こうして壊滅させた海賊船の事後処理だとか、これから寄る予定の港での買い物リスト、その他諸々やることはたくさんあるが、それらは何回も経験してきたことなので、絶対に自分自身がやらなければ困るほどのことではない。
なのでギルベルトは全てを誰に任せるかの指示だけして、とりあえず紅茶とフランシスの作りおきのクッキーだけトレイに乗せて、元自室へと戻った。
「男所帯な上に長い航海になる船なもんだから、丈夫さ優先で洒落た茶器もなくてすまないが、茶菓子は欧州の貴族もお墨付きのものだから、よければ寛いでくれ」
と、まずカップに氷砂糖。
その上からとぽとぽと紅茶を注ぐ。
チキチキっと熱い紅茶に氷砂糖が割れる音が響くと、それまで硬い表情をしていた姫君の顔が少しほころんだ。
「…小鳥のさえずり……」
と、小さく呟く声に、ギルベルトは
「ああ、知ってるのか。じゃあミルクはいれるな?」
と微笑みながら問えば、姫君はこっくりと頷いた。
かき回した紅茶にミルクを注ぐと、回転する紅茶の上で、乳白色のバラが咲く。
そうしてカップを目の前にある少テーブルに置いてやると、
「ありがとう…」
と姫君は初めてまさに花がほころぶような笑みを浮かべた。
少し伏し目がちにカップに視線を落としながら、紅茶を一口味わい、同じくテーブルに置かれた皿の上のクッキーを白く細い指先でつまむと、端からちびちびとかじる様は、まさに小鳥がついばんでいるように愛らしい。
「…美味しい」
と、また浮かぶ笑みに見惚れながら、ギルベルトはフランシスを同行させたのは本当に正解だったと心のそこから思った。
こんな姫君に塩漬けの肉や焼いた魚を黒パンと一緒に齧れとは言えない。
それほど雅を理解しない生粋の軍人のギルベルトにだって言えやしないと思った。
宮中に出入りしていた時には、果たして女性とはどんな会話を交わしていただろうか…
必死に思い出そうとするが、思い出せない。
そもそもそういうことは面倒で避けてきた気がする。
何か話題をと思うものの、王族の姫君と合いそうな話題なんて全く思い浮かばず内心どうしようか…と、悩んでいると、紅茶と菓子でなんだか気持ちがほぐれたのか、
「このお部屋は、外が見えるんですね」
と、窓に視線を向けて、あちらの方から話題を振ってくれた。
「ああ、そう言えば海賊船では部屋に窓がなかったな」
と、思い出して言うギルベルト。
だが、これは失敗だったようだ。
お姫様の顔色が青ざめた。
せっかくあちらから話してくれたのにやらかした…と、ギルベルトはほぞをかむ。
震える手の中で小さく波をたてる紅茶。
それを震える唇まで運ぶと、姫君はまた気持ちを落ち着かせるようにか、一口それを含んでカップを置く。
膝の上で握りしめた小さな手。
「…あの……」
「ん?」
小さな小さな声で語りかけられて視線を向けると、大きな瞳が不安げに揺れている。
「…か…かいぞく……って……」
「………」
「…捕らえて…この船に乗ってたり…とか……」
最後は涙目で震えているので、ギルベルトは慌てて否定した。
「いや、それはない!」
「…ほんとうに?」
「本当だ。嘘を付く理由はないだろう?」
一定の距離を取ってやるのが本人のためだと思っていたが、あまりに震えている細い肩の頼りなさに、ギルベルトは思わずテーブルを回り込んで座るお姫様の横に行くと、片膝をついてハンカチで涙をふいてやった。
「大丈夫。俺たちは基本的にはラインを決めている。
相手が単に物品の略奪だけの場合は、船と資産を取り上げて僻地に放り出すが、人身売買に手を染めていたら即全員処刑だ。
今回は始めは前者の予定だったが、海賊のボスが奴隷の売買を生業にはしていないが、王族の血を引く姫君を拉致しているからそれで取引をしようと持ちかけてきた時点で、後者の対応に変更した。
だからお姫さんを恐ろしい目に合わせた海賊はもうひとり残らず海の藻屑だ。
二度と見ることはないから、安心していい」
…と、安心させるためにと伝えたのだが、これも駄目だったらしい。
1人残らず海の藻屑…のあたりで、それはそれで青くなった。
もうこれ…自分は姫君の相手をするにはデリカシーというものがあまりに欠けているのかも知れない…と、ギルベルトはがっくりと肩を落とす。
だが、そんなギルベルトの落胆も、きちんと気にしてくれたらしい。
お姫様は
「あのっ…」
と、少し戸惑ったようにギルベルトの顔を覗き込んで、
「色々私のために動いて下さって、ありがとうございます」
と、言ってくれる。
………優しい…優しすぎて涙がでそうだ。
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