ギルベルトさんの船の航海事情_21

こうしてこの【北海の黒鷲号】で暮らすことになったアーサーがまずしたのは、食事を変えること。

ギルベルトは王族であるアーサーに気を使ってわざわざフランにアーサー用に別に作らせてくれていたのだけれど、アーサーがみなと同じ物が食べたいのだと言うと、最初はそれは申し訳ないからと固辞されまくったが、それでも望むと結局用意してくれた。

干し肉に黒パン、焼き魚
色々と食べたことのない味だった。

正直美味しいとは言えなかったが、物珍しさもあって食べられないということもなかった。
あとはたまに現地で仕入れたフルーツを、まず味見、毒味をしてから食べさせてくれる。

どちらにしてもみんなと一緒に取る食事は美味しい。

最初は部屋でギルベルトと2人でついで悪友2人がそこに来てくれるようになり、すっかり慣れてきた最近は、たまに他の船員達もいる食堂で食べたりもする。



船乗りと言ってもきちんとした国軍の軍人は海賊たちとはかなり違って、船員というよりは城の衛兵を思わせる。

アーサーにはとても丁寧で優しくて、でも少し堅苦しい。

それでも互いにだいぶ慣れてきたし、なによりギルベルトの悪友2人はまるで旧知の間柄のように親しくしてくれる。

そう言えば城に引き取られてから、身の回りの事をしてくれる侍女との最低限のやりとりと、せいぜい無茶ぶりをしてくる女王である姉との会話くらいしか他人と接することがなかったので、そんなコミュニケーションは随分と新鮮な気がした。


気候と天気次第ではよく甲板に足を運んで、果てしない海や空を飽きもせずに眺めるのも日常化したし、その際には誰かはついてくる3人組との会話も楽しい。

今日はギルベルトは艦長としての仕事で忙しく、フランシスはつい先ごろ寄港した街で仕入れたフルーツでデザートを作ってくれるとかでやはり忙しいので、アントーニョがそばにいてくれる。

彼はもっぱら戦闘専門らしく、アーサーがこうやって外で過ごせる非戦闘時はたいてい暇なので



あの上から眺める景色はすごく綺麗でしょうね」

それまで赤々と染まる夕焼けを見ていたアーサーは、隣に立つアントーニョの気配に、彼が今まで登っていたマストのてっぺんに視線を送る。

そのアーサーの視線を追うように、アントーニョの視線もマストの上へ。

「あ~確かにせやな。
眺めええで~。親分は大好きや。
しょっちゅう登ってるわ」

「いいなぁ……
と言ったのは、本当に深い意味もなく、何かのおねだりでもなく、本当にただ心の声が漏れ出しただけなのだが、アントーニョはそれにちらりと左右を見て、誰も見ていないのを確認すると、

「ほな、ちょっとだけな。
他には内緒やで?怒られてまうから。
親分も絶対に離さへんけど、自分でも親分にしっかりつかまっといてな」
と、いきなりアーサーを片手でしっかりと抱き寄せるように抱えあげ、なんとそのままするすると柱の上の見張り台まで登っていった。

え?え?ええ?!!!!

本当になんという筋力なのだろう。
声を出す間もない。

それでも見張り台までたどりついて、やや狭いものの足が足場に触れると、そこでようやく我に返る。


──わぁ……綺麗。まるで天使になったみたい……

小さな足場と念の為落ちないようにと身体を支えてくれるアントーニョ以外、何もないそこから見る景色は、まるで空を飛びながら見る景色はこんな光景なのだろうかと思ってしまうほど雄大だった。

空は果てしもなく、高い位置はすでに濃い青にそまっていて、そこからわずかに紫のグラデーションを経て、海との境目はだいぶ落ちた太陽で赤くそまっている。

──ここから飛んだら鳥みたいに飛んでいけそう……
と、思わず中空に手を伸ばすと、

「やめたってなっ!!あーちゃん飛んだら、親分も後を追わんとあかんくなるっ!!」
と、アントーニョがひどく慌てた様子でぎゅっとアーサーを支えていた腕に力をこめた。






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