海に落ちたら危ないさかい。
ま、落ちても親分が助けたるけど、ギルちゃんに何見てたんや言うて怒られてまう」
海風が気持ちいい。
昼間は強すぎる日差しも夕方になると和らいできて、遠く水平線を沈みゆく太陽が赤く染めていた。
海賊船にいる時はこんな風に外に出たことはなかったが、この【北海の黒鷲号】に乗るようになってからは、しばしばこうやって外の風を楽しむようになった。
あ~ちゃんというのは、アリアの略。
王族だというのを隠すためには本名はまずかろうということで、ギルベルト達3人が相談してつけてくれた偽名だ。
でも結局、ギルベルトはいつでもお姫さんと呼ぶし、アントーニョはあ~ちゃん、フランシスはお嬢ちゃんで、誰もそのまま呼ばないのだけれど……
最初はすごく緊張した。
なにしろ自分は自分の意思ではないとは言え、彼らの船にいきなり喧嘩をふっかけた海賊の側の人間である。
船の艦長でアーサーをこの船に連れてきたギルベルトは、アーサーのことを海賊に拉致された可哀想なお姫様だと思っていて、…いや、過去形じゃなく、今も思っているようなのだけれど…無事欧州の実家へと送り届けてやらないとと思っていた。
だから実は海賊の側の人間なんてことがバレたらやばい。
そう思って、とりあえず当たり障りのないところ(?)からということで、実は男なのだとカミングアウトしたのだが信じてもらえなかった。
ぜんっぜん信じてもらえずに、逆に送り先を聞かれてしまったので、動揺した。
いや…もうこうなったら、海賊の仲間だと知られるよりは素直に国に送り返された方が良いのかも知れないが…あの姉のことだ。
絶対にまた別の海賊の船に放り出される気がする。
そして万が一、万が一にでもまたギルベルト達と遭遇したらどうするよ?と思う。
二度目ともなれば、もう拉致されたじゃあすまないだろう。
海賊側の人間であることがバレバレだ。
そんなことを考えて絶望的な気分になって答えられずにいると、
「悪い…。もしかして…帰る場所がなくなったとか…か?」
なんて心配してくれる。
なんて良いやつなんだ…と、そこでなんだか騙すのも申し訳ない気になってきた。
もういいか…とりあえず王族なわけだから殺されも放り出されもしないだろう。
せいぜい国に返されるまでの視線が冷たくなるだけだ…そう思って
「…戻っても……兄弟にまた別の船に追いやられるだけなので……」
と、それでも少し愚痴まじりのつもりで言ったわけなのだが、なんだか同情されている。
沈黙してるけど、めっちゃ同情されているのを肌でヒシヒシ感じる。
なんかごめん。マジごめん。
嘘じゃない、嘘じゃないんだけど、嘘にしておいたほうがいいよね…
たぶん…父王の城に引き取られてからは、邪魔にされることもない代わりに、誰かに気にされたこともなかった。
唯一下の姉はかまってきたが、結局情からくるものではなく、単に兄弟ではあるものの認知もされていない庶子という、使うのに便利な人間だったからだろう。
だから、こんな風に色々気遣われたり心配されたりするのは、正直初めてだった。
それはちょっとだけ嬉しくて、だからこそ何も返せないのに迷惑をかけるのが心苦しくなってきた。
「うそ…です。イングランドの城に送って頂ければ助かります」
そう言えば、これ以上迷惑をかけないで済む。
そう思って言えば、自分でも何故なんだか全くわからなかったが、涙が出てきた。
たぶん…向けられる善意に混乱しているのだと思う。
すると、それを何か勘違いしたのだろう。
本当に善意に取ってくれる彼は、
「返せるわけないだろ…。
悪い。俺自身、相続争いを避けるために海に出たようなモンだから、最悪実家に預かってもらってもいいが、お姫さんが居心地悪いと思う。
でも…それでも、身の安全が保証されないような場所よりはマシだ。
スウェーデンに帰港する」
と、言ってくれるではないか。
その言葉を聞いてみれば、さきほどなにか悩んでいたのも納得できた。
彼自身があまり実家に頼れない状況なのだ。
それでもアーサーのためになんとか実家に頭を下げようとしてくれているらしい。
そうと知れば、さすがにそれは申し訳なくて出来ない。
でも彼はイングランドに帰ると言っても納得はしないだろう。
あとアーサーに出来ることはなんだろうか……
「…ここに…いちゃ……だめ、ですか?」
この船はどうやら彼の裁量で全て決められる場所のようだし、その片隅にいるくらいなら迷惑をかけないのではないだろうか…。
そう思って言うと、ギルベルトは船の危険性について色々並べたが、それは本当に危険だから注意しているだけで、アーサーのことを迷惑だと思って言っているわけではないのが、なんとなくわかってしまう。
だから…
「安全だなんて絶対に言えない。危険しかない。
それでも…どうしてもなら、この部屋にいてもらっても俺は構わないが……」
と言う最終確認にアーサーが
「見知らぬ海賊の船に送られるより…それは危険なこと…ですか?」
と返すと、何も返しては来なかった。
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