ギルベルトさんの船の航海事情_13


「トーニョっ!悪いけど俺様先に船に帰るわっ!
奥で誘拐されたお姫さん救出したから!!
ここあぶねえしなっ!!」

と、外に出ると残党を片付けているアントーニョに向かって、ギルベルトは叫んだ。

危ない以前にこんな血に塗れた風景を、おそらく箱入りなのであろう姫君に見せたら確実にトラウマものだ。

お姫様はマントに包んだ上に、なるべく自分の胸元に顔が向くようにして、この惨状をみせないようにしているので、そのまま見せずに平和な自艦まで連れ帰りたい。

「ええで~!!
ほな、親分、ここ片付いたら海賊の宝没押収して船帰るわ。
怖い思いしたんやろし、フランに言うてお姫さんのために美味いモン作らせたったらええんちゃう?」

アントーニョも戦闘的な男ではあるが、女性や幼い子供には優しい性格で、了承ついでにそんな提案までしてくる。

ああ、たしかに。
驚くほど軽い上にどこか顔色が悪いのは、食事を取れていないせいかも知れない。



海賊船でこんなお姫様の口にあうような食事を作れるなどとは思わないし、そもそもが恐ろしさで食欲もわかなかっただろう。

普段は自分達も長い航海だけに質素な食事をしているが、フランは料理が趣味な男な上、父親についてあちこち回っていたため、城で食べられる料理から珍しい一品まで、多彩な料理を作れる腕を持っている。

まずは船に戻って心安らかに過ごしてもらって、その上でフランに料理を作らせて食べてもらおう。

普段は大雑把なくせに、変なところで細やかな気遣いをするアントーニョの言葉に感心しながら、ギルベルトは来たときとは逆に、渡された橋を渡って自艦へと戻っていった。



大騒ぎな海賊船と対象的に、戦闘を担当する船員達が出払った自艦の方は静かなものだ。

欧州に戻るまでのお姫さんの城に到着だ。
海賊船の部屋にあった諸々はあとで誰かに持って来させるから、要るもの、要らないものは取捨してくれ。
アフリカなんでお姫さんの生家のようにとはさすがに行かないが、これが終わったら港に寄るから、欲しい物があれば言ってくれ。買ってこさせる」

そう言って、とりあえず船室に。
もちろん地上の城と違ってゲストルームなんてものはない。
さて、どこにいてもらうかと考えた時に、やはり一番安全で若干上等と言えばここだろうと、自分の部屋に案内した。

「きちんとしたものは後日用意するが、とりあえずはこの部屋を使ってくれ。
私物はあとで運び出すから」
というと、姫君は物珍しげに室内を見回したあと、少し気遣わしげな様子で、初めて口を開いた。

「ここはもしかして艦長さんのお部屋では?
お困りになりませんか?」

こんな恐ろしい状況でひどく参っているだろうに、初めて発する言葉が相手を気遣う言葉とは、美しいだけじゃなく、なんて心優しい少女なんだろうか……

ギルベルトは感動した。
今までにないほどに感動した。

自分も貴族ではあるものの、庶子とは言え王家の血を引く姫君は尊さが違う。
本当にお育ちが良いというのはこういう事を言うのかと、頭を垂れたい気分になった。

「いや俺は複数部屋があるから、気にしないでくれ。
それより、この船は軍艦で男所帯だからな。
あまり異性がウロウロするのも落ち着かないだろうし、この部屋は最奥にあたるから

まあ複数と言ってもあとは執務室で、本来は寝泊まりするような部屋ではない。
だが、ソファがあるので、たまにそこで仮眠をとることもあるから、ねれないわけではないし、問題ないと思う。


しかしその言葉はもしかして誤解を招いたのだろうか
お姫様は少し複雑な表情で考え込んだ。

その後ちらりとギルベルトを見ると、また考え込む。

そして考えて考えて考えて非常に不安げな様子でうつむき加減にポツリと言った。

「艦長さん……
「うん?」
「私………実は……
実は?」

と、そこで若干の沈黙。
言うか言うまいか迷っているような間があり、しかし結局ぎゅっと目をつむって思い切ってというように言った。

実はっ男なんですっ!!」

なんと反応して良いのだろうか……
ただ、あ~~、と思った。

もしかして、海賊たちは労働力としてではなく、そういう性的な意味での高級奴隷として姫君を売るつもりだったのだろうか

そしてその話をふと本人が耳に挟んで、彼女は自分が女であるということに不安を覚えたのだろう。


そんな輩と同じように思われるのは甚だ心外だが、彼女の今の状況を鑑みれば仕方がない。
むしろその身を守ろうとするためのあまりに痛々しすぎる拙い嘘に、ギルベルトは誤解をさせてしまったのであろう自らの発言を恥じた。

「あ~異性がうろつくと言っても、別に船員たちの方は女性に無体を働くようなことは絶対にない。
お姫さんの気持ちの問題として落ち着かないだろうと思っただけで。
一応国家の名を頂いた軍艦だから、軍律も厳しくしているし、婦女子に不埒な真似をするような奴は厳罰に処すつもりだ。
そうだな…それでも不安な時はこれを使って俺を呼び出してくれ」

と、ギルベルトは自らの首から小さな銀の筒状の笛が先についた鎖を外して、姫君に渡した。
それを受け取って不思議そうに自分を見つめる彼女に、ギルベルトは微笑む。

「そいつは鳥笛だ。
今は戦闘中だったから執務室の方にいるが、普段は俺が連れてる黒鷲のためのもので、それを吹いてもらえば人には聞こえない音だが鳥が反応するからすぐ分かる」

だから大丈夫だ、安心して欲しい。
そう告げて、ギルベルトはいったん、海賊船に残った姫君の私物の回収を命じるべく、部屋を出た。





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