に揺れる小麦のような黄金色の髪に真っ白な肌。
そして淡い淡いグリーンの大きな目。
本人いわく体質的に筋肉も贅肉もつきにくいという体躯は、まるで少年のように華奢でたよりなげな印象を与える。

そんなふうに全てが としての彼の姿とは対象的で、あるいはそれがこの小さな島国の本来の姿で、外敵がいなければ、綺麗な森と湖に囲まれた繊細で優しい国だったのかもしれない。

だからプロイセンは時折、彼よりも遅く生まれた身ではありえないことなのに、例えばフランスが初めてイギリスを訪れたくらいの時にいや、彼の兄弟に迫害される前くらいに彼に出会って保護してやれていたならばと思ってしまうのだ。

だって森の生き物にそしておそらく自分には見えないがそこにいるのであろう彼の友人の妖精たちに向けるイギリスの目は優しく、その邪気のない笑顔は本当に愛らしい。

愛らしいからこそ、それを押し込めて強気な仮面をつけて武器を手に取らなければ生き続けることができなかったのであろう彼の人生を痛々しく思った。

生きていくために強くなって、強くなったために多くなった敵。

不器用で上手にかわせないがために敵ではなくなってからも向けられる手厳しい言葉をまともに受けて、虚勢と皮肉の仮面をつけながらも傷つき揺れる澄んだグリーンの瞳を見るたび、プロイセンはいつも自分の胸が痛むのを感じていた。

だからいつだって自分だけはそんな言葉尻に乗る事はしなかったし時にやんわりとその矛先をそらしたりもしていたのだが、イギリスは本当に幼い頃から一緒にいるフランスに対するようには、心の底からプロイセンに気を許してはくれていない気がした。

そう、だからこその片思い歴数百年なのである。



>>> Next (10月12日0時公開予定)



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