寝台に横たわるギルベルトの大切な姫君は、着衣の乱れは特になさそうだったが、背中まで伸びていた髪が肩にかろうじて付くくらいまでバッサリと切られている。
何故…?
絶対に危害は加えられないと思っていたのだが、その惨状を見てギルベルトは硬直した。
そのくらいギルベルトだって知っている。
あまりのショックで心臓がひどく脈打ち、怒りのあまり目眩がした。
自分が与えたものではなかったが、アントーニョと街に出た時に買ってきた金細工の髪飾り。
それを嬉しそうに髪につけていた姿がグルグルと脳裏を回る。
アントーニョのように気軽に女性に物を贈ったり出来る性格ではなかったので、そんなアントーニョに少し嫉妬のようなものを感じたこともあったが、それなら来年のお姫さんにあった日に記念だからと贈るならどうだろうと、そんなことを考えていたところだった。
そうして少し注意をしてみれば、両の手首がこれも柔らかな紐で縛られている。
ゾッとして今度は顔に視線をむけるが、特に辛そうな様子も見せず、安らかな顔で眠っているので、これ以上ひどいことをされたとは考えたくない。
そこでギルベルトはまず手首の紐を解いた。
柔らかい布でできているが、それでも全く跡がないということは、ほどこうなどと抵抗もしなかったということで、おそらく眠っている間に縛られたのだろう。
それにはわずかにホッとするも、完全に安心できたわけではない。
「…おひめ…さ…ん……」
事実を知るのが空恐ろしい気がして…でも無事な事を確認したくて、おそるおそる声をかけながら手を伸ばす。
しかし震える手が頬に触れても白い瞼は開くことはなかった。
…え……と、心臓が跳ね上がる。
まさか…まさか…まさか……
呼吸はしているのはわかるので、生きているのは確かだが、それでも目を覚まさないということは……
エスピノサは…有害なドラッグでこの街の、近辺の村々を食いつぶしていった男だ……
そう思いついてギルベルトはさらに青ざめた。
焦る心はとにかく起こして事情を聞きたいと訴えるが、揺さぶったりして何かクスリの周りを早めたりはしないだろうか…。
とにかくすぐに船に連れ帰り、船医に見せなければ……
そう判断してお姫様を抱き上げると、とりあえずエスピノサを確保したい他に、自分は先に船に戻る旨をつげて外に出ると馬を駆る。
港まではそう遠くはない。
だが、逆に港で出港準備をしているのであろうエスピノサの手下とかち合う可能性がないとは言えないので、形ばかりにはなるが、自分のマントにお姫さんを包み、それを腕の中に隠すように馬で走ったが、幸いにしてそれらしい一団とすれちがうこともなく、なんとか無事に船に戻った。
船では青ざめたギルベルトとは反対に、怒りに顔を赤くしたアントーニョが待っていて、ギルベルトが抱き上げて運ぶお姫さんを見ると、やっぱり泣いた。
「女の子の髪を切るなんて事、よお出来たもんや。
あ~ちゃん可哀想になぁ…親分がこれから1人残らず地獄に送り込んでやるからなぁ…」
と、言いながら、部下を連れてハルバードを抱えて下船していくが、それを止めるなどという考えも浮かばず、ギルベルトは船室の奥へと入っていった。
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