コウの側を離れて藤に抱きつくフロウ。
「姫、相変わらず可愛いね~。」
と、それを抱きとめる藤。
「コウ…お前、姉貴なんていたんだな。」
そんな二人を遠目にみながら、和馬は一歩コウに歩み寄った。
そこでコウはようやく和馬に気付く。
「ああ、和馬が案内してきてくれたんだな、悪かった。相田とかいなかったのか?」
相田はいたのだが自分が…というのはあえて口にせず、和馬はただ
「いや、まあ暇だったからいい。それより…そっくりだな、姉弟。」
とだけ言った。
そっくり…なんだろうか…。
二人とも凛とした感じで似た系統の端正な顔立ちではあるが、そっくりとまではいかない気がする…とコウは思う。
まあ…性格が似ているから雰囲気も似て来るのだろうと
「そうか?」
とだけ返しておく。
肝心な所を修正するのをすっかり忘れているのが、今回疲れきっている証拠か。
とりあえず疲労で色々頭が回らないコウだが、それでも
「じゃあそういうことで…姫お願いします、藤さん」
と、キチンと背筋を正して藤に向かって頭を下げた時、藤は
「あ、そうだ、例の事わかったよ。」
と、ふと思い出して口を開いた。
「ホントにわかったんですか?」
半分期待せずに頼んでみた訳だが…とコウは驚きの声をあげる。
「ふっふっふ。聖星内の人脈の広さに置いては他の追随を許さないと自認してるよ」
得意げに言う藤。
「さすがです…」
もう感心するしかない。
聞いた事は…もう20年近く昔の出来事だ。本当にわかるとは…。
「有名人だからね、優香さん。シスターも記憶してたし。
うちの生徒の親も聖星多いから、同級生や下級生の親関係からも情報あってね。
”ファントム”の正体ははっきりわからないものの、どんな人物かとか何があったかは調べがついたよ。なんと…当時の新聞部がこっそり激写した写真とかもある」
「それは…すごい。今持ってます?見せて頂けますか?」
「ほらっ。これ」
藤はピっとジャケットのポケットから人差し指と中指で一枚の写真を取り出してコウの前に差し出す。
コウはその写真を受けとると
「…これは…」
と硬直した。
「どうした?コウ」
と、駆け寄って写真を覗き込んだ和馬も硬直する。
「…この人は…”ファントム”は一体何をしたんですか?」
写真を覗き込んでいた顔を上げて、コウは藤に聞いた。
「ん~、単なる1ファン?
たださ、数回に渡って届けられたサギソウの花に必ず添えられていたカードの内容が
”私のクリスティーヌへ、夢でもあなたを想うファントムより”
でね、ちょっと話題を呼んだらしいよ。
当のクリスティーヌの優香姫は普通に綺麗だからってそれを飾ってたらしいけど、周りが気味悪がってね。彼女を一人にしないようにすごい物々しい警戒体勢取ったらいつのまにか届けられなくなったんだって。」
「なんだか…悲しい話だな。
”ファントム”は別に危害を加えようとかいうわけじゃなくて…見返りすら求めてなくて…単に好きになった相手に花を贈りたかっただけかもしれないのにな…」
コウは少しうつむいた。
相手に想われないなら、ソッと花を贈るのすら許されないんだろうか…。
「あのさ、姫、ちょっと待っててくれ。」
コウは言って体育館の壇上へかけあがった。
そこでは閉会式の飾りを片付ける学祭の実行委員達が立ち働いている。
「あ、三鷹、悪いんだけどさ、この花少しだけもらっちゃだめか?」
丁度同級生で実行委員長の三鷹の姿をみつけて、コウは声をかけた。
「ああ、碓井さん、姫様にプレゼントですか?
どうせあとは処分しちゃうだけですから、お好きなだけどうぞ」
にこやかに了承する三鷹に礼を言うと、コウはその中から水芭蕉を1本抜き取ってフロウ達の元へ戻った。
「これ…持ってくれ」
差し出された花を不思議そうに受けとるフロウ。
「ミズバショウ…ですね。花言葉は…”美しい思い出”」
「…うん。」
コウはそのまま先に立って歩き出す。
体育館を出て校庭を横切り、一本のイチョウの木の下。
「ここは…亡くなった先生が発見された場所?」
やっぱり不思議そうに首をかしげるフロウにコウは
「花…そなえてあげてくれ…」
と言う。
その言葉にフロウは黙って一歩踏み出すと、木の根元にそっと水芭蕉を置いて、小さな手を合わせた。
「あれ…黒河先生…だよな?」
フロウと藤が帰った後、生徒会室へ戻る道々和馬が聞いて来た。
藤の写真に写っていたのは中年の男。
少し悲しげな…でもその感情とは対極であるはずだが、少し幸せそうな表情で、物陰にソッと立って何かを…おそらく高校生時代の優香をみつめている。
「いや…あれは”ファントム”。それ以上は追求しないのが思いやりってものだろ…」
コウの言葉に、普段は皮肉で返してくる和馬が珍しく
「そうだな…」
と同意した。
20年ごしの悲しい男の思いが本人の意志に反してこれだけの波紋を呼んだわけだ…。
”ファントム”…それはたまたま想い人が非常に幸運にも自分に微笑みかけてくれた少数の男以外が誰しもなる可能性のある、悲しい男の姿である。
せめて最後に身代わりとは言えクリスティーヌに一輪の花を贈られて、成仏できただろうか…。
コウは現在の自分の幸運と幸せをかみしめつつも、何かもの悲しい思いで、廊下の窓からイチョウの木の下に添えられた水芭蕉の花に目をやって、おおきなため息をついたのだった。
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