そして夕方、コウが重い足取りで生徒会室のドアをくぐると、おおはしゃぎの相田と佐藤の声が聞こえる。
一体何を着させられるんだ…と、それでも諦めの境地で前方に目をやると、相田が軍の礼服のような衣装を手にかけよってきた。
「大正10年開校当時の生徒会長の儀礼服のレプリカだ。当時は良家の子弟のみ入学を許されていて、さらにその頂点にたつ生徒会長ともなるとものすごいステータスだったらしいぞ。
で、当時は通常時に着る学生服とは別に特別な時に着る儀礼服があったんだ。
俺が着ているのは同じく副会長の儀礼服のレプリカ。相田と佐藤のは一般生徒のな。」
黒地に金の飾りがついた会長用とデザインはほぼ同じだが、金の部分が銀の飾りの仰々しい服を身につけた和馬が、そう説明をする。
「今年は伝統の行事ができないということだから、むしろ初心に返って伝統を作ると言う意味で開校当初の出で立ちを用意してみた。”伝統を守れなかった生徒会”なんて汚名はまっぴらごめんだ。
むしろそれなら”伝統を作った生徒会”として歴史に名を残してやる。
だからお前もちゃっちゃと着替えろ。」
なるほど…一応ただの仮装ではなく、深い意味があったのか…。
和馬の知識と発想に感服するコウ。
もちろん即着替えをすませた。
いつも思うのだが…みんな自分をすごいと讃え、自分には敵わないというのだが、こんな発想がでてくる和馬の方がよほどすごいのではないだろうか。
コウが着替え終わると、生徒会役員全員で表彰を行う体育館に向かう。
すでに広い体育館には生徒はもちろん、OBや兄弟校の学生なども来ていて満員御礼だ。
コウはため息をついた。
生徒会長になった時点で仕方なく何度かはやってみたものの、人前での演説に近い挨拶は苦手だ。
「まあ…苦手なものは得意な者に任せるのが一番だ。
お前はしゃべらんでも他がどんなに努力しても得られんカリスマ性、華がある。
しゃべりは俺に任せて堂々と振る舞え」
ポンとコウの肩を叩いて和馬が壇上へと向かった。
割れるような拍手。
それに軽く頭を下げると、和馬は前を見据えてよく通る声で話し始めた。
「生徒諸君!OBの方々!まずは残念な報告があります。
今年は海陽祭準備期間中、当校の物理学教師黒河達治先生、そして開校以来の伝統行事ミス海陽コンテストに出場して下さるはずだった前野美沙さん両名が殺害されるという大惨事に見舞われました。
ここでお二人の冥福を祈り、全員による黙祷を捧げたいと思いますので、全員ご起立をお願いします」
その言葉に全員が起立をすると、和馬の
「黙祷!」
の号令で全員目をつむり、黙祷をささげた。
そしてしばらくのち
「ありがとうございました。着席願います」
と、和馬が指示し、全員また着席をする。
その後和馬は某財務省職員のOBの私的なトラブルで前野美沙を殺害、そしてたまたま状況的に巻き込まれた黒河に罪をきせて殺害した旨を説明した。
「今回の事は当校OBによる不祥事です。許されざる罪悪!消しようのない汚点です。
ではそのような不届き者一人のために海陽は地に堕ちたのか?!否!!
実は今回の卑劣にして難解な事件を解決したのもまた、我が校の誇る偉大な先輩である警視庁の加藤大悟警視と、他ならぬ現生徒会会長碓井頼光なのです!
俺は生徒会副会長としてではなく、海陽学園の一生徒として二人を誇りに思います!!
不届きな犯罪者によって破壊された海陽の誇りはいま、二人の海陽の意志を強く継いだ英雄によって新たに築かれたのです!!」
サッと右手を横に振り払うような動作と共に強い口調でそう言いきった後、和馬がそこでいったん言葉を切ると、会場内は誰からともなく立ち上がり、割れるような拍手で包まれた。
「すごいな…和馬。本当に海陽の歴史に残りそうな演説だ…」
コウは隣に控える佐藤にコソコソとささやき、佐藤はキラキラと目を輝かせてウンウンとうなづいた。
その拍手もなりやまない中で、和馬は再び声をはりあげた。
「今年は長年に渡り先輩諸兄が培われてきた誇りが壊され、そして現在の在校生一同により新たに作り出される年になりましたっ!
生徒会役員一同、本日は初心に戻り新たな海陽に相応しい誇りと伝統を作ろうとその思いを胸に、こうして開校当初の生徒会役員の儀礼服を身につけ、皆様の前に立たせて頂いております!」
そこでまた
「おお~」
という歓声があがる。
「そういう事情により、毎年行われて来たミス海陽コンテストは本年度よりいったん廃止させて頂く事になりました。楽しみにしていて頂いた皆様には大変申し分けない!
ただし…ミス海陽による表彰はさせて頂きます。」
ニコリと言う和馬に会場はざわめいた。
「どういうことだ?」
コウもわけがわからず隣の佐藤に聞くが、佐藤もフルフルと首を横に振る。
「みなさん…そもそも”ミス海陽”とはなんでしょうか?」
ざわめく会場に構わず和馬が話を進める。
「”容姿のみ”しか知らない他校の女生徒を集めて人気投票で選出する…それが果たして海陽を代表する女性と言えるのでしょうか?
”ミス海陽”と対になる”ミスター海陽”、それはまぎれもなく学力、身体的能力、人格に優れた人物として全校生徒に選出をされた生徒会長であると、私は考えます。
その全てにおいて優れた人物である生徒会長が己のパートナーとして選んだ女性、それが”ミス海陽”に相応しいのではないだろうかと、私の独断と偏見で、今年は会長である碓井のパートナーに”ミス海陽”としての役割を担ってもらおうと、招待いたしました。」
ええ???
驚くコウ。
そんな事は一言も聞いていない。
隣の佐藤を振り返るが、佐藤もブンブンと首を横に振った。
しかしそこへ、いつのまにやら消えていた相田がフロウをエスコートして連れてくる。
「コウさん…姫様をエスコートして壇上へ」
小声で言う相田。
レースをふんだんに使ったふわりとした白いワンピース。
それは普通にフロウの私服なんだろうが、お姫様然としたフロウをさらにお姫様っぽく見せている。
本気で寝耳に水。何も聞いてなくて戸惑うコウだが、そこで逃げたら大騒ぎだ。
仕方なしにフロウをエスコートして壇上へ。
後ろにはスクリーンが出て、その二人の様子を映し出した。
「現海陽生徒会長、碓井頼光と、私立聖星女学園3年の一条優波さんです。盛大な拍手を!」
和馬が片手をあげて叫ぶと、会場から歓声と共に割れる様な拍手がおこる。
まあ…二人ともスクリーンから飛び出してきたようなありえない美形なので、これ以上なく華はある。
ため息とも歓声とも取れる声が会場内にこだました。
「一条さんはミス聖星にして中等部時代は学園祭でジュリエットを演じた事もある、碓井が日々学校の通学時など大事に大事に護衛している碓井の交際中の女性です。
碓井は頭脳明晰スポーツ万能なだけでなく、そんな風に一人の女性を大切にしている一面もある人間なので、出来る人間ではあっても今回の勉学だけに特出しているような歪んだ人間には決してなりません。
勉学もスポーツも、そして人間性も、どれも同等に磨いて行く、これを新しい海陽のスタイルとして生徒会役員一同、今後より一層の努力を重ね、生徒の模範となるよう精進を積み重ねて行きたいと思いますので、皆様にもこれまでに変わらぬ支援をよろしくお願い致します。」
その後和馬は今回の事件解決の立役者として加藤を紹介。
壇上に上がってもらい、言葉をもらう。
また割れる様な拍手と歓声。
「海陽!海陽!」
というコール。
異様な盛り上がりを見せる場内。
OBによる殺人事件と言う不祥事のマイナスイメージは、また別のOBと現生徒会長が見事事件を解決したことで完全に払拭され、今回の事件は海陽の歴史の中のさらに輝かしい1ページとして残りそうだ。
その汚点を見事に誇らしい歴史に変えた真の立役者は実はこの優秀なプロデューサー、生徒会副会長であることは、祭り上げられている当人、生徒会長のコウ以外は気付かない。
そして表彰式。
和馬が渡す賞状を生徒会長のコウが読み上げ授与、フロウがメダルを入賞者の首にかけていく。
それが終わると生徒会長の挨拶。そしてラストに学園長の挨拶で〆。
こうして波乱に満ちた海陽祭が終わった。
「あ~全部が終わったな…」
事後処理を終え、生徒会室に帰ると和馬が椅子の上で伸びをした。
「これで…生徒会の仕事もほぼ終わりか…。この部屋ともあと半月ほどで別れる事になるな」
「寂しい…ですか?」
和馬らしくない少しセンチメンタルな言葉に、相田は少し微笑んで言う。
それに対して和馬は一瞬嫌な顔をして、しかしすぐ
「いや、せいせいする。生徒会なんてやってるのは内申のためだしな。」
と、いつものポーカーフェイスに戻った。
内申のためだけにしては随分と裏方に徹して活躍したものだ…と、その素直じゃない和馬に対して相田は思ったが、そんな事を口に出したら蹴りが飛んで来るのは目に見えているので黙っておく。
「俺も…女作っとくかなぁ…」
そして突然のつぶやき。
「唐突…ですね」
目を丸くする相田に、和馬は机に足をのっけて頭の後ろに手をやった。
「一人作っておけば便利じゃないか?
下手にフリーでいて変な女にひっかかって殺人なんて事態も避けられるし。
それなりの女作って”大事にしてるふり”しとけば、愚民共は親しみ感じてよく言う事きくようになるからな。」
「もう…誰の事言ってるんですか」
相田の脳裏には言うまでもなく自分達のボスの顔が浮かんでいるわけだが…それもあえて言わずに苦笑するにとどめる。
そこで唐突にガラっとドアが開いた。
「お邪魔するね~。ちょっと聞いて良いかな?」
入って来たのは少しの癖もない長い黒髪をたなびかせた美女。
「あ、はい。何かお困りですか?」
一応まだ校内に残っている来訪者もいるので、相田は仕事に戻って言う。
「うん…ちょっと人探してて…」
誰かに似ているその美女は、そう言ってふと和馬に目を留めた。
「そこの青少年!机に足を乗せない!だらしない!」
ツカツカと歩み寄ると、美女は有無を言わさず和馬の足を机から払いのける。
ぽか~んと惚けて美女を見上げる和馬。
誰かに…そう、この妙な潔癖さは誰かに似ている…。
「コウ?」
なんとなく口をついて出た和馬の言葉に、美女はきょとんとした目を和馬にむけた。
「あ~、そう。どこにいるか知らない?青少年。後片付けで遅くなるからって姫を預かる約束してるんだけど…。」
「碓井の…お姉さんかなにかで?」
「ん。まあそんなもん」
うなづく美女に、和馬は立ち上がった。
「たぶんまだ体育館でOB連中に捕まってると思うので、案内します」
「お~、ありがと~」
そして美女と共に消えて行く和馬。
「コウ会長って…一人っ子じゃなかったっけ?」
それを不思議そうに見送って言う佐藤に相田はうなづいた。
「まあ…それもそうなんですけど…。”あの”和馬さんが俺らいても自ら足動かすって方が謎かも…」
「ああ、そりゃそうだな。コウ会長は何でも自ら動く人だけど、和馬さんは人使い荒いもんな」
和馬に日頃から使いっぱ1号、2号と言われている2年生コンビはそんな話をしながら、珍しく上二人がいない生徒会室で、久々にゆっくり茶飲み話にいそしんだ。
「こんなところにいたか、弟よっ!」
体育館にて。
ようやくOBを振り切ったコウの背中を後ろから叩く人影。
「あ~、藤さん、丁度いいところに。」
コウは振り返ってその人物を認めると、微笑んで言った。
風早藤。聖星女子大の3年生。フロウの先輩、ユートの姉遥の友人だ。
風早財閥の一人娘にして跡取りで、コウ達が遭遇した2番目の事件で、コウと一緒に事件解決に奔走した人物でもある。
藤は女性ながらも幼い頃から財閥の跡取りとして日夜学問と護身術を叩き込まれて来たというのが、理由の違いはあるもののコウと一緒で、その高すぎるスペックゆえ同年代の人間が近づきにくいために人間関係に慣れてなくて不器用と言うところまで、まるで姉弟のようにコウとそっくりなのだ。
そんな二人は事件後も他人に馴染みにくい二人にしては珍しいまさに姉弟のように気楽な間柄として連絡を取り合っていた。
「今ようやく接客終わってこれから生徒会に戻りなんで、姫預けていいです?」
フロウが中等部時代ジュリエットを演じた時のロミオ役で、フロウとも旧知の仲で、しかも多少の不逞な輩が出てもはり倒せる程度の強さも兼ね備えているので、フロウをいきなり呼び出されたために送る手段を考えていなかったコウは迷わず藤に連絡を取ったのだ。
ユートでも良かったのだが、おそらくユートは自分が連れて来た女性陣を自宅に送り届けるので忙しいだろうと思い、そうした。
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