左右にドアが並ぶ廊下には誰も居ない。
最奥の部屋と言っていたが念の為にと行く道々、通りがかりの部屋のドアを開けながら進むが、入り口近くは船員が数人で一部屋使っているのであろう船室で鍵もかかっていないし、誰も居ない。
若干スペースも広く豪華にはなっていったが、どの部屋もやはり鍵は開けっ放しで無人である。
そうしてだいぶ進むと今度は船長室らしき部屋。
その正面の部屋は鍵がかかっていて、鍵を壊して入ってみると宝物庫だった。
そうしてとうとう最奥。
唯一入り口側にむかって正面奥になるドア。
一応ノブを回すも鍵がかかっているので鍵を壊してドアを開けると、そこはまるで別世界だった。
まず目に入るのが壁一面の見事な刺繍のタペストリ。
それから床一面に広がるレース、レース、レース。
見事な刺繍がしてある絹の布。
それに埋もれるようにして、まるで天使のような少女がいた。
背まで伸びた落ち着いた金色の髪
透けるように真っ白な肌。
長い長いまつげはクルンと綺麗なカーブを描いていて、そのまつげに縁取られた吸い込まれそうに大きな丸い目は、淡い淡いグリーン。
春の木漏れ日に揺れる新緑を思わせた。
鼻も唇も小さく綺麗に整っていて、手足は乱暴に触れれば折れてしまうのではと思うほど華奢だった。
こんなに美しい少女はみたことがない。
清らかでどこか儚げで、もしこの世に妖精というものが実在しているならば、きっとこんな姿をしているのだろうと、ギルベルトは思った。
そう言えば海賊の親玉は、庶子とは言え王族に連なる姫君(実際には”お貴族様”と言っていたが、今絶世の美少女を前にしたギルベルトの脳内では、そう変換されている)と言っていたが、まさに隠そうにも隠しきれないやんごとなさがにじみ出ている。
そんな姫君が、こんな海賊船で海賊に囲まれて、さぞや恐ろしい思いをしただろう。
いきなり開いたドアに目を大きく見開いたまま怯えた様子で固まっている少女を前に、ギルベルトは事情と自分の身分を説明することにした。
少女をこれ以上怯えさせないように、彼女から少し距離をとったまま、
「俺はギルベルト・バイルシュミット。
スウェーデン貴族、バイルシュミット伯爵家の長子だが、故国の海軍力増強のための修行中だ。
アフリカ沿岸を航行中に攻撃をしかけてきた海賊に応戦するためここにいる。
現在、戦闘は部下に任せているが、そろそろ制圧出来る頃だと思うので安心して欲しい。
故国とバイルシュミット伯の名を背負う者としての名誉にかけて女性に無体な真似をする気はない。
我々も目的あっての活動中なので即というわけには行かないが、きちんと欧州に送り届けさせてもらうので、一緒に来て欲しい」
と言うと、少女は驚いたような顔でしばらく逡巡していたが、
「ここは危険なので失礼する」
と、ギルベルトがひょいっと横抱きに抱えあげても、身を固くはするものの、抵抗はしなかった。
思ったようにまるで重さなど存在しないかのように軽い。
「本当に…高貴な身で海賊などに囚われて恐ろしい思いをしたと思うが、もう大丈夫だ。
できる限り早く欧州に戻れるようにしたいが、それまでは旅行にでも来たのだと思って何も心配せず寛いで欲しい」
そう言うと、腕の中で震えていた姫君はホッとしたのだろうか…ぽろりと一粒涙をおとした。
ギルベルトは自らも貴族だったので王宮で開かれる舞踏会に招かれたりすることもあったし、そこで貴族の姫達に接することは多々あったが、こんなに可憐な姫は見たことがない。
絶対に…命に変えても無事国に送り届けてやらねば…と、強く思い、また、自分が男で相手を守れる力を持っていて良かったと、心から神に感謝した。
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