ギルベルトさんの船の航海事情_15

降り立った船は随分と立派なガレオン船だった。

ガレオン自体が大型船で立派だというのもあるが、手入れがとても行き届いている。

甲板はピカピカに磨き込まれているし、手すりに触れて手が汚れるなんてこともない。
船内へと向かうドアノブはキラキラで、廊下には濃い茶の絨毯が敷き詰められている。

アーサーは初めて乗った船があの海賊船だったので、船というのはほぼ海上にあるものだから多少の汚れは仕方のないものかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。

そうして抱きかかえられたまま、最奥の部屋へ。


そこはやはり小綺麗な寝室で、海賊の部屋のようにゴテゴテとした派手さはないが質の良いシンプルな家具が置かれている。

アーサーはその部屋の一人がけのソファに降ろされた。


そうして、
「きちんとしたものは後日用意するが、とりあえずはこの部屋を使ってくれ。
私物はあとで運び出すから」
と言われて考える。


そう言われて見渡したところ、綺麗に片付いてはいるが、ところどころに年季の入った羽ペンや何冊かの本、衣紋掛けに掛けられた上着など、ゲストルームには置かないであろうものがあることに気づいた。

これは誰かの私室…。
誰のとは考えるまでもない。
最奥の一番広い部屋と言えば、当然艦長の部屋だろう。

彼はどうやら自分の部屋をアーサーのために明け渡してくれるつもりらしい。

普通なら喜んでというところだが、状況が状況なのでまずいのではないだろうか

何しろ相手は何故かアーサーのことを拉致された貴族の姫君かなにかと思っている。
しかし実際はあっているのは貴族というところだけで、拉致されたわけでも、ましてや姫君なわけでもない。

別にアーサーがそう嘘をついたわけではないが本当の事がバレたなら、たとえ相手が誤解してただけだとしても否定しない時点で嘘をついていたと思われかねないのではないだろうか

いつ海賊たちから本当の事がバレるかわからないし、あまり厚遇は受けないほうがいい。

ということで
「ここは…もしかして艦長さんのお部屋では?
お困りになりませんか?」
と、暗に遠慮する旨を申し出るが、それはあっさりと

「いや…俺は複数部屋があるから気にしないでくれ。
それより、この船は軍艦で男所帯だからな。
あまり異性がウロウロするのも落ち着かないだろうし、この部屋は最奥にあたるから…」
と言う言葉で流される。


ああ、なるほど。
艦長ともなれば私室も一室じゃないのか。

などと感心しつつも、どうしようとまた悩む。

さきほどの様子だとどう考えても海賊たちは彼に勝てないだろうし、そうするとこの欧州からはるか離れたアフリカの海上で頼れるのは、このギルベルトという名の海軍提督だけだ。

彼を怒らせて海にとまではいかなくても、アフリカの港に放り出されたら人生が終わる。


せめて人質として連れ帰って身代金と交換でもしてくれればいいのだが

そう考えると腹は決まった。
とりあえず男だということだけはカミングアウトしておこう。
白い目で見られるかも知れないが女王の弟であることは確かなので、政略の道具として欧州に連れ帰るくらいはしてくれるかもしれない。

非常に非常に恥ずかしいわけだが……背に腹は代えられない。

ということでアーサーは彼に視線を合わせられないまま口を開いた。

「艦長さん……」
「うん?」
「私………実は……」
「…実は?」

こんな言葉が出てくるとは思っていないのだろう。
ギルベルトの声音はとても穏やかで優しい。

これが軽蔑の眼差しに変わるかと思うとなかなか辛い。
が、しかたない。

アーサーはしばらく逡巡して、しかし結局言った。

「…実はっ…男なんですっ!!」




沈黙…しばらく沈黙が続く。
これが辛い。
さぞや呆れ返ったのだろう

そう思っておそるおそる目を開けて顔をあげてみれば、何故か彼の顔には何か痛ましげな表情が見え隠れする。

彼ほど色々が正統派な男だと、アーサーの告白に頭が弱い子とか正道を生きられなかった人間に対するあわれ身の気持ちを感じてしまうのだろうか

なんだか惨めな気持ちになった。
でもそれも仕方ない。
所詮じぶんは彼のように立派に生きて行ける人間ではないのだ。

そんな風に思っていると、ギルベルトはいきなり

「あ~…異性がうろつくと言っても、別に船員たちの方は女性に無体を働くようなことは絶対にない。
お姫さんの気持ちの問題として落ち着かないだろうと思っただけで。
一応国家の名を頂いた軍艦だから軍律も厳しくしているし、婦女子に不埒な真似をするような奴は厳罰に処すつもりだ。
そうだな…それでも不安な時はこれを使って俺を呼び出してくれ」
と言い出して、自分の首からなにやら銀の笛のようなものを通した鎖を外して、それをアーサーの手に握らせた。


????
意味が全くわからない。
状況が全く読めない。

不思議そうにそれを見るアーサーに、ギルベルトはさらに補足する。
「そいつは鳥笛だ。
今は戦闘中だったから執務室の方にいるが普段は俺が連れてる黒鷲のためのもので、それを吹いてもらえば人には聞こえない音だが鳥が反応するからすぐ分かる」

だから大丈夫だ、安心して欲しい。
そう告げて、ギルベルトはいったん、海賊船に残ったアーサーの私物の回収を命じてくるからと、部屋を出た。

え~とえ~っと??

つまりうん、さきほどの告白は本気にされてなかったということか?
さてどうしよう。
飽くまで主張して脱ぐべきか?


アーサーは鳥笛を凝視しながら、これからのことをグルグルと考えた。



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