つまり…お姫様の送り先だ。
貴族のレディが乗るような船ではないし、お姫様だって家が恋しいだろう。
すぐ送ってはあげられないが…と、前置きをした上で、
「それでお姫さん、最終的にどこに送り届ければいい?」
と、聞くと、お姫様はなんだか泣きそうな顔をした。
え?この話題も駄目だったか?
でも送り先を知らないと…と、思った瞬間ハッとする。
こんな貴族の姫君がよもや船旅をしていたわけではないだろうし、船の上で拉致されたわけじゃないということは、もしかしてそれまでいた場所はもう海賊の襲撃でなくなったとかか?
普通に城にいたならそういうこともないかもしれないが、庶子ということだから、あるいは修道院に預けられていたという可能性も高い。
そうすると、城と違い警備だってそんなに厳重ではないことの方が多いし、建物が焼き払われていたり、もっと言うなら、周り中みんな殺された上で拉致されたということだってあるだろう。
「悪い…。
もしかして…帰る場所がなくなったとか…か?」
それでも王族の血を引く姫となれば、城に帰るという手はないのかと思いつつも聞くと、お姫様はうつむいて、
「…戻っても……兄弟にまた別の船に追いやられるだけなので……」
と消え入りそうな声で言う。
それを聞いてギルベルトは胸がつまった。
なるほど。そういうことか。
庶子と言えども王の血を引いていれば、王位継承争いに巻き込まれることは避けられない。
海賊が拉致したのではなく、そんなお家騒動のために海賊に売り払われたのか……
もちろんそうと知れば、そんな場所にこんな姫君を返すわけには行かない。
だが、返さないとしたなら、どうすればいい?
ギルベルトは考え込む。
自分自身、実家の跡取り騒動を避けるように海に出た身だ。
安全と言えばバイルシュミット家に置いてくれば良いのだが、そこも決して居心地が良いとは言えないだろう。
そんな風に悩んでいたら、困っていることは感じ取ったのだろう。
お姫様はうつむいたまま
「…ごめんなさい……」
と涙をこぼす。
そして泣きながら
「うそ…です。イングランドの城に送って頂ければ助かります」
と、言って微笑みを浮かべる。
震える肩。
どちらが嘘かなんて、いくら女性にあまり縁のないギルベルトだってわかる。
「返せるわけないだろ…。
悪い。俺自身、相続争いを避けるために海に出たようなモンだから、最悪実家に預かってもらってもいいが、お姫さんが居心地悪いと思う。
でも…それでも、身の安全が保証されないような場所よりはマシだ。
スウェーデンに帰港する」
親戚はうるさいだろうが、母と弟は匿って良くしてくれるだろう。
そう思って言うと、姫君がギルベルトの服の袖を掴んだ。
「…?」
「…ここに…いちゃ……だめ、ですか?」
ポロポロと涙を零しながら、心細げに聞いてくるお姫さんに、否と言えるほどギルベルトは強い意思を持てずにいたが、ただ
「この船は世界を回る。
海は穏やかなときばかりじゃなく嵐に沈む可能性だってあるし、天災だけじゃなくて今日みたいに海賊に砲撃されたりして船が沈められる可能性だってある。
安全だなんて絶対に言えない。
危険しかない。
それでも…どうしてもなら、この部屋にいてもらっても俺は構わないが……」
と、危険である状況は山程告げて、相手に選択を託してみると、お姫さんはやっぱり泣き笑いをしながら
「見知らぬ海賊の船に送られるより…それは危険なこと…ですか?」
と言うので、もう何も言えなくなった。
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